最初の話
最初に口を開いたのは、整った声だった。
「じゃあ、私からね」
笑い混じりだった空気が、そこで少しだけ引き締まった。
「うちの親戚の家、昔すごい古い家だったんだって。今はもう建て替えたんだけど、昔は廊下が長くて、雨の日なんか昼でも暗かったらしいの。で、その家に泊まった子どもが、夜中に目を覚ましたんだって」
机の上に置かれた指先が、ことりと鳴った。
「喉が渇いて、台所に行こうとして、廊下に出た。そしたら、廊下の向こうに女の人が立ってた。白い服で、髪が長くて、顔は見えない。でもその子、別にそこで悲鳴とか上げなかったらしいの。親戚の家だし、誰か大人が起きてるのかなって思って」
誰かが小さく息を飲んだ。
「で、近づいた。そしたら、その女の人、立ってるんじゃなくて、天井からぶら下がってたんだって」
「うわ」
「やだ、それ最初から強いって」
「まだ続くよ」
声は乱れなかった。
「その子、怖くてその場で動けなくなった。でも、その女の人は揺れてるだけで、何もしてこない。だから、泣きそうになりながら部屋まで戻ったんだって。で、朝になって大人に言ったの。そしたら、その家では昔、長い廊下の真ん中で首を吊った人がいたらしくて」
そこでいったん言葉が切れた。
「……でも、ほんとに怖いのはそのあと。親戚のおばさんが、その子にこう言ったんだって。“ああ、よかった。こっち向いてなかったのね”って」
しん、とした。
誰かがわざとらしく肩をすくめる。
「最初からアクセル強くない?」
「いやでも、こういうの好き」
「じゃあ次、俺ね」
勢いのある声がすぐに空気を持ち上げた。
「これは、うちの兄ちゃんの友達の話なんだけどさ。夜に自転車で帰ってたら、後ろからずっと誰かの足音がついてくるんだって」
話し方は荒っぽいのに、妙に間の取り方がうまかった。
「最初は気のせいかなって思ってた。でも、漕いでも漕いでも、足音の間隔が変わらない。自転車だよ? 普通おかしいじゃん。で、怖くなってコンビニに飛び込んだ。明るいとこなら大丈夫だろって。そしたら店員が変な顔して、“お客さん、その荷台に誰か乗せてきたんですか?”って」
「やめて」
「それ、よくある型だけど怖い」
「しかも乗せてる系って嫌だよね」
笑いながら言っているのに、笑いは少し乾いていた。
二話、三話、四話と続いていく。
窓に手形が増える部屋の話。
誰も使っていない部室のロッカーから毎晩着信音が鳴る話。
夜道で名前を呼ばれて、振り向いた人から順番にいなくなる話。
うまい話もあれば、雑な話もあった。途中で「それ作ったでしょ」と笑われる話もあったし、「それはやめて」と本気で止められる話もあった。
それでも数はちゃんと積み上がっていった。
十話目を越えたあたりから、笑うたびに少しだけ声が小さくなる。二十話目に近づくころには、最初ほど気楽には笑えなくなっていた。
「……いま、何話目?」
「十九」
「まだそんなもん?」
「先長すぎるって」
「でも、ここでやめたら気持ち悪いじゃん」
「じゃあ二十、ぼくが話す」
少し控えめな声が、輪の真ん中へそっと置かれた。
「うちの近くの公園に、夜になると水が出る蛇口が一つだけあるんだ。昼は何回ひねっても出ないのに、夜中の二時だけ、ちゃんと冷たい水が出るの」
誰も茶化さなかった。
「ただ、その水を飲んだ人は、次の日から、自分の家の中で迷うようになるんだって」
灯りが、机の上で小さく揺れた。




