表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
IRIS-Log-Archive  作者: IRIS
淡い月光でサーカスを_IRIS.log

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

122/258

本当の悪者

 夜は親切だ。


 人の顔が昼より曖昧で、町の汚れも少しは隠してくれる。淡い月の光は、何もかもを綺麗にはしないが、見えすぎることもない。舞台にはちょうどいい。


 俺は机の前に座り、お面を見ていた。


 痩せた顔。乾いた喉。前より細くなった指。鏡の中の俺は、少し前から他人みたいだった。けれど、お面を被ると落ち着いた。いつもの重み。いつもの視界。いつもの笑った顔。


 外へ出る。


 通りにはまだ人がいる。帰りの遅い職人、店じまいをする商人、夜風に当たりに出た女、走り回る子ども。皆それぞれに用事があって、俺なんかを主役にはしない。


 だから俺が主役になるしかない。


 広場の端まで歩き、よく通る声で叫ぶ。


「悪者が出たぞー!」


 何人かが振り向いた。だが、顔に浮かんだのはいつもの、うんざりした色だけだった。


「ああ、またお前か」

「今はやめろよ」

「帰れ、ジル」


 帰れ。


 そうか。


 俺はお面の下で、少しだけ笑った気がした。いや、笑っていたのは最初からこっちじゃない。笑っているのはいつだって、お面の方だった。


「悪者が出たぞ」


 今度は少し静かに言った。


 誰も本気にしない。


 だから俺は、短い刃を抜いた。


 その動きさえ、最初の一瞬は芝居に見えたらしい。近くにいた男は顔をしかめただけで、避けもしなかった。女は呆れた目で見ていた。子どもは半歩だけ後ろへ下がった。


 そして、ようやく悲鳴が上がった。


 血の色が石畳に落ちて、月の光の中ではやけに黒く見えた。遅れて広場の空気が裂ける。叫び声、駆ける足音、引きつった息。


 俺は何も言わなかった。


 説明も、弁解も、いつもの大芝居も、もういらない。


 だってこれが本当だからだ。


 ずっと嘘つきだった俺が、最後に一度だけ本当のことをした。


 広場の向こうで、誰かが震える声で言った。


「悪者だ」


 その言葉は、俺が今まで吐いてきたどの嘘より、ずっとはっきり届いた。


 淡い月光の下で、笑っているお面だけがやけに明るく見えた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ