届かない
朝の通りは今日も人が多かった。人が多いのに、妙に静かだった。
俺はいつもの場所に立ち、いつものように叫んだ。
「悪者が出たぞー!」
誰も止まらなかった。
一人の男がちらりとこっちを見て、すぐ荷車の方へ戻る。子どもは母親に手を引かれたまま歩いていく。店先の女は品物を並べながら、一度も顔を上げない。
俺は少し間を置いて、もう一度やった。
「悪者が出たぞー! 本当だぞー!」
そこで初めて、近くの男が面倒そうに言った。
「本当でもお前が言うと嘘にしか聞こえないんだよ」
笑いもなく、怒りもなく、ただ事実みたいに言われた。
それで終わりだった。
あっさりしすぎていて、かえって動けなかった。
ああ、そうか。
俺はずっと嘘で場を作ってきた。事件も、危機も、英雄譚も、平気なふりも、全部。だからもう、何を言っても同じなんだ。本当でも嘘でも、俺の口から出た瞬間に価値をなくす。
家に帰るころには、足が少し重かった。お面を外し、机に放る。飯を作るのが面倒で、酒だけ飲んだ。二杯、三杯、四杯。腹は減っているはずなのに、何かを噛む気になれない。
そのうち寝台にもたれたまま、お面を見た。
いい顔してやがる。
ずっと笑ってる。俺の代わりみたいに。
どうせ誰も信じないなら。
どうせ俺の言葉に、もう何の値打ちもないなら。
だったら、本当にしてやればいい。
その考えは、驚くほど静かに胸へ入ってきた。
怒りじゃなかった。絶望とも少し違った。もっと乾いていて、きちんと形があった。
俺はその夜、久しぶりに長く眠れた。




