嘘の顔
俺は嘘つきだ。
今さらそんなことを思ったのは、たぶん子どもの声のせいだった。
「あの人、また嘘ついてる」
「見ちゃだめ」
それだけだった。大した言葉じゃない。けど、妙に綺麗に刺さった。
俺はその日、いつもより派手にやった。道の真ん中に立って、見えもしない影を指さし、ありもしない陰謀を暴き、存在しない悪党と一人で駆け引きした。声を大きくして、動きを大げさにして、最後は石畳の上に膝までついてみせた。
「間一髪だった……諸君、もう安心だ!」
静かだった。
誰かの咳払い。馬車の車輪の音。遠くで店主が戸板を叩く音。
それだけだった。
前みたいな笑いはない。呆れ声すら薄い。俺の芝居は、人の一日の中で、もう引っかかりにもならなくなっていた。
家に帰ってお面を外す。鏡を見る。頬が少しこけていた。いや、もともとこんなもんだったかもしれない。そういうことにしようとしたが、鏡は気が利かないから、ただそのまま映すだけだった。
鍋を火にかけたまま、酒を先に飲んだ。飯があとでいい日だってある。鍋の底を少し焦がした。食う気が失せたので、そのまま椅子に座る。二杯目を飲む。
お面は机の上で笑っていた。
外で被ってる時は、あれは俺の顔になる。誰も俺の本当の顔なんか知らない。知る必要もない。だって客は、舞台袖の人間になんか興味がないからだ。
でもその夜、ふと思った。
俺はいつから、あれを被ってる時の方が楽になったんだろう。
嘘の顔の方が、本物より軽いなんて、妙な話だ。




