笑わない人たち
次の日も、その次の日も、俺は町に出た。
「悪者が出たぞー!」
「道が凍ってるぞー!」
「空から金貨が降るぞー!」
もちろん全部嘘だ。けど、嘘には役割がある。何もない日に何かを足す。それだけで、人はちょっとだけ顔を上げる。
そう思ってた。
最初のうちは、顔を上げた。呆れながらでも笑った。怒鳴りながらでも見た。だが、いつからだったか、返ってくるものが少しずつ薄くなっていった。
「またジルだ」
「放っとけ」
「急いでるんだよ」
前は笑ってくれたパン屋の姉ちゃんも、忙しそうに目だけ逸らした。魚屋の親父は怒鳴る代わりに、追い払うみたいに手を振った。婆さんたちは顔をしかめ、子どもは親に肩を引かれる。
「見ちゃだめ」
「なんで?」
「いいから」
その言い方が、なんとなく耳に残った。
見ちゃだめ、か。
俺はわざと大げさに肩をすくめてみせた。
「おいおい、そんなに見惚れるなよ。照れるだろ」
「誰も見惚れてないよ」
返ってきたのは、笑いじゃなくて平たい声だった。
夕方、家に戻って飯を食う。いつもより味が薄い気がした。塩を入れすぎたのか、足りなかったのかも分からなかった。酒を少し飲んだ。別に珍しいことじゃない。寝つきをよくするためだ。そういうことにしておいた。
壁のお面は相変わらず笑っていた。
「今日は客の質が悪かったな」
言ってみても、やっぱり部屋は何も返さなかった。




