プロローグ
俺は笑わせることに誇りを持ってる。
立派なもんだろう。少なくとも泣かせるよりは、ずっといい。
だから俺は、朝の人通りがいちばん多い時間をちゃんと知ってる。市場帰りの婆さんがいて、学校へ向かう子どもがいて、店を開けたばかりの親父がいて、まだ一日の機嫌が決まりきっていない、あの少しだけ柔らかい時間だ。
そういう時にやるのがいちばん効く。
俺は通りの真ん中で、両手を大きく広げた。
「悪者が出たぞー!」
八百屋の婆さんが、持っていた青菜の束を落としかけた。魚屋の親父が顔を上げる。子どもが三人、ぴたりと止まる。通りの空気が一瞬だけ凍って、それからすぐにほどけた。
「ああ、またお前か」
「紛らわしいこと言うんじゃないよ!」
「今日は早えな、ジル」
笑い声が一つ、呆れ声が三つ、ため息が二つ。上出来だ。
俺は胸に手を当て、笑っているお面のまま深々と礼をした。
「諸君、安心しろ! この町の平和は今日も俺が守った!」
「お前が騒がなきゃ最初から平和なんだよ!」
魚屋の親父がそう怒鳴ると、子どもがきゃははと笑った。俺はその笑い声に向かって指を鳴らし、くるりと一回転してみせる。
「ほら見ろ。朝から景気がいい」
「馬鹿に付き合ってる暇はないんだよ」
そう言いながらも、パン屋の姉ちゃんの口元は少し緩んでいた。俺は見逃さない。そういうのを拾うのがうまいから、俺はここに立ってる。
俺は笑っているお面の下で、満足していた。
今日もちゃんと、町は少しだけ面白かった。




