町に根付く手
翌朝、工房の火を起こした時には、もう昨夜の酒は抜けていた。
炭の匂い。熱。炉の赤。鎚を握る前の、あのひと呼吸分の静けさ。俺はこの時間が好きだ。街がまだ完全には起ききっていないうちに、先に鉄を起こしてやる感じがする。
ジントニック工房って名は、若い頃に半分冗談でつけた。今じゃすっかり町に馴染んじまって、子供までそう呼ぶ。うちの包丁はよく切れる、うちの鍋は長持ちする、うちの金具は外れねぇ。そんなふうに評判が広がって、気づけば忙しくなっていた。
「ジンさん、頼んでた鍋、できてるかい」
「ああ。そこの布に包んである」
「ほんと助かるよ。前のは底がいかれちまってね」
「火の当て方が雑なんだろ。今度は丁寧に使え」
「はいはい」
近所の女が笑って鍋を持っていく。
入れ違いで若い兵が来て、銃剣の部品を受け取る。
昼前には農具の柄の調整を頼みに来た爺さんが来て、昼過ぎには包丁を研ぎに持ち込む食堂の親父が来る。
全部、同じ手だ。
鍋の底を整えるのも、刃を立てるのも、銃剣の噛み合わせを見るのも、手順は違っても根は同じだ。使う奴が、当たり前みてぇに手になじむようにする。それが仕事だ。
昼過ぎ、ガドがふらりと顔を出した。
「忙しそうだな、名工」
「冷やかしなら帰れ」
「差し入れだよ」
そう言って、紙包みを投げてよこす。中身は焼いた肉だった。
「珍しいな」
「軍の連中がまた街に増えた。食いもん屋が忙しくてな。知り合いが余りを回してくれた」
「余りもんを差し入れ面して持ってくるな」
「食えるだけありがたく思え」
悪態をつきながら、俺は肉を口に放り込んだ。うまかった。
「順調か」
「順調だ」
「軍仕事も?」
「ああ。量産の割に基準が低すぎる。あれじゃ道具が泣く」
「お前の基準が高すぎるんだよ」
「それで困る奴はいねぇ」
ガドは苦笑いした。
「街じゃ評判だぞ。ジンのとこが軍仕事まで握った、ってな」
「勝手に言わせとけ」
「嬉しいくせに」
「嬉しくねぇとは言わん」
そう言うと、ガドは声を上げて笑った。
その日の夕方、工房に並んだ品を見て、俺は少し満足していた。鍋も、包丁も、銃剣も、全部きちんと仕上がっている。暮らしを支えるものと、戦で使うものが並んでいる。見た目はずいぶん違うが、俺の中じゃどっちも同じだった。
いい仕事をした。
それだけで、十分な一日だった。




