表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
IRIS-Log-Archive  作者: IRIS
手に誇りを、心に鉄を_IRIS.log

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

112/258

町に根付く手

 翌朝、工房の火を起こした時には、もう昨夜の酒は抜けていた。


 炭の匂い。熱。炉の赤。鎚を握る前の、あのひと呼吸分の静けさ。俺はこの時間が好きだ。街がまだ完全には起ききっていないうちに、先に鉄を起こしてやる感じがする。


 ジントニック工房って名は、若い頃に半分冗談でつけた。今じゃすっかり町に馴染んじまって、子供までそう呼ぶ。うちの包丁はよく切れる、うちの鍋は長持ちする、うちの金具は外れねぇ。そんなふうに評判が広がって、気づけば忙しくなっていた。


「ジンさん、頼んでた鍋、できてるかい」

「ああ。そこの布に包んである」

「ほんと助かるよ。前のは底がいかれちまってね」

「火の当て方が雑なんだろ。今度は丁寧に使え」

「はいはい」


 近所の女が笑って鍋を持っていく。

 入れ違いで若い兵が来て、銃剣の部品を受け取る。

 昼前には農具の柄の調整を頼みに来た爺さんが来て、昼過ぎには包丁を研ぎに持ち込む食堂の親父が来る。


 全部、同じ手だ。


 鍋の底を整えるのも、刃を立てるのも、銃剣の噛み合わせを見るのも、手順は違っても根は同じだ。使う奴が、当たり前みてぇに手になじむようにする。それが仕事だ。


 昼過ぎ、ガドがふらりと顔を出した。


「忙しそうだな、名工」

「冷やかしなら帰れ」

「差し入れだよ」

 そう言って、紙包みを投げてよこす。中身は焼いた肉だった。

「珍しいな」

「軍の連中がまた街に増えた。食いもん屋が忙しくてな。知り合いが余りを回してくれた」

「余りもんを差し入れ面して持ってくるな」

「食えるだけありがたく思え」


 悪態をつきながら、俺は肉を口に放り込んだ。うまかった。


「順調か」

「順調だ」

「軍仕事も?」

「ああ。量産の割に基準が低すぎる。あれじゃ道具が泣く」

「お前の基準が高すぎるんだよ」

「それで困る奴はいねぇ」


 ガドは苦笑いした。


「街じゃ評判だぞ。ジンのとこが軍仕事まで握った、ってな」

「勝手に言わせとけ」

「嬉しいくせに」

「嬉しくねぇとは言わん」


 そう言うと、ガドは声を上げて笑った。


 その日の夕方、工房に並んだ品を見て、俺は少し満足していた。鍋も、包丁も、銃剣も、全部きちんと仕上がっている。暮らしを支えるものと、戦で使うものが並んでいる。見た目はずいぶん違うが、俺の中じゃどっちも同じだった。


 いい仕事をした。

 それだけで、十分な一日だった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ