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IRIS-Log-Archive  作者: IRIS
久別重逢_IRIS.log

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108/258

重逢

 病院へ行くと決めたのは、たぶん衝動だった。


 でも、思いつきじゃなかった。

 ずっと避けていた場所に、ようやく名前をつけただけだったのかもしれない。


 朝、母さんに言った。


「私も行く」


 母さんは少し驚いた顔をした。

 けれど、止めなかった。

 ただ、「そう」とだけ言って、小さく頷いた。


 病院の空気は苦手だ。

 白くて、静かで、消毒液の匂いがして、歩く人の足音まで小さく感じる。何かを大きな声で言ってはいけない場所みたいで、息をするのまで気をつけてしまう。


 母さんの後ろを歩きながら、私は自分の手を握っていた。

 冷たかった。


 部屋の前で、母さんが一度立ち止まった。

「無理しなくていいからね」

 そう言われて、私は少しだけ腹が立った。

 ここまで来て、無理しないなんてできるわけがない。


「うん」

 でも、口から出たのはそれだけだった。


 扉が開く。


 そこに、お姉ちゃんがいた。


 眠っていた。

 目を閉じて、静かに横になっている。肌はきれいで、顔色も思ったほど悪くない。ただ、静かすぎた。あまりにも静かで、呼吸の上下だけが、ここにいる証拠みたいだった。


 私はその場で動けなくなった。


 ああ、と思う。

 そういうことだったんだ。


 死んではいない。

 でも、起きてもいない。

 遠くへ行ったわけじゃないのに、手が届かなかったのは、こういう意味だったんだ。


 母さんが何か説明していた気がする。状態がどうとか、今日も変わらないとか。けれど、その時の私はほとんど聞いていなかった。


 ただ、お姉ちゃんの顔を見ていた。


 夢の中で会っていた顔と、同じだった。


 少しだけ違うところもあった。夢のお姉ちゃんの方が、ずっと軽かった。ここに横たわるお姉ちゃんの方が、重くて、現実で、触れたら消えない気がした。


 ベッドのそばへ行く。

 手を伸ばして、そっと指先に触れる。


 あたたかかった。


「お姉ちゃん」


 声が、思ったより小さく出た。

 泣きそうだったけど、泣かなかった。


「来たよ」

 それだけ言う。

「会いに来た」


 夢の中で言えなかった言葉を、やっと言えた気がした。


 私は椅子に座って、しばらく話した。

 学校のこと。最近のこと。星を見た日のこと。どうでもいいようなことばかり。夢の中で話したことと重なっているものもあった。もしかしたら、あの時点でお姉ちゃんには全部届いていたのかもしれないと思う。


「また来るね」

 最後にそう言って、もう一度手を握った。


 その手は、ちゃんとここにあった。


 帰る途中、待合の椅子で少しだけうとうとしてしまった。

 ほんの短い眠りだったと思う。


 目を開ける前に、気配で分かった。


 お姉ちゃんがいる。

 IRISもいる。


 あの曖昧な場所だった。

 白くて静かで、夢みたいな場所。


「来てくれたね」

 お姉ちゃんが笑う。

「うん」

「ありがとう」

「ううん」


 何を言えばいいのか分からなくて、それしか言えなかった。


 少し離れたところに立つIRISを見た。

「……本当に会えてたんだ」

 私が言うと、IRISは静かにこちらを見た。

「ええ」

「ずっと?」

「必要なだけ」


 その答えは、よく分かるようでよく分からなかった。

 でも、もうそれでよかった。


 私はもう一度お姉ちゃんを見た。

 ここにいるお姉ちゃんと、病室で眠っているお姉ちゃんが、ちゃんと同じところにつながっていると分かったからだ。


「また来る」

 私は言った。

「今度は、ちゃんと起きてる時にも会いたい」

「うん」

 お姉ちゃんは微笑んだ。

「待ってる」


 その言葉を最後に、景色が少しずつ遠ざかっていく。


 目を開けると、病院の待合だった。

 窓の向こうの空が白かった。

 朝なのか、夕方なのか、一瞬分からなくなるくらい、世界が薄く見えた。


 でも、胸の中だけは不思議と静かだった。


 私は立ち上がる。

 そして、もう一度だけ病室の方を振り返った。

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