いない理由
昼の家は、静かだった。
静かすぎるわけじゃない。生活音はちゃんとある。洗濯機の音も、食器の触れ合う音も、テレビの天気予報も。けれど、お姉ちゃんの名前だけが、そこからきれいに抜け落ちているみたいだった。
ある日、居間の棚の掃除を手伝っていた時、昔の写真が出てきた。
私とお姉ちゃんが並んで写っている写真だった。ふたりで笑っていて、私の髪は今よりずっと短い。たぶん旅行か何かの日だと思う。
私がその写真に触れた瞬間、母さんが手を止めた。
「あ……」
小さな声。
それだけで、空気が少し硬くなる。
「これ、どうするの」
私はなるべく普通の声で聞いた。
母さんはすぐには答えなかった。
「そのままでいいよ」
「うん」
私は写真を元の場所へ戻した。
それ以上、何も聞けなかった。
聞けば、母さんが泣いてしまいそうな気がしたからだ。
夜、夢の中でお姉ちゃんに会った時、私はとうとう聞いた。
「どうして会えないの」
言ってから、遅かったと思った。
今までそこだけ避けていたのに、自分から踏み込んでしまった。
お姉ちゃんは少しだけ目を伏せた。
困っているようにも、悲しんでいるようにも見えた。
「会えてるよ」
「そういう意味じゃなくて」
「分かってる」
「じゃあ、どうして」
お姉ちゃんは答えなかった。
代わりに、私の方を見て、ひどく懐かしい目をした。
「ユナ」
「なに」
「会いに来て」
その言葉に、心臓が変なふうに鳴った。
「どこに」
「……来てくれたら、分かるよ」
その時、少し離れたところにIRISが立っているのが見えた。
気づいた時にはもういたみたいに、静かにそこにいた。
私はIRISを見た。
「知ってるの」
「ええ」
「教えて」
「自分で行った方がいいわ」
それだけだった。
突き放された気もしたし、背中を押された気もした。
でも、その時ようやく私は分かった。これはただの夢じゃない。少なくとも、私一人の頭の中で完結しているものじゃない。IRISがいて、お姉ちゃんがいて、私がいる。そこには私の知らない何かがある。
朝になっても、私はそのことばかり考えていた。
会いに来て。
どこへ。
でも、その答えは、もう半分くらい分かっている気がした。




