プロローグ
お姉ちゃんと見た星を、今でも時々思い出す。
小さい頃、夜にベランダへ出て、ふたりで空を見上げたことがあった。夏だったと思う。窓から漏れる部屋の灯りが背中をあたためていて、夜の風は少しだけぬるくて、お姉ちゃんは隣で、あれが明るい星、あっちは少し赤い星、って教えてくれた。
私はその違いなんて全然分からなかったけど、お姉ちゃんが言うならそうなんだろうと思っていた。
お姉ちゃんは、何でも知っているみたいだった。
少なくとも、私にはそう見えていた。
三つ上の姉。
優しくて、少し大人びていて、私が転びそうになる前に気づいて手を引いてくれる人。
私が泣くと、すぐに分かってくれる人。
私が好きなものも、嫌いなものも、なんでか全部知っている人。
ずっと、そういう人だった。
だから、いなくなるなんて思っていなかった。
いなくなった、という言い方が合っているのかどうか、今でもよく分からない。遠くへ行ってしまったわけじゃない。死んだと聞かされたわけでもない。ただ、当たり前に隣にいた時間が、ある日から急に手の届かないものになっただけだ。
家の中にはまだお姉ちゃんの気配が残っている。
棚の端に残った古い本。
引き出しの奥にしまわれた髪留め。
誰も使っていないのに、捨てられないままのマグカップ。
それなのに、触れようとするとするりと逃げていくみたいに、お姉ちゃんのことは家の中で話題にならなかった。
私も、だんだん聞けなくなった。
聞いたら壊れてしまうものが、家のどこかにある気がしたからだ。
それでも時々、夜に空を見ると、お姉ちゃんのことを思い出す。
一緒に見た星のことを思い出す。
もう一度だけでいい。
会えたらいいのに。
そう思いながら眠る夜が、たぶん何度もあった。




