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北の山から帰り、四天王の一人である氷冠の女王エレノアを倒した。
完全に殺してはいないが、もう国に脅威になることはないと思っている。
エレノアとの激闘は凄まじいまでの戦いだったな。
北の山から帰れないと本当に思った程の過酷な戦い。
これで四天王はカースに続いてエレノアと二人を撃破した。
残りは二人となった。
街では俺たちは歓迎され、ギルド長のマリアンヌを筆頭に盛大に料理も振るまわれた。
「はぁ。やっと、一息つけるな」
俺は、王都のメインストリートを埋め尽くす群衆の歓声を背に受けながら、静かに息を吐いた。
北の女王エレノアを倒し、大陸を襲うはずだった『星葬の氷河』を打ち砕いてから数日。
俺たち一行が王都に帰還したその日は、建国以来最大の祝祭日になるのではないかというほどの騒ぎだった。
沿道には色とりどりの花が舞い、ギルドの同僚たちや、かつてサウナで汗を流した常連客たちが、声を枯らして俺たちの名前を呼んでいた。
しかも英雄としての仕事は帰還報告だけでは終わらなかった。
「勇者コウイチ殿、ならびに仲間の皆様。国王陛下がお呼びです。至急、王城へお越しください」
白銀の鎧に身を包んだ近衛騎士たちが、俺たちに話した。
俺はライラたちと顔を見合わせ、苦笑いしながら頷いた。
「はい、直ぐに城に行きます」
「わふん!」
シロも、どこか誇らしげに胸を張り、騎士たちの先導に従って歩き出す。
着いた王城の王の間は、王族らしい空気に包まれていた。
高い天井からは豪華なシャンデリアが吊り下げられ、赤い絨毯の両脇には重鎮たちが並んでいる。
その最奥、玉座に座る国王陛下は、俺たちよりも先に、自ら立ち上がって歩み寄ってきた。
「コウイチよ、そして勇者の仲間たちよ。よくぞ、この大陸を救ってくれた」
威厳のある、しかし慈愛に溢れた声が広間に響き渡る。
陛下は俺の肩に手を置き、力強く頷いた。
「コウイチたちが北の果てで成し遂げたことは、単なる魔王四天王の討伐以上の価値がある。数百年の冬を終わらせ、北の国民に春をもたらしたその功績。我ら一族の名において、永久に語り継ぐことを約束しよう」
陛下は、俺たち一人一人に特製の記念勲章を授与してくれた。
さらに、王室直轄の領地や、一生使い切れないほどの報奨金の目録まで提示された。
「陛下。身に余る光栄です。ですが、俺がここまで来られたのは、隣にいる仲間たちと、俺を信じて送り出してくれた王都の皆のおかげなんです」
俺がそう答えると、陛下は満足そうに笑い、「その謙虚さこそが真の勇者の証よ」とさらに絶賛された。
式典は数時間に及び、貴族たちからの挨拶攻めにあった俺の精神は、北の決戦とは別の意味で限界を迎えようとしていた。
ようやく城を出る頃には、日はすっかり傾き、王都には穏やかな夕焼けになっていた。
「ああ、疲れたぁぁっ! 魔物と戦うより、偉い人と喋るほうがよっぽど肩が凝るわよ!」
ライラが大きく伸びをして、双剣の重みを肩から下ろした。
「本当ですね。エルザさんも、聖堂関係の挨拶回りでフラフラじゃないですか?」
フィンが心配そうに問いかけると、エルザは聖女の微笑みを維持しつつも、心なしか頬がこけているように見えた。
「ええ。ありがたいことなのですが、今はただ、重い法衣を脱ぎ捨ててしまいたいです」
「ふん、あんたたち情けないね。私は陛下に神槌を褒められたから、気分は最高だよ。でも、確かに体中が北の冷気のせいでバキバキだ」
リズが首を鳴らしながら、俺の顔を覗き込んだ。
「なあ、コウイチ。この後の予定は決まってるんだろ?」
リズの言葉に、俺はニヤリと笑った。
体が求めているもの。
寒かった体を温めること。
「ああ。もちろん。俺たちの、いや、俺の本当の聖域に行く時間だ」
「わふん! わふん!」
シロも全てを察したようで、尻尾を千切れんばかりに振っている。
俺たちは、賑わう繁華街の一角にある、一際大きな煙突が目印の建物へと向かった。
そこには、新しく掲げられた看板が。
『勇者の癒やし・王都大サウナ』が輝いていた。
俺が北へ向かう前に開業を支援し、今や王都の新たな名所となったこの場所。
サウナ店に入ると、そこには懐かしい木の香りと、熱を帯びた蒸気の匂いが漂っていた。
「おぉ! コウイチさん! いや、勇者様じゃないですか!」
番台に座っていた馴染みの店主が、驚きと喜びで椅子から転げ落ちそうになった。
「店主、ただいま。悪いが、今日は貸し切りにしてもらえるか? こいつら全員、北の冷気で魂まで凍りかかってるんだ」
「がってん承知です! 勇者様の凱旋祝いだ、今日は最高のロウリュを用意しますよ!」
俺たちはそれぞれ脱衣所へと向かった。
鎧を脱ぎ、服を脱ぎ、重い責任感や緊張感さえも脱ぎ捨てる。
浴室へ足を踏み入れると、白く立ち込める湯気が、冷え切った身体を優しく包み込んでくれた。
う〜ん、この雰囲気。
帰ってこれて良かったな。
「これよ。これこそが、私が求めていた真実だわ」
仕切りの向こう、女湯の方からライラの声が聞こえてくる。
「ライラさん、泳がないでくださいねあぁ、極楽です」
エルザの、いつもの聖女らしからぬ緩みきった声も聞こえた。
俺はフィンと一緒に、まずは掛け湯をして汚れを落とした。
北の泥、汗、そして魔物の返り血。
それらが洗い流されるたびに、心が軽くなっていくのを感じる。
そして、俺はいよいよサウナ室の扉を開けた。
「ぐぉ。この熱気、これだ」
室温は九十度。
熱気が一気に全身を包み込み、北の山脈で芯まで冷え切っていた骨の奥が、ジワジワと解き放たれていく。
俺は最上段に腰掛け、目を閉じた。
数分後。
「失礼します! 勇者様への特製ロウリュ、失礼します!」
店主が大きなバケツを持って入ってきた。
中に入っているのは、北の地で俺たちが持ち帰った『春告の花』のエキスを抽出したアロマ水だ。
サウナストーンにそれが注がれた瞬間、ジュワァァァッ! という快音と共に、甘く爽やかな香りが室内に広がった。
「最高だ」
熱波が肌を叩き、汗が噴き出してくる。
この一滴一滴の汗と共に、北の戦いでの恐怖、重圧、そしてエレノアと対峙した時の極限の緊張が、全て体外へと排出されていく。
俺は今、勇者としてではなく、ただの男として、自分を取り戻していた。
「コウイチさん僕、サウナっていう文化を教えてもらえて、本当に良かったです」
隣で真っ赤な顔をしたフィンが、幸せそうに呟いた。
「ああ。どんなに強い敵を倒しても、身体を休める場所がなきゃ、人間はいつか壊れちまうからな」
俺たちは十分ほど熱気に耐えた後、サウナ室を出た。
そして、目の前に広がるのは、王都の冷涼な地下水を汲み上げた水風呂だ。
「ふぅぅ。行くぞ」
俺はゆっくりと身体を沈めた。
おおおおお!
衝撃的な冷却。
だが、それは北の死を招く冷気とは違う。
熱りきった身体を引き締め、神経を研ぎ澄ませてくれる、生命の冷たさだ。
「はぁぁ」
水風呂から上がり、外気浴スペースへ向かう。
王都の夜風が、濡れた肌を優しく撫でる。
椅子に深く腰掛け、星空を見上げる。
視界がゆっくりと回り始め、心臓の鼓動が耳の奥で一定のリズムを刻む。
これだ。この「ととのう」感覚。
「ああ、生きてるな」
俺は、心の底からそう思った。
数セットを繰り返した後、俺たちはロビーで合流した。
全員、湯上がりで顔を上気させ、北の地での疲れが嘘のように消え去っていた。
「信じられない。あんなにバキバキだった肩が、羽みたいに軽いわ!」
ライラが腕を回しながら、驚きの声を上げている。
「ふふ、お肌もツヤツヤです。サウナの聖母様がいらしたら、きっとお礼を言わなければなりませんね」
エルザもすっかりリフレッシュしたようで、瞳に輝きが戻っていた。
リズは腰に手を当て、キンキンに冷えた『王都名物・フルーツ牛乳』を一気に飲み干している。
「ぷはぁーっ! これだよ、これ! この一本のために冒険者やってるようなもんさ!」
「わふぅぅぅん!」
シロも、専用のペット用温浴ブースで洗ってもらったらしく、毛並みがフワフワのサラサラになって戻ってきた。
プニも、温泉の成分をたっぷり吸い込んだのか、いつも以上に弾力が増してツヤが出ている。
俺たちは、サウナの座敷に座り込み、店主が用意してくれた豪華な「サウナ飯」に舌鼓を打った。
特製スパイスを効かせた肉料理、そして火照った身体に染み渡る冷たいスープ。
北の地で食べたジャガイモも美味かったが、平和な王都で、こうして仲間と囲む食事は格別だった。
「コウイチ。あんたがこのサウナを作ってくれなかったら、私たちは今頃、勝利の余韻に浸るどころか、疲労で寝込んでたでしょうね」
ライラがジョッキを掲げた。
「本当ですね。王様からの勲章も嬉しいけれど、この一杯とこの熱気、これこそが最高の褒美です」
フィンの言葉に、全員が賛同してジョッキやコップを合わせた。
「乾杯!」
王都の夜は更けていく。
城での堅苦しい挨拶も、女王との死闘も、今は全て遠い思い出のようだ。
俺は窓の外を眺めた。
暗闇の中、遠く北の空には、かつての絶望的な雲はなく、穏やかな星影だけが輝いている。
明日からも、また新しい冒険が始まるかもしれない。
新しい困りごとや、新しい敵が現れるかもしれない。
でも、俺にはこの最高の仲間たちがいる。
そして、帰ってきたらいつでも自分を取り戻せる、この熱い場所がある。
俺は、心地よい倦怠感に身を任せ、仲間たちの笑い声を聞いて、深く、深い眠りへなった。
俺の勇者としては、この最高のサウナの熱気と共に、温かく開始しそうだ。




