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一番来て欲しくないタイミングで女王エレノアは来た。
「来るぞ、みんな、持ち場を離れるなッ!」
俺の叫びが、氷の歯車の魔力炉の間に響き渡った。
地下の冷気はもはや物理的な法則を無視し、吸い込むだけで肺の細胞が凍りつくようだ。
目の前に立つ氷冠の女王エレノアは、その身から溢れ出る憎悪を白の魔力へと変え、一本の細身の剣を形作った。
「『極夜の剣』。切れないものはない。死んでもらう」
「死ねるかよ」
彼女がその剣を軽く一振りしただけで、俺と彼女の間にあった「時間」そのものが凍りついたかのように、全ての動きがスローモーションに見えた。
「無駄だ。温もりなど、この絶対零度の前では瞬きほどの価値もない」
これが氷冠の女王の力か。
幹部で倒したクロムも時間の効果を使ってきた。
クロムよりもはるかに凄いな。
エレノアが音もなく踏み込み、剣を突き出した。
俺は『空間把握』を最大出力で回し、その軌道を読み取る。
「水鏡の盾、全開!!」
俺は仲間たちを守る壁となり、水の盾を幾重にも重ねて展開した。
だが、エレノアの剣が盾に触れた瞬間、パキパキという不気味な音が鳴り響く。
瞬時に盾そのものが硬い氷の塊へと変えられてしまった。
「なっ!? 魔力そのものを凍らせたのか!?」
衝撃が盾を突き抜け、俺の身体を吹き飛ばす。
ぶっ壊れた能力だよな。
化け物に勝てるわけない。
冷気が防具の隙間から侵入し、俺の血液を、思考を、一気に奪い去ろうとする。
「コウイチさん! ああ、神様、どうか彼に守護を!」
エルザが詠唱の合間に叫び、聖なる光を俺に飛ばす。
「コウイチ、倒れないで! あんたが抜かれたら、儀式が台無しよ!」
ライラが必死に魔力炉の回転を維持しながら、風の刃でエレノアを牽制するが、女王はそれを見向きもせず、ただ俺を抹殺するために冷気を収束させていく。
「わふぅぅぅん!!」
シロが勇ましく前に飛び出し、俺の前に立ちはだかった。
シロの身体から放たれる黄金の闘気が、エレノアの冷気と激突し、火花を散らす。
プニもまた、俺の肩から飛び降りると、自らの身体を巨大なクッションのように膨らませ、女王の追撃をその身で受け止めた。
「プニィィィッ!!」
攻撃を受けるたび、プニの身体が凍りつき、ひび割れていく。
仲間の、そして相棒たちの献身的な姿に、俺は意識を繋ぎ止めた。
だが、状況は絶望的だった。
エレノアの放つ冷気は、俺たちがこれまでの旅で培ってきた全ての技術を無効にする。
あらゆる「動」を「静」へと変えていく。
俺の視界が次第に白くなった。
指先の感覚はなくなり、握りしめた『絆雷』さえも重く、冷たい鉄の塊に感じられた。
ここまでなのか。
俺一人の力じゃ、この絶望は止められないのか。
1人目の四天王カースは討伐した。
しかしエレノアは化け物だった。
諦めが脳裏をよぎり、膝をつきかけたその時だった。
カチリ、と。
俺の手の中で、凍りついていた『絆雷』の手元が熱を帯びた。
なんだ、この温かさは?
それは魔力ではない。
もっと泥臭く、もっと力強い、人々の「想い」の奔流だった。
剣の刀を通じて、遠く離れた王都の人々の声が、俺の心に直接流れ込んできたんだ。
『コウイチ! あんたならできるって信じてるよ! 帰ってきたら、最高の酒を奢るからね!』
マリアンヌさんの、あの豪快で温かい笑い声。
『勇者様、どうか。わたくしたちの明日を、守ってくださいまし』
セシリア令嬢の、祈りを込めた気高い声。
『私たち剣術部の部員も、全力で王都の氷を防いでいます! あとは頼みましたよ!』
クラリスが、必死に剣を振るう勇ましい声。
そして、北の村で出会った老人バレンの、枯れた、けれど希望に満ちた声までもが聞こえた。
『若者よ、お前さんの火を絶やすな。春を春を連れてきておくれ』
他にもあった。
白銀の翼のフォルダンの熱も来ているし、決闘したヴォルグの熱も伝わった。
清浄の谷のバルカスさん、果樹園の妖精、伝説の怪鳥キングピヨ鳥のヒヨコまでも。
「ああ、そうだ。俺は、一人で戦ってるんじゃない」
凍りついていた俺の心臓が、ドクン、と大きく脈打った。
想いは熱となり、熱は炎となる。
俺一人では小さな種火かもしれないが、この旅で出会ったすべての人々の想いが合わされば、それは冬を焼き尽くす太陽にさえなれる。
「おおぉぉぉぉぉぉっ!!」
俺は叫びと共に、全身を縛っていた氷を内側から爆散させた。
俺の周囲に、黄金色を通り越し、白熱した真紅の魔力が起きた。
「何だと!? この絶対零度の中で、なぜそれほどの熱量を維持できる!?」
エレノアが驚愕に目を見開き、さらに強力な冷気を『極夜の剣』に込めて斬りかかってきた。
俺は逃げなかった。避ける必要もなかった。
「これが、あんたが捨て去った『絆』の力だ!!」
俺は『水鏡の盾』を再び展開した。
だが、今度はただの水の盾ではない。
仲間たちの想いを反射し、増幅させる、白熱の盾だ。
エレノアの極寒の刃が盾に衝突した瞬間、凍りつくどころか、凄まじい水蒸気が爆発的に発生し、女王の冷気を真っ向から押し返した。
「わふん! わふん!」
シロが俺の覚醒に呼応するように、その身体を雷で包み込み、エレノアの足元を乱す。
「プニプニィーッ!」
プニもまた、これまでに吸収した熱を一気に放出し、俺の背後で詠唱を続けるフィンとエルザを守るための熱の障壁を作り上げた。
「コウイチさん! 魔力炉の反転率、九十パーセント! あと少し、あと少しで儀式が完成します!」
フィンの叫びが聞こえる。
「わかった! 最後の一秒まで、俺が全てを跳ね返してやる!」
エレノアは髪を振り乱し、自身の身体を巨大な氷の巨像へと変貌させようとしていた。
彼女の孤独が、拒絶が、この場にある全ての熱を奪い尽くそうと暴走する。
だが、俺の中に燃え盛る火は、決して消えることはなかった。
王都で食べた肉の味、仲間と笑い合った夜、そして自分自身の弱さを認めたあの瞬間。
その全てが、俺の背中を力強く押し続けている。
「終わりだ、エレノア。あんたの冬は、ここで終わる!」
俺は『絆雷』を構えた。
剣の刀身は、今や王都の太陽のような光を放っている。
これが俺たちの答えだ。
誰かを信じ、誰かに託されることで生まれる、無限のエネルギー。
俺の中に眠っていた、勇者としての本当の潜在能力が、今、完全に覚醒しようとしていた。
俺は一歩、地を蹴った。
凍りついた空気を切り裂き、女王の絶望のど真ん中へと、絆という名の炎を叩き込むために。
儀式の完成まで、あと数秒。
俺と女王の、魂を懸けた最後のぶつかり合いが、今まさに頂点に達しようとしていた。




