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俺は、震える手で『絆雷』を握り直した。
女王エレノアの待つ城へと到着した感想。
俺は甘く見ていたのかもな。
「まさか、これほどまでの執念だとはな」
三つの『冷気の心臓』を全て破壊し、北の女王エレノアの魔力供給源は絶たれたはずだった。
だが、俺たちの目の前にそびえ立つ氷冠の城は、崩壊するどころか、これまでとは比較にならない不気味な輝きを放ち始めている。
城の頂から放たれた紫黒色の光が、どんよりとした北の空を裂いていて、南の空へ。
「コウイチさん、見てください! 空に、巨大な術式が!」
フィンの悲鳴に近い声に、俺は視線を王都の方角へと固定した。
「俺たちの王都の上空へと繋がっているのか」
「王都に!」
そこにあるのは、雲を突き抜け、高度数千メートルから降り注ごうとする巨大な氷の塊。隕石だ。
一つや二つではない。
王都を、そしてこの大陸の主要都市を一度に消し去るに十分な数の『氷の隕石』が、上空にあった。
「あれが最終魔術『星葬の氷河』。女王自身の命を触媒にした、強制凍結の呪いです!」
「あの隕石が落ちたら、マリアンヌさんも、セシリアさんも。みんな凍りついてしまう」
ライラが悔しそうに拳を握りしめた。
「コウイチ、どうすればいい! 私たちの力じゃ、あの空の氷を全部叩き落とすなんて不可能よ!」
俺は冷たい風に打たれながら、必死に思考を巡らせた。
物理的に壊すのが無理なら、この冷気の根源を絶つしかない。
だが、女王エレノアを倒すだけでは、既に発動してしまった隕石の雨を止めることはできないだろう。
その時、リズが神槌を地面に叩きつけ、俺の肩を強く掴んだ。
「あんたたち、よく聞きな! 逆転の秘策は一つだけあるよ。この城の地下にある『極夜の魔力炉』だ!」
「魔力炉?」
「ああ。エレノアはあそこで冷気を生み出しているけれど、あれは元々、古代の人間がこの極北を耕すために作った『熱の制御装置』だったはずさ。術式を反転させて、冷気を一気に『解凍の波動』に変えるんだ!」
リズの提案に、フィンが即座に反応した。
「可能です! 大儀式『春告の儀』。古代の記録に一度だけ記されていた、北の地全域を一瞬で解かす禁術。城の魔力炉を暴走寸前まで熱すれば、その衝撃波が空の隕石をも蒸発させられるかもしれません!」
「でも、それには膨大な魔力と、儀式を守る強固な意志が必要です。女王エレノアが、黙って見ているはずがありません」
エルザが不安げに杖を抱きしめた。
女王エレノアはとんでもないことをやってきた。
「やるしかない。みんな、頼めるか?」
俺が仲間の顔を一人ずつ見つめると、彼らは皆、覚悟を決めた強い眼差しで頷いた。
「わふん!」
シロが勇ましく吠え、俺の足元で戦う準備を整える。
プニも身体を真っ赤に発光させ、これまでにない熱量を溜め込んでいた。
「よし、突入だ! 王都を守るぞ!」
俺たちは、崩壊を始めた氷冠の城の最深部へと駆け出した。
城内は、女王エレノアの怒りに呼応して形を成した氷の兵士たちで溢れていた。
だが、今の俺たちに、ためらいはない。
「邪魔よ、どきなさい!」
ライラが嵐のような旋風で道を切り開き、リズの槌が氷の鎧を粉砕していく。
俺は『空間把握』を駆使して最短ルートを割り出し、最深部の魔力炉の間へと辿り着いた。
そこは、巨大な氷の歯車が回り、中央には脈打つような青白いエネルギーの塊。
魔力炉の核があった。
「フィン、エルザ、すぐに儀式の準備を! ライラ、リズ、回路の接続を急げ!」
「了解です! 聖なる言霊よ、凍てつく大地に春の兆しを!」
エルザとフィンが魔力炉の前に陣取り、詠唱を開始した。
周囲の冷気が二人の体温を奪おうとするが、俺は『水鏡の盾』を展開し、二人を死守する。
「リズ、接続はどうだ!」
「ま、待ちな! この古代の術式、複雑すぎて知恵の輪みたいだよ! ライラ、そこを風で回して、回路を熱に繋ぎなさい!」
「わ、わかったわよ! これ以上ないくらい吹かせてやるわ!」
ライラの風が魔力炉を強制的に回転させ、リズが神槌で火花を散らしながら、冷気の供給管を次々と熱の循環路へと繋ぎ変えていく。
エレノアが放つ圧迫感が、物理的な重みとなって俺たちを押し潰そうとしていた。
「死」の気配だった。
音すらも凍りついたような静寂の中、広大な広間の奥に、その人物は座っていた。
「ようやく辿り着いたか。不遜なる温もりの種火たちよ」
透き通るような、しかし聴く者の骨の髄まで冷やし尽くすような声が響く。
そこにいたのは、絶世の美女と呼ぶに相応しい、けれど人間としての生気を一切感じさせない、冷徹な美の化身だった。
彼女こそが北の四天王、氷冠の女王エレノア。
膝まで届く長い髪は、銀色を通り越して深淵の氷河のように青白く輝き、その瞳には氷が宿っている。
身にはドレスは布ではなく、薄く削り出された万年雪の結晶で編まれており、彼女が動くたびに「チリン」と、氷の鐘が鳴るような微かな音を立てた。
彼女の周囲だけは、もはや空気さえも凍り、結晶化した魔力がダイヤモンドダストとなって美しく舞っている。
だが、その美しさは生命を拒絶する暴力そのものだ。
「あんたが、エレノアか」
俺は一歩踏み出し、剣先を玉座へと向けた。
背後でライラが身構え、エルザが震える手で杖を構えるのがわかる。
シロはこれまでにない警戒心を見せ、低く唸り声を上げ続けていた。
「エレノア、一つだけ聞かせてくれ」
俺の声は、極低温の室温に晒されて白く濁った。
「なぜ『大いなる凍結』なんてことをする? 世界を氷の中に閉じ込めて、誰も笑えない、誰も食べられない、ただ死んだような静寂に変えて、あんたは何を得るつもりなんだ!」
俺の問いに、エレノアは感情の読めない瞳でゆっくりとこちらを見下ろした。
彼女は玉座から立ち上がると、氷の床を音もなく滑るように歩み寄ってくる。
「救済だ」
エレノアは、まるで幼子に真理を教え込むような、穏やかで残酷な微笑を浮かべた。
「貴様ら人間が謳歌する『温もり』とは、常に争いと腐敗の火種に過ぎぬ。愛し合い、憎み合い、奪い合い、果てには醜く朽ちて土に還る。それは命の侮辱ではないか?」
彼女の手が、空中に一輪の氷のバラを形作った。
「凍結とは、永遠の保存。凍てついた世界において、命はもっとも清らかなまま固定される。争う心も、飢える苦しみも、老いる恐怖も、すべては美しい静寂の中に溶けて消えるのだ」
エレノアの瞳が、狂気と慈悲の入り混じった光を放つ。
「私はこの世界を愛している。ゆえに、止めてやりたいのだ。この醜い流転の物語を、最上の美しき氷像として。私の『大いなる凍結』は、残酷な終わりではない。果てなき安らぎへの招待なのだよ」
その言葉は、ある種の聖女のような響きさえ持っていた。
彼女は本気で、世界を凍らせることが、全生命にとっての幸福だと信じ込んでいるのだ。
「勝手な言い分だな」
俺は鼻で笑い、剣を強く握り直した。
「温もりがあるから、俺たちは美味い飯が食える。温もりがあるから、仲間と笑い合える。あんたの言う『永遠』なんて、俺にはただのゴミ溜めにしか見えないぜ」
「やはり、種火に言葉は通じぬな」
エレノアの周囲の温度が、さらに数十度低下した。
彼女の背後に、巨大な氷の翼が展開され、王座の間全体が絶対零度の結界へと変貌していく。
「ならば、その浅ましい温もりごと、我が氷河の底で眠るがいい。永遠に、な」
女王と共に、白銀の地獄へと塗り替えられた。
彼女は自分の心臓を魔力の炉心として燃やし、世界そのものを氷の墓場へと道連れにしようとしている。
邪魔されたくないのに。
彼女の周囲に舞う粉雪は、触れたものを即座に分子レベルで停止させる絶対零度だ。
「コウイチ! 儀式が終わるまであと三分、いや、五分は必要よ! エレノアを来ないように防いで。できますか?」
フィンの叫び。
「五分か。わかった。死んでもここは通さないでやる」
俺は『絆雷』を構え、エレノアの前に立ち塞がった。
「シロ、プニ、頼む」
シロが俺の背後で低い唸り声を上げ、プニが防護膜を広げる。
上空では、氷の隕石が既に大気圏を突き破り、王都を焼き尽くす一歩手前まで迫っているのが、地響きとなって伝わってきた。
「女王エレノア。あんたの孤独も悲しみも、俺には全ては分からない。でも、みんなが明日を夢見る権利まで奪わせるわけにはいかないんだ」
「黙れ! 永遠の眠りこそが、この醜い世界の救済なのだ!」
エレノアが氷の剣を振り下ろす。
俺たちの絆と、彼女の絶望。
世界を凍らせる冬と、未来を呼ぶ春の、最後の戦いが幕を開けた。
マリアンヌさん、みんな、もう少しだけ待っていてくれ。
必ずエレノアを止める。
俺は奥歯を噛み締め、迫り来る絶対零度の中へと、一歩を踏み出した。
この場所を死守し、儀式を完遂させ、必ず王都に春にする。
俺は『絆の勇者』だろう。
仲間と共に歩んできたこの旅の集大成を、今ここで証明してみせなければ、勇者じゃないよな。




