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「くそ、この積雪量は異常だ」
俺は膝まで埋まる雪を必死にかき分けながら、思わず毒づいた。
一つ目の『冷気の心臓』を破壊したことで、一時は吹雪が止んだかに見えた。
だが、北へ進むほどに雪の性質が変わり、まるでもち米を練り上げたような粘り気のある雪が、俺たちの行く手を阻んでいた。
『剛力』を使って無理やり進もうとしても、足場が柔らかすぎて力が逃げてしまう。
「コウイチ、もうダメ。私、風の加護で体を浮かせてるけど、魔力が底を突きそうよ」
ライラが荒い息を吐きながら、雪原に倒れ込んだ。
エルザとフィンも、肩を寄せ合って震えている。シロだけは元気そうだが、流石にこの深い雪を全員分かき分けて進むのは不可能だった。
「おい、あんたたち! あそこを見てみなよ!」
「小屋がありますね。休みます」
「うん、ちょっと休憩しよう」
最後尾から、寒さなど物ともしない元気な声でリズが叫んだ。
彼女が指差した先、半分ほど雪に埋もれた古い小屋の影に、放置された巨大な木製のソリがあった。
それはかつてこの地を旅した商人のものか、あるいは開拓民の遺物かな。
全体的にボロボロで、左右の板は折れ、座席も腐りかけている。
「壊れているよ。使えないな」
「リズ、あれを使うのか? でも、あんなガラクタじゃあ」
「はぁ!? あんた、私の前でそんな口叩くのかい?」
リズが目を血走らせ、神槌を肩から下ろした。
「こんな状態の道具は、職人として見てられないんだよ! ちょっとそこをどきな、魔改造してやるからさ!」
「魔改造? まさかここで鍛冶する気」
「やります」
リズの「職人魂」に火がついてしまった。
彼女は雪を神槌の一振りで吹き飛ばすと、小屋から廃材や鉄屑をかき集めてきた。
色々と材料が集まったみたいだな。
「ライラ、突っ立ってないで風の魔力を供給しな! フィン、あんたは魔力伝達効率の最大化を計算するんだよ!」
「ええっ!? 私、もう魔力が」
「いいからやりな! あんたの風、このソリの『動力』にしてあげるからさ!」
リズの気迫に押され、ライラとフィンが慌てて作業に加わった。
俺はと言えば、リズに命じられるまま、『熱感知』で廃材の中から「魔導伝導率の高い金属」を選別し、シロと一緒に部品を運んだ。
「よし。心臓部に、一つ目の心臓の破片を組み込む。これで燃料要らずだ!」
リズは凄まじい手際で、ソリの底に魔法の回路を刻み込んでいく。
元は木製だったソリが、リズの槌が振り下ろされるたびに鋼鉄の輝きを帯び始め、その形状は流線型の、見たこともない乗り物へと変わっていった。
まさに職人技だな。
「フィンの術式を組み込んだ魔力バランサー、装着! ライラの風を圧縮して後方へ噴射するブースター、接続完了だ!」
リズが仕上げに神槌で車体を力強く叩くと、ソリ全体が黄金色の魔力光を放った。
そこにあったのは、もはやただのソリではない。
雪原を走るために生み出された、「超高速・魔導スノーモービル」だった。
「嘘みたい!」
「完成だ。名付けて『絆の轟雷号』! さあ、乗りな!」
リズが誇らしげにする。
「動くのか?」
「当たり前だ。私が作ったので、失敗はあったかエルザ」
「ない」
俺たちは半信半疑で、頑丈に作り直された座席に腰を下ろした。
俺が操縦席に座り、シロが膝の上に乗る。
後部座席にはライラとエルザ、フィンがしがみついた。
「コウイチ、起動スイッチはそこにある『絆雷』を差し込む場所だよ。あんたの絆の魔力が、このマシンの点火剤になるんだ」
「分かった。行くぞ、起動!」
俺が剣をスロットに差し込んだ瞬間、背後のブースターから、キィィィィィィィンという高い音が響き渡った。
「出発だ。次の冷気の心臓に向けて」
「は、速い! 速いぞ!」
「ちょっとリズ、これスピード出すぎよぉぉぉぉぉ!!」
ライラの叫びが空気に溶ける暇もなかった。
ドンッ! という衝撃と共に、俺たちの視界が後ろへ飛んだ。
魔導スノーモービルは、深い雪を跳ね飛ばすどころか、その上を滑空するように爆走を始めた。
時速、いや、もはや魔導列車の最高速度すら超えているのではないか。
「あわわわわわ!! Gが、加速Gが凄いですー!!」
フィンが涙目で叫び、エルザは目を回しながら俺の腰に抱き着いている。
「がははは! 最高だね! 計算通りだよ!」
リズだけが、最後尾で爆風を受けながら大笑いしていた。
「わふぅぅぅぅぅ!!」
シロも風を浴びて興奮気味に吠えている。
俺は必死にハンドル――魔力制御レバーを握り、『空間把握』を全開にした。
体感で時速百キロを超える速度で雪原を爆走する感覚。
障害物となる巨岩や倒木が、瞬く間に迫っては後ろへ消えていく。
「コウイチ! 前方、魔物の群れよ!!」
ライラが顔を上げて叫んだ。
前方の雪原を、数百匹はいるであろう『白銀の餓狼』の群れが埋め尽くしていた。
奴らは俺たちの接近に気づき、一斉に牙を出して飛びかかろうとする。
ヤバいな。
このままだと狼と激突する。
一度、停車しておくのがいいだろう。
「どきなさい! 止まる気はないわよ!」
「ええええ! 停車しないの? 狼がいるのに」
「コウイチ、突き進みなさい」
「わ、わ、わかったよ、どうなっても知らないぞ!」
俺はレバーを引き絞り、『黄金の羽』の加速魔力をマシンへと直結させた。
「みんな、スキルをマシンに上乗せしろ!!」
「疾風・加速旋回!!」
ライラの風がマシンの周囲にカッターのような刃を作り出した。
「聖なる雷光、装甲に宿れ!!」
エルザの魔法が車体を電撃で包む。
「神槌の衝撃、伝播せよ!!」
リズが座席に槌を叩きつけると、マシンの振動が破壊的な衝撃波へと変換された。
「うわあああああああ」
俺は絶叫しながら突っ込む。
ドゴォォォォォォン!!
俺たちは魔物の群れに、正面から高速で突っ込んだ。
衝突というよりは、巨大なシュレッダーが雪原を通り抜けたようなものだった。
餓狼たちは、俺たちが通り過ぎる瞬間に弾き飛ばされ、風の刃で切り裂かれ、雷に焼かれて消えていく。
魔物の群れを一瞬で壊滅させた俺たちは、減速することなく雪原を突き進んだ。
「群れを壊滅!」
「こんなのアリなのか」
「凄すぎる、これなら、次の『心臓』まであっという間だ!」
俺の『熱感知』が、遥か前方にある二つ目の冷気の心臓の反応を捉えた。
「見えたぞ! 二つ目のポイントだ!」
地平線の彼方に、氷の塔のような心臓が見えてくる。
「コウイチ、ブレーキなんていらないよ! そのまま突っ込みな!」
リズが無茶苦茶なことを言う。
「ああ、分かってる! この速度のまま、あの氷の心臓をぶち抜いてやる!」
俺は絆雷をさらに深く押し込み、リズの改造したスノーモービルを限界まで唸らせた。
俺たちの絆と、職人のこだわり。
そしてライラの風が一つになった銀色の弾丸になるる。
極寒の世界を切り裂き、女王エレノアの庭を滑走していく。
深い雪道で立ち往生していた俺たちが、今やこの世界の誰よりも速く、目的地へと迫っていた。
このスピード、この熱量がある限り、どんな絶望も俺たちに追いつくことはできない。
俺は、凍りついた風の中で、勝利を確信してアクセルを踏み抜いた。




