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岩に隠れてミニキャンプをして、腹もいっぱいになった。
出発となって、目指すは三つあると聞いている冷気の心臓を破壊すること。
そうしないと女王エレノアの計画は止められないとされる。
「見えた。あれが、一つ目の『冷気の心臓』か」
俺は吹き荒れる吹雪をさえぎるように手をかざし、谷の底にあるその冷気の心臓を見た。
『迷いの樹氷林』を抜け、標高が一段と上がったその場所に、それはあった。
周囲の景色から色を奪い取ったかのような、純白をしている。
巨大な水晶の塊が、心臓の鼓動に似た不気味なリズムで、ドクン、ドクンと白い光を放っている。
その光が放たれるたびに、大気が凍りつき、周囲の空間が物理的な音が響いていた。
「信じられない。あんな巨大な魔力の塊、初めて見ました」
フィンの声が、寒さと恐怖で震えている。
「マリアンヌさんが言っていた通りだね。あそこから地脈の熱を吸い上げて、代わりに殺人的な冷気を散らしているんだ」
俺の『空間把握』に伝わってくる情報は、もはや絶望的だった。
心臓を中心とした半径数百メートルは、生命が生存できる温度を遥かに下回っている。
「兵がいないのも納得ね。近づくだけで魂まで凍りつくわ。でも、私たちにはこれがある!」
ライラが、リズに特注した防寒防具の襟を触った。
氷鋼蟹の甲殻から作られた鎧は、周囲の冷気を反射し、内側にリズが込めた「熱」を閉じ込めている。
「暖かいよ」
「本当に暖かい」
「行くぞ、みんな。一気に中心部まで駆け抜ける!」
俺の号令と共に出た。
「わふん!」
シロが先頭を走り、俺の足元を『氷結無効』の加護で固めてくれる。
だが、「冷気の心臓」は侵入者を拒むように、自動的な防衛機構を作動させた。
心臓から放たれた衝撃波が、周囲の氷を無数の刃に変えて、俺たちに降り注ぐ。
「エルザ、防御を!」
「はい! 聖なる盾、凍てつく空を拒絶せよ!」
エルザが杖を突き立てると、俺たちの頭上に黄金の障壁が展開される。
ガガガガッ! と激しい音が響き、障壁が冷気に刺されて白くなっていく。
「リズ、あの心臓の核を叩くにはどうすればいい!」
俺は迫り来る氷の槍を『絆雷』で叩き落としながら叫んだ。
「普通の衝撃じゃダメだよ! あいつは外側の氷をいくら砕いても、無限に再生する。心臓の鼓動が止まる瞬間、魔力が反転して『熱』を放出する一瞬がある。そこを叩きな!」
リズは自分の神槌を握り締め、地面を滑るように進みながら、タイミングを計っている。
「熱を放出する瞬間? よし、『熱感知』で捉える!」
俺は全精神を心臓の拍動に集中させた。
ドクンドクン。
青白い光が収縮し、次の爆発的な膨張に備える一瞬。
確かに、水晶の奥深くで、吸い取られた熱が凝縮され、行き場を失っている場所があった。
「ライラ、リズ、俺をあそこまで飛ばしてくれ!」
「無茶言わないでよ! でも、あんたならやると思ったわ!」
ライラが俺の背中に手を当て、風の魔力を溜める。
「リズ、衝撃のタイミングを合わせろ!」
「分かってるって! あんたを打ち出すのは、私の槌が一番だ!」
リズが槌を大きく振りかぶり、地面に最高の一撃を叩きつけた。
「――今だ!!」
リズが引き起こした人工的な地震と、ライラの疾風が俺を空へと突き上げる。
俺は『黄金の羽』を展開し、さらに加速した。
周囲の温度が急激に下がり、防具の限界を超えた冷気が俺の肌に来た。
まつ毛が凍り、視界が白くかすんだ。
負けるか!
ここで止めなきゃ、王都のあのみんなが笑い合える場所がなくなるんだ!
俺の脳裏に、スタミナ飯を振る舞ってくれたマリアンヌさんや、送り出してくれた街の人々の顔が浮かんだ。
心臓が大きく光り輝き、最大級の冷気が放たれようとした、その時に。
俺は『水鏡の盾』を反転させ、自分自身の魔力を剣先に集中させた。
「シロ、最後の一押しを頼む!」
「わふぅぅぅん!!」
シロの吠えが、俺の背後から絆の魔力をブーストさせる。
剣先が冷気の心臓の表面に接触した。
「絆雷・極点突破――灼熱の雷鳴!!」
ドォォォォォォォォン!!
俺が突き立てた剣から、王都の絆と聖獣の浄化、そして仲間たちから託された熱量が、一気に水晶の内部へと流れ込んだ。
凝縮されていた熱が暴走を始め、内側から水晶を焼き切っていく。
「ギィィィィィィィン!!」
冷気の心臓が、叫びのような音を上げ、ひび割れた。
次の瞬間、溜め込まれていた魔力が大爆発を起こし、俺は吹き飛ばされた。
「うわああああああ」
「コウイチさん!」
エルザが放った光の網が、空中で俺の身体を受け止めた。
俺は地面に転がりながらも、必死に顔を上げた。
そこにあったのは、かつての水晶ではない。
粉々に砕け散り、ただの石となった残こりと、そこから立ち上る湯気だった。
心臓が破壊されたことで、地脈から吸い上げられていた熱が解放され、谷の温度がみるみるうちに上昇していく。
「暖かい」
「やったのか?」
俺の言葉に応えるように、吹き荒れていた吹雪が嘘のように止んだ。
「やった、やったわ! 一つ目の心臓を制覇よ!」
ライラが駆け寄ってきて、俺の肩を力一杯叩いた。
「痛いよ」
「コウイチさん、凄いです! この一帯の冷気が和らいでいます!」
フィンが魔導書で測定しながら、興奮気味に叫んでいる。
リズも槌を肩に担ぎ、満足そうに鼻を鳴らした。
「ふん、私の防具のおかげだね。でも、あんたの最後の一撃さ、悪くなかったよ」
「わふん! わふん!」
シロが俺の周りを嬉しそうに駆け回り、プニもポカポカとした熱を放ちながら俺の頬を撫でた。
俺は立ち上がり、粉砕された心臓を見つめた。
大いなる凍結を止めるための、最初の一歩。
俺たちは、四天王の打ち込んだ「クサビ」を一つ、確実に引き抜いたのだ。
だが、安心に浸る暇はない。
「マリアンヌさんの話では、あと二つ。北へ進むほど、残りの心臓はより強固な守りに固められているはずだ」
俺の言葉に、仲間たちが再び表情を引き締めた。
空を見上げると、厚い雲の向こう側で、さらに高い山脈が俺たちを見下ろしている。
けれど、今の俺たちに不安はなかった。
この極寒の地でさえ、俺たちは自分たちの手で熱を生み出し、道を切り拓くことができる。
王都で培った絆は、氷の女王が用意したどんな絶望よりも、ずっと強くて温かい。
「よし。まずは体を温めて、次の冷気の心臓を目指そう」
俺たちは、破壊された冷気の心臓に咲き始めた、小さな花を一度だけ振り返り、さらなる北の最果てを目指して歩き出した。
伝説の四天王、氷冠の女王エレノアへの道はまだ遠いが、俺たちの足取りは、王都を出た時よりもずっと力強くなっていた。




