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強敵だった熊の魔物を討伐に成功。
大苦戦を強いられたな。
このまま進むのもいいが、腹が減った。
「よし、一旦ここでキャンプにしよう。これ以上無理に進むと、指先の感覚が完全になくなっちまう」
俺は、大きな岩が吹雪を防いでくれる絶好のポイントを見つけ、仲間たちに声をかけた。
熊の『凍土の断罪者』を倒した後の疲労は、想像以上に重く俺たちの肩にのしかかっていた。
マリアンヌさんから聞いた話では、北の山脈にある三つの『冷気の心臓』――その場所自体に兵は配されていないという。
女王エレノアにしてみれば、この殺人的な寒さと魔物の森そのものが最強の兵隊であり、辿り着ける者などいないと思っているのだろう。
だが、それは俺たちにとって数少ない好機でもあった。
「助かったわ。正直、もう双剣を握る握力が怪しかったのよ」
ライラが岩壁に背を預け、座り込んだ。
「エルザ、フィンの顔が真っ白だよ。先に温めてやってくれ」
「はい、すぐに行います。聖なる灯よ、我らに安らぎの熱を」
エルザが小さな魔導ランタンに火を灯すと、岩にほんのりとオレンジ色の光が広がった。
「あわわ、生き返りますぅ。コウイチさん、今のうちにエネルギーを補給しておかないと、夜の冷え込みには耐えられません」
フィンがガタガタと震えながらも、リュックから調理器具を取り出した。
「さて、飯にするか。でも、王都から持ってきた干し肉はもう凍ってカチカチだな」
俺は辺りを見渡した。この『迷いの樹氷林』は死の世界に見えるが、リズの教えを借りれば「命の隠れ家」が必ずある。
俺は『熱感知』を広域に展開し、雪の下に隠された微かな生命の脈を探った。
あそこだ。
木の根元、雪が少し盛り上がっている場所に、地熱で凍っていない空間があるな。
俺は『絆雷』をスコップ代わりに使い、丁寧に雪を掘り返した。
「コウイチ、何か見つけたのかい?」
リズが興味深げに覗き込んできた。
「ああ。見てくれ」
「立派な『雪底ジャガイモ』だ。それに、この枯れ木に見える枝には、糖分をたっぷり蓄えた『氷結晶の実』がなってる」
リズに聞いたところ、雪の中から現れたのは、厳しい寒さに耐えるために皮を厚くし、デンプンを限界まで凝縮させた大粒のジャガイモだった。
そして氷結晶の実は、見た目こそ透き通ったビー玉のようだが、熱を加えると極上の甘みを持つソースに変わる、この地の貴重な恵みだ。
「わふん! わふん!」
「シロ、何を口に?」
「雪ウサギのキノコだぞ」
シロが尻尾を振りながら、茂みの奥から鳥の卵のような形をしたのを口に入れて戻ってきた。
「お手柄だ、シロ! これで立派なご馳走が作れるぞ」
俺は岩陰の中央に、リズが用意してくれた魔法の火床を設置した。
「リズ、火力を頼めるか? じっくり芯まで熱を通したいんだ」
「任せな。私の火は、冷めた鋼もあんたたちの胃袋も、一瞬で熱くしてみせるよ」
リズが槌で火床を叩くと、パチパチと勢いよく赤い炎が踊り始めた。
俺はまず、雪底ジャガイモを丁寧に洗い、リズの熱を帯びた神槌で薄くスライスした。
熱い石の上でジャガイモを焼くと、香ばしい、土の力強い香りが岩陰に充満していく。
「ライラ、その氷結晶の実を潰してくれ。エルザ、キノコを細かく刻んでスープのベースにしよう」
「了解。私の双剣、野菜を切るのにも向いてるんだから!」
「ふふ、聖水の代わりに、この綺麗な雪を溶かして使いましょう。祈りを込めれば、最高の出汁になりますわ」
仲間たちが手際よく動く。
ただの食事の準備だが、吹雪の中でこうして肩を寄せ合い、一つの鍋を囲む準備をするだけで、強張っていた心が解けていくのが分かった。
俺は焼けたジャガイモの上に、潰した氷結晶の実とシロが見つけたキノコを和えたソースをたっぷりとかけた。
仕上げに、マリアンヌさんから貰った隠し味の香辛料をひと振りする。
「よし、『北嶺の絆・雪底ポテトステーキ』の完成だ!」
立ち上る湯気が、氷の壁に反射して幻想的に揺れる。
「いただきます!」
全員が一斉にスプーンを動かした。
一口食べた瞬間、ホクホクとしたジャガイモの熱が口の中で爆発した。
「熱いっ! 何これ、甘い! ジャガイモじゃないみたい!」
ライラが目を丸くして叫んだ。
「氷結晶の実の酸味と、キノコの深い旨味が、ジャガイモの甘みを極限まで引き立てています。コウイチさん、これ、王都の料理対決で出してたら優勝してましたよ!」
フィンが眼鏡を曇らせながら、夢中で頬張っている。
エルザも「温かい。神様の慈悲を感じるお味です」と、幸せそうに目を細めていた。
「ふん、まあまあの出来だね。熱の通し方は合格だよ、コウイチ」
リズも、不愛想ながらも次々とジャガイモを口に運んでいる。
シロとプニにも、特別に味付けを薄くしたポテトを分けた。
「わふんわふん!」
シロは尻尾がちぎれんばかりに振り、プニはポテトを取り込むごとに身体をポカポカと赤く発光させていた。
過酷な北の山脈。
一歩外に出れば死が待っている世界。
けれど、この岩陰の中だけは、王都の酒場よりも温かい「家」になっていた。
「コウイチ。あんた、さっきの戦いで新スキルを使ったでしょ」
食事が一段落した頃、ライラが火を見つめながら静かに言った。
「『水鏡の盾』のことか?」
「ええ。それだけじゃない、あんたの動き、王都にいた頃よりも、ずっと迷いがなくなってる。私たちを守らなきゃっていう必死さが、良い意味で力に変わってる気がするわ」
「そうですね。コウイチさんの魔力は、今や私たち全員を繋いでいます。あなたが折れない限り、私たちは何度でも立ち上がれる。そんな予感がするんです」
エルザの言葉に、俺は少し照れくさくなってしまった。
この最高のジャガイモを一緒に「美味い」と言い合える仲間がいる。
俺が倒れたら、この連中の笑顔が凍りついてしまう。
その責任感が、今は心地よい重みとして俺を強くしてくれていた。
「三つの『冷心の心臓』。兵がいないとはいえ、環境そのものが牙を剥いてくるはずだ。でも、今の俺たちなら、どんな吹雪だって越えていける。そう思うんだ」
俺が火床の薪を足すと、リズが神槌をカチリと鳴らした。
「当たり前だよ。私の最高傑作の防具と、あんたの絆。女王エレノアに、その熱量をたっぷり味合わせてやろうじゃないか」
「あわわ、僕も新しい防寒魔法の術式を組み上げました! 明日は今日より楽に進めるはずです!」
フィンが自信たっぷりに魔導書を叩く。
「よし。それじゃあ、交代で仮眠を取ろう。シロ、見張りは任せたぞ」
「わふん!」
俺は毛布に包まり、焚き火の爆ぜる音を聞きながら目を閉じた。
外では相変わらず風が唸っているけれど、俺の心は不思議なほど穏やかだった。
王都を出る時にマリアンヌさんから預かった、あの「世界の終わり」の計画。
それを止めるための戦いは明日からが本番だ。
けれど、この温かいスープの味を忘れない限り、俺たちの魂が凍ることは決してないだろう。
俺は仲間の寝息を聞きながら、深く、深い眠りへと落ちていった。
明日の朝、目が覚めた時には、また一歩、あの氷の心臓へと近づいているはずだ。




