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俺は王都の北門を見上げ、白い息を吐き出した。
「いよいよ、この時が来たか」
マリアンヌさんから聞いた「大いなる凍結」の計画。
世界そのものを氷の墓場に変えようとする四天王の野望を知ったあの日から、俺たちの覚悟は一段階上のものへと変わった。
空はどんよりとした暗い色に染まり、王都の堅い外壁でさえも、北から吹き付ける寒風を受けている。
俺の隣に立つ仲間たちの瞳には、ひとかけらの迷いもなかった。
「コウイチ、準備はいい? 忘れ物はないでしょうね」
ライラが双剣の具合を確かめながら、鋭い視線で俺を見た。
彼女の腰には、リズが打ち直したばかりの「氷鋼蟹」の甲殻を組み込んだ特製の鞘が光っている。
「ああ。マリアンヌさんから預かった短剣も、新スキルの習得も、全部完璧だ」
俺は腰の『絆雷』の柄を握り締めた。
聖獣から授かった『水鏡の盾』の魔力が、手を通じて静かに力強く流れている。
「わふん!」
シロも、寒さに負けじと胸を張り、俺の足元で吠えた。
プニは俺の肩の上で、寒さのせいかいつもより少しだけ硬度を増し、防弾チョッキのような頼もしさを出している。
「皆さん、出発の前に、王都の皆さんが集まっています」
エルザが静かに背後を指差した。
門へと続く大通りには、驚くほどの人だかりができていた。
いっぱい人がいるな。
ギルド長のマリアンヌさんを筆頭に、エドワード伯爵、セシリア令嬢。
白銀の翼のフォルダム団長に、決闘したヴォルグや学院のクラリス、そしてサウナや料理対決で顔を合わせた街の人々も。
「コウイチ! 死ぬんじゃないよ! あんたたちが帰ってきたら、最高の酒と肉を用意して待ってるんだからね!」
マリアンヌさんが声を張り上げると、周囲から地響きのような歓声が上がった。
「コウイチ殿、ライラ殿。この『白銀の翼』も、貴殿らが道を切り開く間、王都に迫る冷気のクサビを全力で防ぐと誓おう。思いっきり戦ってきてくれ!」
フォルダム団長が拳を胸に当て、騎士の礼をする。
「勇者様! わたくしも、聖堂でお祈りし続けますわ!」
セシリア令嬢が白いハンカチを振り、クラリスは剣術部の部下たちと共に敬礼した。
「コウイチ殿、我らも北の脅威に屈することなく、この街を守り抜きます! 武運を!」
一人一人の声が、冷たい風にさらされそうになっていた俺の心を温める。
誰かにこれほど必要とされ、期待されたことがあっただろうか。
俺は一度だけ深く頭を下げ、そして仲間たちに向き直った。
めっちゃ期待されているな俺たち。
「行こう。北の女王エレノアに、俺たちの絆を教えに行こう」
俺の言葉に、フィンが眼鏡をクイッと押し上げ、地図を広げた。
「王都から北の霊峰までは、まずは『迷いの樹氷林』を抜けなければなりません。そこは常に磁場が狂い、強力な幻覚魔法が仕掛けられている難所です」
「幻覚だろうが何だろうが、私の神槌でぶち壊してやるよ。道に迷ったら、一番デカい氷の塊を砕きな、それが正解だ」
リズが巨大な槌を肩に担ぎ、ニコリと笑った。
俺たちは王都の門をくぐり、一歩、また一歩と、地獄へと足を踏み入れている。
門を出て数時間。
景色は一変した。
王都の活気は遠くに消え去る。
視界に入るのは、不自然なほど白く凍りついた木々と、止むことのない雪だけだ。
「始まったわね。これ、単なる雪じゃないわ。魔力が混じってる」
ライラが低く構えると、周囲の樹氷が「ギギギ」と不気味な音を立てて動き出した。
「あわわわ、来ました! 『樹氷の亡霊』です! 北の女王の魔力に当てられ、森そのものが防衛機構に変わっています!」
フィンの叫びと同時に、四方八方から鋭い氷が飛んできた。
飛んでくる!
「エルザ!」
「はい! 聖なる障壁よ、冷気を拒め!」
エルザが杖を掲げると、俺たちの周囲に黄金の半球体が展開される。
キンキンと氷が障壁に弾かれる音が響く。
「シロ、遠吠えで場所を特定してくれ!」
「わふぅぅぅん!!」
シロが吠えることで吹雪を一時的に押し戻す。
木々の陰に潜む、透き通った身体を持つ精霊たちの姿を暴き出した。
「見つけたわ! 風よ、切り裂きなさい!」
ライラが電光石火の勢いで跳躍し、双剣から放たれた真空の刃が亡霊たちを消していく。
だが、森の深部へ進むほど、寒さは厳しさを増していく。
「おかしいね。いくら北とはいえ、この標高でこの温度は異常だよ。あいつら、地脈から無理やり熱を吸い上げてるんだ」
リズが足元の地面を神槌で叩き、渋い顔をした。
「私の感覚だと、この先に巨大な『冷気の結節点』がある。それを壊さない限り、吹雪は止まないし、私たちの体力が先に削り取られるよ」
リズの言葉通り、俺の『空間把握』にも、森の最奥で渦巻く巨大な魔力の渦が引っかかっていた。
それは、世界を凍らせるための一つに違いない。
「待て。何か来るぞ」
俺は『絆雷』を引き抜き、正面を見た。
吹雪の向こう側から、巨大な影がゆっくりと現れた。
それは、この森の主だったであろう巨大な熊の魔物。
全身を厚い氷の鎧で覆われた姿だった。
その瞳には赤黒い呪いの光が宿り、吐き出す息は周囲の空間を即座に凍結させるほどに冷たい。
「グルゥァァァァァァッ!!」
熊の吠え一発で、エルザの聖なる障壁にひびが入る。
「なんてプレッシャーだ。刺客クロムほどじゃないが、この環境下での戦いは厳しすぎる!」
俺はスキル『黄金の羽』を展開し、一気に加速した。
だが、熊が前足で地面を叩くと、一瞬にして俺の足元が巨大な氷柱となって突き上げてくる。
「コウイチさん、危ない!」
フィンが防御魔法を重ねるが、熊の冷気は魔法そのものを凍らせて砕いてしまう。
「物理も魔法も通用しづらい。リズ、どうすればいい!」
「表面の氷を切るんじゃないよ! 内部の『熱の核』を叩くんだ! あいつは熱を奪いすぎて、自分自身の中心にしか体温が残ってない!」
リズの助言に、俺は歯を食いしばった。
この極寒の森で、唯一の熱源を叩く。
それは、俺たちが王都で経験した「絆」と「スタミナ」を試す最初の試練だった。
俺はシロと視線を交わした。
シロもまた、冷気に震えながらも、その瞳には強い闘志を宿している。
「行くぞ、シロ! この森の呪いを打ち破って、一気に駆け抜けるんだ!」
俺たちは吹雪の中、巨大な氷の獣へと突撃を開始した。
北の山脈、その入り口で待ち受けていたのは、世界を凍土へと変えようとする女王の、あまりにも冷酷な洗礼だった。
だが、俺たちの胸の中には、王都の人々が灯してくれた消えない「火」がある。




