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「コウイチさん、やめてください! その鏡は、心の防壁を強制的にこじ開けるんです!」
フィンの悲鳴のような制止の声が広場に響き渡った。
鏡面から放たれる波動は、物理的な破壊力こそないが、精神を直接掻き乱す。
恐ろしいアイテムであった。
不幸にも北の方で発見されたというから、もしかしたら北の四天王がやったかもな。
ライラは顔を真っ赤にして口を押さえ、リズは地べたに座り込んで「あんなこと言うつもりじゃなかったのに!」と頭を抱えていた。
エルザでさえ、聖女としての仮面が剥がれ落ちそうになり、杖を支えに必死に自分を守っている状態だ。
だが、このままでは王都の平和な休日が、取り返しのつかない暴露大会で終わってしまう。
「――水鏡の盾、発動!!」
俺は精神を研ぎ澄ませ、ミナモ村の聖獣から授かった新スキルを起動させた。
俺の目の前に、透き通った水の膜のような盾が展開される。
その表面は、ただの防御壁ではない。
聖獣の清らかな魔力の効果が、鏡から放たれる呪いの本音を浄化し、真実の形へと変換する鏡の盾となっていた。
ジジジッと、紫の波動が水の盾に接触し、激しい火花のような魔力の散乱が起きる。
「ぐっ、あつい!」
水の盾を通じて、仲間たちの、そして広場にいる人々の生々しい「感情」が俺の中に流れ込んできた。
誰かを妬む気持ち、隠していた弱音、伝えられなかった感謝、そして少しばかりの身勝手な欲望。
それは本来、人間なら誰もが持っている当たり前の感情だ。
それを無理やり引きずり出そうとする呪いの鏡に対し、俺は『鋼の意志』を併用して耐え抜いた。
見ろ、これが俺たちの心だ。
醜い部分もあるかもしれない。
でも、それだけじゃないはず。
俺は一歩、また一歩と、暴走する鏡に向かって歩を進めた。
水の盾が鏡の魔光を押し返し、広場を覆っていた紫の霧が少しずつ晴れていく。
「コウイチ、あんた、まさか鏡を跳ね返すつもり!?」
ライラが驚いて目を見開いた。
「ああ。本音を喋らせるのがこの鏡の力なら、俺の本音を全部ぶつけて、この鏡を満足させてやるよ!」
俺は水の盾を鏡面に密着させた。
その瞬間、盾を通じて俺自身の心の奥底が、広場全体に響き渡るような声として解き放たれた。
『俺は、この仲間たちが大好きだ』。
俺の脳裏に、これまでの旅の情景が走馬灯のように駆け巡った。
初めてシロと出会った時の温もり。
ライラが不器用ながらも俺を励ましてくれた時の風の匂い。
エルザが献身的に傷を癒やしてくれた時の柔らかな光。
フィンが一生懸命に知識を振り絞って道を切り開いてくれた時の熱意。
リズが徹夜で俺の剣を打ってくれた時、火花の中で見せた真剣な横顔。
『俺は強くない。一人じゃ北の四天王なんて名前を聞くだけで足がすくむ。でも、お前たちが隣にいてくれるから、俺は勇者でいられるんだ。ライラが笑ってくれるなら、リズが武器を打ってくれるなら、俺は何度でも立ち上がれる。俺にとって、お前たちはただの仲間じゃない。守るべき誇りなんだ』。
俺の正直な混じりけのない「本音」が、水の盾で増幅されて広場を満たした。
それは鏡が求めていた「醜い暴露」ではなく、絆という名の「純粋な真実」だった。
あまりの熱量に、呪いの鏡がパキリと小さな音を立ててひび割れた。
紫色の魔光が黄金色の光に塗り替えられていく。
呪いの波動は完全に浄化され、人々の心を縛っていた強制力は消え去った。
「成功したかな」
広場に元に戻る。
俺は水の盾を解き、肩で息をしながら、ひび割れてただの古びた鏡に戻った道具を見つめた。
やってしまった。
大胆に、あんな大声で。
冷静になると、自分の発言の気恥ずかしさが一気に押し寄せてきた。
顔から火が出るほど熱い。
俺は逃げ出したい衝動を抑え、恐る恐る仲間たちの方を振り返った。
「全く。あんたって人は、どこまでお人好しなのよ」
ライラが顔を背けながら、耳まで真っ赤にして言った。
「そんなこと、わざわざ広場で宣言しなくてもいいじゃない。でも、まぁ、悪くない気分ね。練習した料理、今度はもっと気合入れて作ってあげるわよ」
「ふん。あんたに誇りなんて言われたら、手抜きなんてできるわけないだろ。次の調整は、あんたの骨の髄まで馴染むように仕上げてやるよ」
リズも神槌も持ったまま、ぶっきらぼうに、でも優しく笑った。
「コウイチさん。あなたの本音は、どんな聖なる歌よりも清らかでした」
エルザがそっと俺の手に触れた。
彼女の瞳には、愛に満ちた涙が浮かんでいる。
「私も、たまにはお酒を飲んで甘えたいなんて言ってしまいましたが。それを受け止めてくれるのがあなたなら、少しだけ安心しました」
「あわわわ、コウイチさん! 僕の『逃げ出したい』って本音も、あなたの熱い言葉でどこかへ飛んでいきました! 僕、最後までついていきますから!」
フィンも眼鏡を拭きながら、力強く頷いた。
「わふん! わふんっ!」
シロが俺の足元をぐるぐると回り、誇らしげに胸を張っている。
プニも「プニプニ!」と弾んで、俺の頭の上に乗っかってきた。
広場の人々も、最初は気まずそうにしていたが、俺の言葉に当てられたのか、「まぁ、俺もお前のこと頼りにしてるよ」「実はお前の料理、本当は好きだぞ」といった温かい会話が交わされ始めていた。
呪いの鏡が引き起こしたパニックは、皮肉にも王都の人々の絆を再確認させる結果となったようだ。
「さて。フィン、その鏡はどうするんだ?」
俺が尋ねると、フィンはひび割れた鏡を慎重に布で包み直した。
「呪いは解けましたが、真実を映す資質は残っているようです。ギルドの資料として寄贈するか、厳重に封印しておきます。今日は、僕のせいで大変なことになってすみませんでした!」
「いいって。おかげで、みんなの本当の気持ちも聞けたしな」
俺はライラとリズを見てニヤリと笑うと、二人は同時に「うるさいわね!」と俺の背中を叩いた。
夕暮れ時の王都。
骨董品市の店じまいが始まる中、俺たちは夕食の買い出しをしながら宿屋へと向かった。
「コウイチ、さっきの『誇り』って言葉、もう一回言ってくれない?」
「断る。あれは鏡のせいだ」
「えー、ケチ! リズも聞きたいわよね?」
「私は別に。まぁ、一対一の時なら、聞いてあげなくもないけどさ」
そんな他愛もないやり取りをしながら歩く時間が、何よりも良かった。
これから想像を絶する困難が待ち受けているだろう。
だが、心に嘘偽りなく、絆を確信した今の俺たちなら、どんな吹雪さえも暖かな風に変えて進んでいけると思う。
俺は宿の扉を開けながら、もう一度だけ心の奥で、大切な仲間たちに感謝を思った。




