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朝食を終えたばかりの宿屋の食堂で、エルザが穏やかな微笑みを浮かべながらそう切り出した。
「コウイチさん、今日は少しだけ羽を伸ばしませんか? ずっと戦いと準備ばかりでは、心の剣が錆びてしまいます」
北の山脈への出発はまだ先として、俺たちは装備の確認をするつもりだったが、彼女の言うことも一理ある。
「休息、か。確かにリズの防具改修も終わったし、出発前に一度リラックスしておくのは悪くないかもな」
俺が同意すると、隣でパンを食べていたライラが、パッと顔を輝かせた。
「賛成! ずっと鉄の匂いと火花の熱に囲まれてたから、女の子らしい楽しみが欲しかったのよ。エルザ、どこか行きたいところがあるの?」
「はい。ちょうど今日、王都の中央広場で『歴史遺産・骨董品市』が開催されているんです。珍しい古道具や、ひょっとしたら掘り出し物の魔導具が見つかるかもしれませんよ」
「骨董市か。面白そうだな」
「もしかしてお宝があるかもです。古代の!」
「行こうよ」
「わふん!」
シロも賛成らしく、俺の膝にアゴを乗せて尻尾を左右に振っている。
こうして俺たちは、束の間の休日を楽しむべく、王都の賑わう中央広場へと移動する。
日本でも骨董市はあったが、この世界にもあるようだ。
掘り出し物とか探すのが好きな人が集まりそう。
広場には数え切れないほどの露店が並び、色あせたタペストリー、錆びついた剣、正体不明の奇妙な石像など、歴史を感じさせる品々が山積みにされている。
「わぁ、見てください! 魔法文明時代の初期に作られたと思われる、自動でページがめくれる魔導書ですよ!」
フィンが目を輝かせて、古びた本が並ぶ店へと吸い込まれていった。
「私はこっちの装飾品を見てくるわ。コウイチ、変なもの買って無駄遣いしちゃダメよ?」
ライラはエルザの手を引いてブローチが並ぶワゴンへと向かっていく。
「ふん。ガラクタばっかりだね。素材として使えるものがあるなら、少しは興味も湧くけどさ」
リズは不機嫌そうに鼻を鳴らしているが、その瞳は職人らしく、並べられた古いアイテム類を鋭くチェックしていた。
日本のと違いは、この世界独特のアイテムがある点だろう。
魔法や魔道具がある世界ならではの骨董市だな。
俺はシロとプニを連れて、のんびりと店の間を歩き回った。
「プニッ、プニプニッ!」
プニが店先に置かれたガラス玉に興味を示し、プルプルと震えている。
のどかな時間だな。
刺客との死闘や、あの灼熱のサウナ騒動が嘘のように、穏やかな時間が流れている。
ふと見ると、フィンの姿がどこにもないことに気づいた。
あいつ、また珍しい魔導具に夢中になって迷子になったか。
俺が『空間把握』を広げると、広場の隅にある、一際古びたテントの奥にフィンの魔力反応を見つけた。
「あわわわ、これは! 伝承に名高い『真実の姿を映す銀鏡』ではありませんか!?」
テントの中へ足を踏み入れると、フィンが顔を真っ赤にして、布に包まれた大きな鏡を抱えていた。
鏡だよな。
普通の鏡と違うのか。
「フィン、落ち着け。そんなボロそうな鏡が、そんなに凄いものなのか?」
「凄いなんてもんじゃありません! 古文書によれば、この鏡の前に立つ者は嘘を吐けず、魂の底にある本音を露わにすると言われているんです。失われた古代の鑑定具ですよ!」
店主の老人が、怪しげな笑みを浮かべて頷いた。
「お目が高い。それはつい先日、北の湿地帯にある古い神殿から掘り出されたばかりの代物でね。訳あって格安で譲ってあげよう」
「買います! 私、これを使って四天王の弱点を解析してみせます!」
フィンは俺が止める間もなく、小遣いをはたいてその鏡を購入してしまった。
「嫌な予感がするな」
広場を散策し終えたライラたちが合流してきた。
「何よフィン、そんな大きな鏡抱えちゃって。自分のお顔でも毎日チェックするつもり?」
ライラが茶化すように、フィンの抱える鏡を包んでいた布を、ひょいと取った。
「あっ、ダメですライラさん! まだ調整が!」
フィンは叫んだが、曇り一つない銀の鏡面が、王都の午後の光を真正面から浴びた。
その瞬間、鏡の表面から不気味な紫色の魔力波が、波紋のようにブワリと広がった。
キィィィィィィィン。
なんだこの光は?
魔力を感じた。
頭の奥を直接掻き回されるような、不快な高音が響き渡る。
「鏡が?」
「えっ? 何これ、鏡から変な煙が」
ライラが鏡を覗き込んだ瞬間、彼女の瞳が少しだけ変化した。
「ああああ、大変です!」
「フィン、何が大変か説明して」
「鏡の縁に刻まれた古代文字が赤く発光して、周囲に「本音を強制する波動」を撒き散らし始めたのですよ」
「意味がわからない」
「もっとわかるように説明してくれ」
フィンの説明が難しいからわからない。
するとライラの様子がおかしい。
「ふふ、あははは! 何よもう、隠しておくのも疲れちゃった!」
ライラがいきなり頬を染めて、俺の方を指差した。
「コウイチ! あんた、鈍感すぎるのよ! 私がわざわざ魔物の肉を獲ってくるのが、ただの狩猟本能だと思ってるわけ!? 実はあんたが『美味しい』って言う時の顔が見たいだけで、夜な夜な料理の練習だってしてるんだから! 本当はね、あんたのこと」
「これはライラが呪いで言わされています!」
「待て、ライラ! 鏡の呪いだ、口を閉じろ!」
呪いになったらしい。
俺が慌ててライラを止めようとするが、呪いの波動は止まらない。
「はぁ、全く。みんな揃って馬鹿ばっかりだね」
「バカですって!」
「リズ、言い過ぎだ!」
今度はリズが、腕を組んだまま毒を吐き始めた。
「特にコウイチ、あんた。伝説の職人である私を、ただの修理屋扱いしてさ。私はね、あんたの剣を打ってる時が一番幸せなんだよ! あんたに認められたくて、わざと不愛想にしてるの、気づきなさいよ!!」
「リズまで!? 嘘だろ、毒舌のキレがいつもの三倍増しだ!」
リズは自分の口を両手で押さえているが、指の隙間から本音がボロボロと漏れ出している。
「あわわわ、止められませんー! 鏡の魔力回路が暴走して、広場全体を巻き込もうとしています!」
フィンが鏡を地面に置いて逃げ出そうとするが、フィンの足もまた、鏡の魔力に縛り付けられていた。
「本当は私、古文書を読むより、美味しいお菓子を食べて一日中寝ていたいんですー! 勇者様の冒険なんて、怖くて今すぐ逃げ出したいですよー!」
フィンが号泣しながら、普段は決して口にしない弱音をぶちまけ始めた。
「皆様、落ち着いてください。これは単なる精神干渉です」
エルザが冷静に杖を構えるが、彼女の耳も僅かに赤くなっている。
「まさかエルザも?」
「私も、聖女として振る舞うのは、本当はとても窮屈で、たまにはお酒を浴びるほど飲んで、誰かに甘えたいと」
「エルザさんまで! 全員本音がダダ漏れじゃないか!」
広場にいた市民たちも、鏡の波動に触れて、あちこちで「実はあなたの奥さんの手料理、不味いと思ってたのよ!」とか「隣の家の犬の方が可愛い!」といった暴露大会が始まり、パニックが広がりつつあった。
このままでは、王都の人間関係が崩壊してしまう。
そして何より、仲間たちの「絶対に言ってはいけない本音」まで飛び出しそうで、俺の心臓はバクバクと高鳴っていた。
「幸運なことに俺は鏡をみていなかった」
「わふぅぅぅ」
シロも鏡の影響を受けて、情けない声で鳴きながら、俺の足にしがみついている。
俺はどうなんだ?
もし俺があの鏡を直視したら、何を口走ってしまうんだ?
心に溜め込んだ暗い感情や、仲間たちへの本当の想い。
それが暴発する恐怖に、俺は足が震えた。
だが、逃げるわけにはいかない。
俺は一歩、暴走する「本音の鏡」の前へと踏み出した。
「フィン、その鏡を俺の方に向けろ!」
「無茶ですよコウイチさん! 直視したら、あなたのプライバシーが全滅します!」
「いいからやれ! 俺には新しく手に入れた『盾』があるんだ!」
俺は腰の『絆雷』の柄に手をかけた。
ミナモ村の聖獣から受け継いだ、真実を見通し、跳ね返す力。
これなら、呪いの本音さえも、正しく受け止められるはずだ。
俺は紫色の魔光を放つ鏡面を真っ向から見た。




