第8話
俺たちは魔物の大群を追い払った。
街のピンチを救ったんだ。
門の前では多くの冒険者たちが集まって騒いでいる。
みんなが驚いたような顔で俺のことを見ているな。
「すげえぞ!」
「今の魔法は何だ!」
「あいつ一体何者だよ!」
そんな声があちこちから聞こえてくる。
俺は少し恥ずかしくなって、顔が熱くなるのを感じた。
ブラック企業のときは評価されるどころか、存在を否定されるような毎日だったからな。
こんな風に誰かに褒められるなんて、これまでの人生では無かったことだよな。
「コウイチ、顔が真っ赤だよ。ゆでダコみたい」
ライラが隣でニヤニヤしながら、俺の顔を覗き込んできた。
「うるさいな。こういうの、慣れてないんだよ」
照れ隠しっぽく言い返す。
「でも、コウイチさんは本当に街のヒーローですよ!」
エルザが興奮した様子で、杖を握り直しながら言う。
エルザもさっきの戦いで、自分の魔力が役に立ったのが嬉しいみたいだ。
あんなに臆病だったエルザが、今はとてもいい顔をしているのは嬉しい。
俺たちの絆は、この戦いを通じてさらに深まった気がする。
「とにかく、まずは治癒院に行こう。シロが待っている」
俺は周囲の視線から逃げるように、そう提案した。
ずっと気になっていたことがあった。
罠から助け出した、シルバーウルフの幼体のシロ。
怪我の状態も心配だし、一人で待たせているのが心苦しい。
「そうね。シロも寂しがっている頃だわ。すぐに行きましょう」
ライラが俺の気持ちを察して、明るく頷いた。俺も早く会いたいな。
治療院へ到着。扉を開けると、奥の方から元気な鳴き声が響いた。
「クゥン! クゥン! ガウッ!」
白い小さな毛玉が、弾丸のような勢いでこちらへ走ってくる。
「シロ!」
シロは俺の足元に猛スピードで飛びついた。
立ち上がって俺の膝に前足をかけ、顔をペロペロと舐め回してくる。
「わかった、わかったから痛いって、シロ」
笑いながら、シロを抱き上げた。
右足の包帯はまだ巻かれているけど、足取りはすごくしっかりしている。
シロのモフモフした、絹のような毛並みの感触はいい。
抱っこすると伝わってくる。温かいな。
これが、戦いで張り詰めていた俺の心には、一番の癒やしだよな。
「元気そうだな、シロ。寂しかったか?」
鼻先をツンと突くと、シロは嬉しそうに尻尾をブンブンと振った。
その様子を見て、治癒師のおばあさんが奥からゆっくり歩いてきて笑った。
「その子は君がいない間、ずっと門の方を向いて耳を立てていたよ」
「俺たちのことを待っていてくれたんだな」
シロの耳の後ろを優しく撫でた。
確かな絆がそこにあるのを肌で感じることができる。
言葉がなくても、シロが俺を信頼してくれているのが伝わってくるな。
「さあ、シロも一緒に連れていこう。もう離さないよ」
俺がそう言うと、シロは満足そうに俺の腕の中で丸くなった。
「やっぱりシロはコウイチにベタ惚れね」
ライラが呆れたように、でも優しく笑って言った。
「私も、シロちゃんに負けないくらいコウイチさんを信頼してますけど」
エルザがなぜか対抗心を燃やして、ぐいっと距離を詰めてくる。
なんだか賑やかになってきたな。
前世の孤独な生活が、まるで遠い昔の夢のように思えた。
ライラとエルザにもモフモフされる。
こうしてシロもパーティーに復帰し、一緒に行動するとなった。
俺たちは再び冒険者ギルドへと足を運んだ。
扉を開けた瞬間、ギルド内の喧騒がピタッと止まった。
さっき門のところにいた冒険者たちも戻ってきているらしい。
何十人もの視線が、一斉に俺に突き刺さる。
何かみんなが俺を見てくるような。
今までにない感じなんだけど。
「おい、見ろよ。あの炎の剣の少年だぜ」
「あんな化け物みたいな威力、見たことねえぞ」
「隣の獣人と魔法使いも、相当な手練れらしいな」
あちこちからヒソヒソとされる。
驚きと感心の混じった声が漏れてくる。
ギルド職員の女性が、慌てた様子で受付から駆け寄ってきた。
「コウイチ様! 皆様! お待ちしておりました!」
さっきまでの一般冒険者への対応とは、明らかに態度が違う。
様付けで呼ばれたな。
猛烈に居心地悪いよな。
「ギルドマスターが緊急でお呼びです。どうか、奥の応接室へ」
えっ、ギルドマスターだと?
ライラを見ると、困惑しているっぽい。
彼女に案内されたのは、ギルドの二階にある重厚な木の扉の部屋だった。
中に入ると、大きな机の向こうにガッシリした体格の男が座っていた。
顔に大きな傷跡があるな。
歴戦の猛者といった雰囲気が漂っている。
彼がこの街の冒険者ギルドを束ねるマスターらしい。強そうだな。大丈夫かな。
「よく来た。座ってくれ。この街を救った若き英雄たちよ」
マスターは立ち上がる。
椅子を勧めてから豪快に笑った。
良かった、いい人みたいだな。
「俺はコウイチです。こっちはライラとエルザ。それからプニとシロです」
緊張しながらも、大切な仲間たちを一人ずつ紹介した。
「報告は既に受けている。あの絶望的な魔物の群れを一撃で吹き飛ばしたとな」
「一人でやったわけじゃありません。仲間の力があったからできたことです」
真っ直ぐにマスターの目を見て答えた。
エルザの莫大な魔力と、ライラの的確な指示、そしてプニのサポート。
どれか一つでも欠けていたら、あの一撃は出せなかった。
マスターは俺の言葉を聞いて、満足そうに深く頷いた。
「自分の力を誇示せず、仲間を立てるか。気に入ったぞ」
マスターはそう言うと、机の上にピカピカに磨かれた銀色のプレートを置いた。
それって、まさか?
「お前たち三人を、本日付でBランク冒険者に昇格させることにした」
「ええっ!? いきなりBランクですか!?」
俺とエルザは、思わず椅子から立ち上がって叫んでしまった。
嘘だろ。Dランクから二階級特進なんて、普通はありえない。
それくらいは漫画とかで異世界の知識はある。
この世界で生まれたライラはもっと驚きの顔だな。
「これは特別措置じゃない。街を一つ救ったんだ、それだけの価値がある」
俺は手渡されたプレートを震える手で受け取った。
ブラック企業では、身を粉にして働いてもボーナスすらカットされた。
でも、この世界では、正しい努力が正当に評価される。
「やったじゃない、コウイチ。これで私たちの名前も売れるわよ!」
ライラが嬉しそうに俺の背中をバシバシと叩いた。
「ライラ、力加減してくれ。俺の背中が壊れるだろ」
苦笑いしながらも、こみ上げてくる嬉しさがある。
ギルドでの手続きを終えて外に出る。
ライラに本心を打ち明けた。
「ライラ。俺、この世界のことをもっと詳しく知りたいんだ」
「どうしたの、急に改まって。この街に不満でもある?」
「いや、そうじゃない。俺のスキルのことや、なぜ俺がここに転生したのかをさ」
俺はこの世界に来た意味が知りたかった。
ただ毎日を生きるだけでなく、この『絆結び』という力の正体を知りたい。
「たしかに、あなたのスキルは謎だらけよね。他の誰とも違うし」
ライラは腕を組んで、真剣な顔で考え込んでくれる。
「それなら、王都に行くのが一番の近道だと思うわよ」
「王都か。そこには詳しい人がいるのか?」
「この国で一番大きな図書館があるし、偉大な魔法の賢者様も住んでいるわ」
王都。この世界の中心地なら、俺の転生にまつわるヒントがあるかもしれない。
転生してきて、気になっていたからな。
「エルザはどうしたい? 急に旅に出ることになっちゃうけど」
不安そうに俺たちの顔色を伺っていたエルザに問いかけてみた。
エルザにもちゃんと確認しておきたいしな。
「私はコウイチさんが行くところなら、どこへでもついていきます!」
エルザは、迷いのない真っ直ぐに答えてくれた。
「私も、自分のこの魔力が何なのか、もっとちゃんと向き合いたいですから」
足元のシロが、俺の言葉に賛成するように「ワンッ!」と元気よく鳴いた。
胸ポケットのプニも、共鳴するようにプルプルと激しく震えている。
俺は確信した。一人では無理でも、この仲間たちとならどこまでだって行ける。
新しい場所へ行けば、また新しい出会いがあるはずだ。
そして出会いの数だけ、俺は絆を結び、強くなれる。
「よし、決まりだ。明日、この街を出て王都を目指そう」
力強く宣言してみる。
狭いオフィスでパソコンとにらめっこしていた日々が、遠い過去のように感じる。
今は、自分の足で自分の未来を切り拓いている実感があるな。
魔物は怖いけど、充実感があるな。
「王都までの道のりは険しいわよ。魔物も強いし、時間もかかるわ」
ライラが少し意地悪そうに笑いながら言った。
「望むところだ。今の俺には、世界一頼りになる仲間がいるんだから」
「それに、俺の『俊足』があれば、どんな長旅だって平気さ」
「俊足はコウイチだけでしょ」
「私も使えませんけど」
夕焼けに染まる街並みだった。
笑いながら歩き続けた。
全く新しい冒険への期待でいっぱいかな。
王都に行く前に、宿に宿泊しておく。
ゆっくり休もう。スキルを使い魔力を大量に消費したからか、疲れたからな。
翌朝、俺たちが街の門に辿り着く。
そこには人だかりができていた。
なんだあれ?
皆さん何をしているのかな?
「おい、見ろよ! 英雄様たちの出発だぞ!」
「コウイチさん、ありがとう! また遊びに来てね!」
「ライラちゃん、エルザちゃん、気をつけてな!」
街の人たちが、わざわざ俺たちの見送りに集まってくれていたんだ。
「なぜ私らが出発するの皆さん知っているのかな?」
「たぶんだけど、俺が宿に宿泊した時に店主に話したからかな」
「コウイチが余計なことを話したから、広まったのか。原因はコウイチだったか」
「まあ、いいじゃないか。見送られるのも悪くないさ」
宿の店主に話したら、まさかこんなことになるとは予想もしなかった。
俺は照れくさくてなった。
何度も何度も大きく手を振り返した。
誰かに必要とされ、感謝される。
そんな当たり前のことが、これほどまでに心を熱くさせるなんて。
「コウイチ、いつまで手を振ってるの。先を急ぐわよ!」
「ああ、今行くよ。待ってくれ!」
俺は軽快な足取りで、ライラたちの後を追いかけて走り出した。
王都へ行けば、きっと新しい絆が待っている。
まだ見ぬ仲間、まだ見ぬスキル。
誰かと心を通わせる。
自分でも想像もできないスキルが獲得できる。
この世界に転生して、本当に良かったと心から思えたかな。
「よし、行くぞ、みんな次の目的地は王都だ!」
俺の力強い掛け声に、最高の仲間たちが笑顔で応えた。
シロは俺の先を行くように元気よく駆け出した。銀色の毛をモフモフさせているな。
王都は遠い。俺たちの新しい冒険は、ここからさらに加速していきそうだな。




