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翌朝、俺たちはフィンのサウナのことをギルド長のマリアンヌに報告しようとなった。
とても素晴らしいし、自分たちだけで独占するのは、もったいないから。
俺は商売に関しては全くの素人であるから、マリアンヌに相談した。
冒険者ギルドのカウンター越しに、マリアンヌさんは呆れたような、それでいて商売人の鋭い光を宿して俺たちを見た。
「つまり、普通の温泉じゃなくて、魔法陣が暴走した結果、とんでもない熱気と魔力活性化の空間が生まれたってわけかい?」
「そうなんです」
俺は苦笑いしながら、昨夜の命がけのサウナ騒動と、そこで手に入れた『極熱の雫』について説明した。
「あわわ、最初は死ぬかと思いましたけど、調整さえできれば最高のリフレッシュ施設になるんです!」
フィンが興奮気味に、昨夜書き留めた「安全な運用マニュアル」をマリアンヌさんに差し出した。
「私たちだけで独占するよりも、街の人に利用してもらいたい」
「ふぅん。面白いじゃないか。ちょうど最近、王都の冒険者たちも北の脅威に怯えて肩が凝ってるってこぼしてたんだ。リズ、あんたの技術でその魔法陣、恒久的に管理できるかい?」
「私の槌をそんなことに使うのは。まあ、あの地熱の制御は私にしかできないだろうね」
リズが腕を組んで答えると、マリアンヌさんはガハハと豪快に笑った。
「よし、決まりだ! 今から私がその『魔法サウナ』の第一号客になってやろうじゃないか。もし本当に効くなら、街の公式事業として営業許可を回してやるよ」
「お願いします」
数時間後、王都の地下遺構は、マリアンヌさんの呼びかけによって集まった「お試し客」たちで賑わっていた。
「おいおい、本当に大丈夫なのかよ、コウイチ」
不安げにタオルを首にかけて現れたのは、『白銀の翼』の団長フォルダムさんだった。
彼はいつもの重厚な鎧を脱ぎ、ラフな服装をしているが、その顔には歴戦の疲労が色濃く残っている。
「保証しますよ。魔力循環も良くなりますから」
俺が案内すると、その後ろから豪華な馬車で乗り付けてきたエドワード伯爵と、その愛娘のセシリア令嬢がやってきた。
「ふむ、平民と同じ湯に入るのは抵抗があるが。マリアンヌ殿がそこまで言うなら、この老体の冷え性を治せるか試させてもらおう」
「お父様、わたくしは美容に良いと聞いて楽しみにしておりますわ」
セシリア令嬢は優雅に微笑んでいるが、ここがかつて蒸し焼き地獄だったとは夢にも思っていないだろう。
そこは黙っておこう。
さらに、学院の剣術部主将であるクラリスも、部下を引き連れて現れた。
「コウイチ殿、ライラ殿! 稽古で痛めた筋肉がほぐれると聞き、参上いたしました!」
「いいわよクラリス、中でじっくり熱さと戦ってみなさい!」
ライラが面白そうに背中を叩き、いよいよ『王都公式・魔法サウナ』のプレオープンが始まった。
なんだか、面白くなってきたな。
俺とフォルダムさん、エドワード伯爵は男湯エリアへ。
「ぬうっ! なんだこの熱気は! まるで火竜の吐息の中にいるようだぞ!」
サウナ室に入った瞬間、フォルダムさんが声を上げた。
「フォルダム殿、これこそが古代の叡智。おお、汗と共に体の中の毒素が抜けていく気がする!」
エドワード伯爵は、最初は顔を真っ赤にしていたが、数分もすると「ふぅーっ」と深く長い息を吐き出し、ベンチに深く腰掛けた。
俺はリズから受け継いだ『熱感知』で、室内の温度を絶妙に管理し、フィンが魔力循環を一定に保つ。
「コウイチ。これは、いい。騎士団の激務で強張っていた筋肉が、芯から解けていく」
フォルダムさんが目を閉じ、恍惚とした表情を浮かべた。
一方、壁の向こうの女湯エリアからも、賑やかな声が漏れてくる。
「マリアンヌさん、肌がツヤツヤになってきましたわ!」
「おほほ、セシリア様、これが魔法サウナの力ですよ。見てください、私の肩こりもどこかへ消えちまったよ!」
「クラリス、あんた体格いいわね! 剣術部の特訓、相当厳しいんじゃない?」
「ライラ殿にそう言っていただけると光栄です! おお、この蒸気、魔力が肌から浸透してくるようです!」
満喫しているだな。
一通りサウナを堪能した客たちは、リズが急造した「氷鋼蟹の冷気」を応用した水風呂へと飛び込んだ。
「うおぉぉっ! 冷たい! だが、これがたまらん!!」
フォルダムさんの声が地下に響く。
エドワード伯爵に至っては、「整った。これが『整う』という感覚か」と、椅子に座って虚空を見つめ、悟りを開いたような顔をしていた。
えっ、整う?
それって日本人だけのことかと思ったが。
サウナから上がってきた一行は、皆、見違えるほど血色が良く、瞳には活力が溢れていた。
「コウイチ殿! これは素晴らしい! 我が騎士団の福利厚生として正式に契約したい!」
フォルダムさんが俺の手を強く握りしめた。
「わたくしも、学院の友人たちに広めますわ。これは王都の新しい名所になりますわね」
セシリア令嬢も頬をピンク色に染めて絶賛してくれた。
「ガハハ! 見たかい、コウイチ。これこそが商売だよ!」
マリアンヌさんが、既に計算書を弾きながら笑っている。
「今日からここは『絆の湯・灼熱サウナ』として営業開始だ。リズ、あんたには技術顧問として報酬をたっぷり払うよ。フィンも運営魔導師として採用だ!」
「あわわわ、就職しちゃいましたー!」
「ふん。まあ、あんなに喜んでるなら、たまには鋼以外を叩くのも悪くないね」
リズは照れくさそうに顔を逸らしたが、彼女が調整した熱が、確実に人々の笑顔を作っていた。
その後、魔法サウナの噂は瞬く間に王都中に広まった。
連日、冒険者や貴族、果ては一般の市民までが行列を作り、地下遺構は王都で最も熱いスポットとなった。
予想以上の盛況ぶりだな。
サウナ上がりの人々は、マリアンヌさんの酒場で冷えたエールと氷鋼蟹の料理を楽しみ、王都の景気はカース襲来前よりも良くなったほどだ。
「コウイチさん。私たちが守った街が、こんなに明るくなるなんて、本当に素敵ですね」
エルザが、湯上がりの人々が楽しそうに歩く大通りを見つめながら言った。
「ああ。戦うだけが冒険じゃないんだな」
俺は、隣でぐっすりと眠るシロの頭を撫でた。
シロもサウナの熱気で毛並みがフカフカになり、良い匂いがしている。
四天王との戦いはこれからだ。
でも、こうして街の人々に活力を与え、自分たちも「整う」ことができたなら、どんな極寒の山脈だって越えていける気がする。
俺は、腰の『絆雷』に触れて思った。




