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「ぐっ、あつい!」
喉を焼くような熱気に、俺は思わず膝をつきそうになった。
視界は完全に真っ白な蒸気に包まれ、仲間の姿さえ満足に見えない。
だが、リズから継承した『熱感知』が、この地獄のような熱の流れの中に、明確な「核」を映し出していた。
「フィン、そこから動くな! ライラ、風の道を維持してくれ!」
俺の声が、高圧の蒸気が噴き出す音にかき消されそうになる。
「やってるわよ! でも、このままだと私が先に干からびちゃうわ!」
ライラの悲鳴のような声が聞こえる。
彼女が懸命に双剣を振るい、熱気を左右に割ってくれているおかげで、辛うじて呼吸ができるスペースが確保されていた。
頑張ってくれライラ。
俺はみんなからの意志をさらに深く、精神の奥底まで込めた。
リズがあの酷熱の鍛冶場で、何時間も鋼と向き合い続けることができた理由。
それは、外の熱にあがらうのではなく、自らも熱の一部となり、その流れを制御する覚悟があるからだと考える。
見える。
魔法陣の北東、あのひび割れた魔石の奥で、地熱の制御術式が暴走して火花を散らしているのが。
俺は『絆雷』を逆手に持ち、ライラが作った真空の道へと飛び込んだ。
一歩踏み出すごとに、肌を焼く熱痛が走る。
寒い雪山もきつかったけど、熱すぎるのも地獄だな。
俺の意識は不思議なほどに冷めていた。
「シロ、ついて来られるか!」
「わふんっ!!」
シロは熱さに耐えながらも、俺の足元を離れなかった。
シロが放つ絆の力が、俺を包む結界を補強してくれるのを感じる。
シロ、助かる。
俺は暴走する魔石の台座に辿り着いた。
そこからは、もはや蒸気ではなく、プラズマに近い高密度の熱エネルギーが噴き出していた。
「あわわわ、コウイチさん、そのままじゃ危険です! その魔石を直接壊すと、大爆発が起きますー!」
フィンの叫び声が聞こえる。
「壊すんじゃない! 『素材共鳴』で、この魔石の波長を無理やり正常に戻すんだ!」
俺は『絆雷』の剣先を、激しく明滅する魔石へと突き立てた。
キンッ、という高い音が室内に響き渡る。
俺は『素材共鳴』を全開にし、リズから学んだ鋼の振動を、剣を通じて魔石へと送り込んだ。
静まれ。
荒ぶる熱よ、元の脈の流れに戻れ。
剣から伝わってくる衝撃は凄まじかった。
まるで狂う獣の心臓を素手で押さえつけているような感覚だ。
「リズ! お前の力を貸してくれ!」
「言われなくても、もう繋いでるよ! 根性見せな、コウイチ!!」
背後でリズが叫び、俺の背中に手を当てた。
彼女から、凄まじい密度の「制御」の魔力が俺へと流れ込んでくる。
リズの魔力が俺を通り抜け、剣を媒介にして魔石へと叩きつけられた。
その瞬間、真っ赤に染まっていた魔法陣が、純白の光を放った。
キィィィィィィィン。
耳鳴りのような高音が続く。
次の瞬間、爆発的な勢いで噴き出していた熱気が、スゥーッと地下へと吸い込まれていく。
「どうだ、フィン?」
「設定温度、正常化。魔法陣、安定モードに移行します」
フィンの弱々しい声と共に、閉ざされていた石扉がガラガラと開いた。
「扉が開いたわ!」
「助かった!」
室内の温度が急激に下がり、適切な、心地よい温かさの蒸気がふんわりと部屋を満たしていく。
「はぁ。死ぬかと思ったわよ」
ライラがその場に座り込み、ぐったりと壁に背を預けた。
「皆さん、ご無事ですか?」
「ありがとうエルザ」
「私にもお願い」
「はいリズ」
エルザがふらふらしながらも、俺たちの元へ歩み寄り、治癒の魔法をかけてくれる。
俺は汗だくになりながら、機能を正常に取り戻した魔法陣を見下ろした。
そこからは、当初フィンが言っていたような、魔力の粒子がキラキラと舞うお湯が、中央の浴槽へとこんこんと注ぎ込まれていた。
「あ、見てください! 魔法陣の底に、何かあります!」
フィンが指差した先。
熱暴走によって偶然にも地熱エネルギーが、魔法陣の中央で小さな結晶をなっていた。
「結晶があります」
「こりゃあ、『極熱の雫』だね」
「極熱の雫?」
リズがその赤い小石のような結晶を拾い上げ、不思議そうな顔で眺めた。
「古代のサウナの熱を無理やり凝縮させた結果、最高の熱のアイテムが生まれたってわけか。これがあれば、北の氷原でどんなに冷えても、一瞬で武具を温め直せるよ」
リズはそれを俺に手渡すと、少しだけニヤリと笑った。
便利なアイテムを発見した。
今後に活躍してくれそうだ。
「さて、トラブルは解決したし。今度こそ、本当の『神の湯』を堪能しようじゃないか」
俺の提案に、みんなが大きく頷いた。
俺とシロは男湯へ、ライラ、エルザ、フィン、リズは女湯へと向かった。
「ふぅぅぅぅぅぅぅ。極楽だ」
お湯に浸かった瞬間、体の中に溜まっていた冷気と疲れが、溶け出すように消えていく。
魔力が活性化されるという言葉通り、指先まで力がみなぎってくるのが分かった。
「わふぅぅ」
シロも湯船の縁で顎を乗せ、完全にリラックスしてとろけている。
「プニは大丈夫だったか」
スライムだって、あの温度では厳しいものがあっただろう。
お湯に浮かんでいる。
壁の向こう側からは、女子たちの賑やかな話し声が聞こえてくる。
「ちょっとライラ、お湯をかけないでよ!」
「いいじゃない、リズだって顔が真っ赤で可愛いわよ?」
「あわわわ、リズさんの筋肉、やっぱり鍛冶屋さんだけあって凄いですー!」
「フィンさん、あまりジロジロ見ては失礼ですよ。でも、確かに美しいですね」
そんな他愛もない会話を聞いていると、さっきまでの死闘が嘘のように思えてくる。
俺たちは戦いの中にいるけれど、こうして仲間と過ごす穏やかな時間こそが、明日への一番の武器になるんだ。
一時間後、脱衣所で合流した俺たちは、全員が見違えるほどツヤツヤした顔をしていた。
「あー、生き返った! これでまた、北の山脈攻略に向けて特訓できるわね!」
ライラが元気に背伸びをする。
「リズさん、今回手に入ったアイテムがあれば、防具の強化もさらに進むのではありませんか?」
エルザの問いに、リズは自信たっぷりに神槌を担ぎ直した。
「当たり前だろ。これがあれば、氷の女王の冷気なんて、ただの涼風に変えてやるよ。コウイチ、あんたの剣も、もう一段階上の調整が必要になりそうだね」
「ああ。頼むよ、リズ」
俺たちは湯冷めしないように、夜の王都を歩いた。
フィンのうっかりから始まったサウナ騒動だったが、結果として俺たちは新しい力を手に入れ、心の距離もさらに縮まった気がする。
「次はもっと、安全な魔法陣を選んでくださいね、フィンさん」
「うう、そうしますー」
反省するフィンをみんなでからかいながら、俺たちは宿屋へと戻った。
北の四天王への道のりは、まだ少し先だ。
だが、今の俺たちなら、どんな吹雪だって笑い飛ばして進んでいける。




