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俺たちは王都から北の山に移動するとなった。
理由は四天王が北の山の方角にいるとなったのがある。
そしてギルド長のマリアンヌと相談して、北の山で四天王の情報を集めることにしたのだ。
「はぁ。さすがに、この寒さは堪えるな」
俺は、防寒具の襟を立てながら、真っ白な息を吐き出した。
王都を出発して数日。北へと進むにつれて、景色は緑が減った。
今はどこを見渡しても鋭い氷柱と深い雪に覆われている。
足元ではシロが、寒さを紛らわせるように時折雪を跳ね上げながら、先頭を歩いている。
「わふんっ!」
シロが短く吠えた。その鼻先には、小さな氷の粒がいくつも着いている。
「みんな、北の山に来たのは、四天王の情報を集めるためだ」
「私らは何も知れない。このまま四天王と対戦しても負けは確実です」
「慌てて行くよりも、先ずは情報を集める」
「見てください。あちらの岩陰なら、少しは風を凌げそうです」
エルザが指差した先には、切り立った氷の崖が出ていた。
俺たちは沈黙のまま、のっそりとその岩陰へと辿り着いた。
「もう限界。私、指の感覚がなくなってきたわ」
ライラが双剣を鞘に納め、かじかんだ手に息を吹きかける。
「あわわわ、予備の魔石も凍りついて、発熱魔法の効率が落ちてますー!」
フィンがリュックを抱え、小刻みに震えながら叫んだ。
確かに寒いな。
俺は日本の冬は苦手だった。
この山も寒いぞ。
俺は『空間把握』を広げ、周囲に魔物の気配がないことを確認した。
幸いなことに、猛吹雪のせいで獲物を探す魔物たちも、どこかに身を潜めているらしい。
だが、今の俺たちにとって、魔物よりも深刻な問題が一つあった。
それは、圧倒的な「空腹」だ。
極寒の地での移動は、想像以上に体力を消耗する。
用意していた干し肉や保存食は、すでに底を突きかけていた。
「お腹、空いたわね。エルザ、何か聖なる力で食べ物とか出せない?」
「ライラさん、私は神官であって創造主ではありません。お祈りでお腹は膨らまないんです」
エルザが困ったように言う。
「シロ、何か食べられそうなものの匂いはしないか?」
俺が尋ねると、シロは鼻をヒクつかせた。
すぐに悲しそうに首を横に振った。
雪の匂いしかしないということだろう。
その時だった。
道中、ずっと不機嫌そうに黙っていたリズが、ふいと顔を上げた。
彼女は雪の上にどっかと座り込み、背負っていた巨大な神槌を地面に置いた。
「あんたたち、情けないね。こんなところで飢え死にするつもり?」
「リズさん、そうは言っても、この雪原には動植物なんて一匹も」
フィンが弁解しようとしたが、リズはそれを手で制した。
「知らないのかい? この『凍てつく断崖』の下には、世界で一番硬くて、世界で一番美味い宝石が眠ってるんだよ」
「宝石? 食べられる宝石があるの?」
ライラが食いついた。
宝石?
食べられるの?
「『アイアン・スノー・クラブ』。通称、氷鋼蟹だよ」
「カニ!」
「こんな寒いところにカニがいると?」
リズは不敵に笑い、俺たちの足元にある厚い氷の層を指差した。
「そいつの殻は鋼鉄よりも硬く、並の剣じゃ傷一つ付かない。おまけに極低温の魔力を蓄えてるから、火魔法で焼こうとしても一瞬で火は消える。だから、誰も獲ろうとしないのさ」
「アイアン・スノー・クラブ。聞いたことがあります! 幻の食材として、古文書に名前だけが載っていました」
フィンが目を丸くして身を乗り出した。
「でも、そんな硬い殻をどうやって食べるんですか?」
「決まってるだろ。私のハンマーで叩き割るんだよ」
リズがニヤリと笑い、神槌の柄を握りしめた。
ハンマーでか。
なるほど、それなら割れそうだ。
「あんたたち、運が良いよ。私が同行してなきゃ、一生お目にかかれない代物だ」
リズは立ち上がると、俺の方を向いた。
「コウイチ、あんたの『熱感知』を使いな。この氷の下、周囲よりもわずかに『熱』が高い場所があるはずだ。そこが蟹の巣だよ」
「分かった。やってみる」
俺は全神経を集中させ、リズから継承したスキル『熱感知』を発動した。
視界が青白く反転し、熱源が色となって浮かび上がる。
雪原はどこまでも冷たく暗く沈んでいる。
崖の直下、数十メートル深い氷の層の奥に、ポツポツとオレンジ色の光が見えた。
これか!
カニの反応っぽいぞ。
「あったぞ。崖の下、厚さ三メートルの氷の層の裏側に、動く熱源がいくつかある」
「よし。位置は分かった。ライラ、あんたの風で、その場所の雪を吹き飛ばしな。エルザは氷にヒビを入れる準備。フィン、あんたは蟹が逃げないように結界を張る!」
リズがテキパキと指示を出す。
「ちょっと、何であんたが仕切ってるのよ。まあいいわ、お腹が膨れるなら従うわよ!」
ライラが双剣を抜き、烈風を巻き起こした。
雪が舞い上がる。
透き通った氷の地面が露出する。
「聖なる光よ、氷を解かせ!」
エルザの光の魔法が氷の表面に幾筋ものヒビを入れた。
「いきますよー! 空間遮断・小規模結界!」
フィンが魔導書を広げ、逃げ道を消すかのように光の壁を作る。
「最後は私の番だね。どきなよ!」
リズが空高く跳躍した。
その小さな体からは想像もできないほどの重圧が、神槌に宿る。
「砕けろ! 万物破砕の槌!!」
カツゥゥゥゥーン!!
空を裂くような高い金属音が響き、厚い氷の層がクモの巣状に砕け散った。
舞い上がる氷の中から、光沢を放つ銀色の脚が次々と姿を現す。
「出たぞ!」
「カニです!」
大きさは一メートルを超えるだろうか。
全身を白銀の甲殻に包まれている。
巨大な蟹たちが出てきた。
「わふんっ!」
シロが前に出る。
「逃がさないわよ! 剛力・旋風斬!」
ライラが斬りかかるが、やはり刃は甲殻に当たって火花を散らすだけで、傷一つ付けられない。
「無駄だよ! そいつらの殻は、衝撃を魔力に変えて拡散させるんだ。でも、私の槌なら話は別だ」
リズは流れるような動きで蟹の群れの中へと飛び込む。
正確にその中心を叩き潰した。
鈍い衝撃音が響き、あんなに硬かったはずの甲殻が、飴細工のように粉々に砕ける。
「コウイチ、あんたもぼーっとしてないで! その新しい剣を使いなよ! 『素材共鳴』を使えば、あんたの剣でも殻を通せるはずだ!」
「了解だ!」
俺は『絆雷』を抜き、リズの教え通りにスキルを発動させた。
素材の周波数に、俺の魔力を合わせる。
『素材共鳴』。
俺の剣の振動が、蟹の甲殻が持つ振動と完全に一致した瞬間、手応えがフッと消えた。
「斬れる!」
銀色の閃光が走り、巨大な蟹の脚が切り落とされた。
「お見事!」
リズが声を上げる。
俺とリズ、そして仲間たちの連携によって、雪原の王者は次々と仕留められていった。
一時間後。
岩陰には、積み上げられた大量の銀色の殻と、そこから取り出された白い身があった。
「さあ、宴の準備だよ。あんたたち、これの本当の食べ方を教えてあげる」
リズは自分の小型の炉に火を入れ、手際よく調理を始めた。
熱するようだな。
冷たい雪風が吹く中、そこだけが熱気に包まれている。
俺たちは、リズがなぜこれほどまでに北の食材、そしてその調理法に詳しいのか、まだ知らない。
リズが時折、遠い北の空を寂しげに見つめているが。
気になるな。
「リズ、お前、本当は何者なんだ?」
俺が問いかけると、リズは鼻で笑う。
「ただの鍛冶屋だよ。今はね」
「よくわからないけど」
火の粉が温かいな。
氷原に贅沢な香りが広がり始める。
極寒の地で見つけた、最高の「氷の幸」。
リズの隠された過去がありそうだが。




