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「信じられない。こんなに美味しい食べ物が、この世にあるなんて」
ライラが、白く輝く蟹の身を口に。
うっとりと目を細めた。
リズの炉でサッと炙られた氷鋼蟹の身は、口の中で雪のように溶ける。
濃厚な甘みが一気に広がる。
ハンパないぞ。
極寒の雪原という最悪の環境が、この料理を世界最高の贅沢に変えていたようだ。
日本でも寒い地域の料理は美味しいと言われるが、それに似ているのかな。
「はふはふ熱いけど、止まりません! 魔力が体の芯から湧いてくるようですー!」
フィンも、普段の知的な姿はどこへやら、夢中で身を頬張っている。
「本当に。これほどの滋養強壮効果がある食材、神殿の文献でも見たことがありません」
エルザが上品に、確かな勢いで箸を進めていた。
「わふん! むしゃむしゃ!」
シロに至っては、リズが特別に割ってくれた一番太い脚を、夢中でかじりついている。
「シロは蟹を食べるようだな」
俺も一切れ、口に運んでみた。
「おおおお! 美味い」
驚いた。単に美味しいだけじゃない。
リズの火加減と、叩き割る際に入れられた絶妙な衝撃が、素材の旨味を極限まで引き出しているのかな。
だとすると、鍛冶師のできる範囲を超えているよな。
「リズ、ただの鍛冶屋じゃないな。この調理法、素材を知り尽くしていないと不可能だろ」
俺が問いかけると、リズは自分の取り分をゆっくりと口に。
夜の雪原を見る。
遠くで、オーロラがカーテンのように揺れている。
「私の故郷は、このもっと北にある『白銀の廃都』だよ。今はもう、四天王の魔力に飲み込まれて、誰も住んじゃいないけどね」
リズの声は、吹雪の音に消されそうなほど静かだった。
「白銀の廃都。あそこは確か、数百年前に滅んだとされる、伝説の鍛冶師の一族が住んでいた場所では?」
フィンが手を止め、真剣な表情でリズを見つめた。
「そう。私の家系は代々、あの地で神に捧げる武具を打っていた。でも、北の四天王が目覚めた時、真っ先に狙われたのが私たちの工房だったんだ」
リズは自分の神槌の柄を、白くなるほど強く握りしめた。
とんでもなく辛い過去だな。
「奴らは、自分たちを傷つけることができる武器を恐れた。だから一族を皆殺しにして、工房を氷の中に封印したのさ。私は、父さんに隠されて、たまたま生き残っただけの出来損ないだよ」
リズの瞳が炎の反射ではなく燃えているようだ。
彼女が人間嫌いになり、峡谷に引きこもっていた理由。
それは、守れなかった故郷への想いと、自分一人が生き残ったことへの負い目だったのだ。
「出来損ないなんて言わないで。あんたがいたから、私の剣は蘇った。リズ、あんたは最高の鍛冶屋よ」
ライラがリズの肩にそっと手を置いた。
「そうですね。リズさんの槌は、もう一度立ち上がる勇気を与えてくれます。それは、何物にも代えがたい聖なる力です」
エルザの言葉に、リズは照れ隠しのように鼻をすすった。
「ふん。湿っぽいのは嫌いだよ。ねえ、コウイチ。あんたに頼みがある」
「何だ? 俺にできることなら何でもやるよ」
「一度、王都に戻ろう。この蟹、マリアンヌの店に持って帰るんだよ」
リズの意外な提案に、俺たちは顔を見合わせた。
「えっ、今から? 四天王の城はどうする?」
「馬鹿だね。このまま突っ込んでも、あんたたちの今の装備じゃ、北の女王の冷気には勝てない。この氷鋼蟹の甲殻は、最高の対氷素材なんだ。これを王都の設備で加工して、みんなの防具を補強する。それに」
リズは少しだけ声を低くした。
「あいつを倒す前に、もう一度、あの温かい街の空気を吸っておきたいんだ。私の故郷には、もう二度と戻らない温かさをね」
リズの本音を聞いて、反対する者はいなかった。
俺たちは、大量の蟹の甲殻を魔法の袋に詰め込み、吹雪の中を王都へと引き返すことにした。
甲羅は硬い。
強い素材になり得るてことか。
一時は最悪に思えたけど、山に来て良かったと思える。
帰り道は、来た時よりもずっと足取りが軽かった。
リズが仲間たちの輪に少しだけ深く入り込んだことで、パーティー全体の空気が変わった気がする。
数日後、俺たちは再び王都の門をくぐった。
「おかえりなさい! コウイチさん、早かったですね!」
門番の兵士たちが笑顔で手を振ってくれる。
街はリズの修復のおかげで、以前よりも活気にあふれていた。
「マリアンヌさん! 最高の土産を持ってきたぞ!」
俺がギルドの扉を開けると、いつものようにカウンターでグラスを拭いていたマリアンヌさんが目を見開いた。
「あら、あんたたち。もう四天王を倒したのかい? 何だいその大きな袋は」
俺たちが袋を広げ、銀色に輝く氷鋼蟹の脚を取り出す。
酒場にいた冒険者たちが一斉に立ち上がった。
「おい、まさかそれ、伝説の氷鋼蟹か!?」
「あんなの、プロの猟師でも一生に一度拝めるかどうかだぞ!」
「マリアンヌ、こいつを最高の方法で料理してくれ。リズ直伝のレシピがあるんだ」
俺の言葉に、リズが横から口を出した。
「ちょっと、私のレシピを安売りしないでよね! でも、マリアンヌ。あんたの腕なら、私の期待に応えられるだろ」
「どれ、料理してあげます」
その夜、冒険者ギルドは「蟹祭り」に沸き返った。
リズの指導の下、マリアンヌさんが腕を振るった蟹料理が次々と運ばれてくる。
「かんぱーい!!」
王都の住民も、ギルドの仲間も、みんなが銀色の殻を剥き、その味に酔いしれた。
リズは隅っこの席で、フライドポテトと蟹の身を交互に食べながら、騒がしい酒場の様子をずっと眺めていた。
その顔は、峡谷にいた時のような険しさは消え、どこか安らかなものに変わっていた。
「リズ、楽しんでるか?」
俺が声をかけると、リズは小さく頷いた。
「賑やかなのは、嫌いじゃないよ。ねえ、コウイチ。明日から忙しくなるよ。この甲殻を使って、あんたたちの防具を全部『氷神仕様』に作り変えてやる。北の女王を、裸足で逃げ出させるくらいのね」
リズが力強く神槌を叩いた。
「ああ。頼むよ、リズ」
俺は、『絆雷』の柄に手を置いた。
一度戻ってきたのは、逃げるためじゃない。
より強く、より深く結びついた絆を武器に変えて、次の一歩を踏み出すためだ。
翌朝、王都の広場には、リズが臨時に設営した特設工房が置かれた。
カツーン、カツーン。
朝霧の中に響き渡る規則正しい槌音。
それは、俺たちが北の四天王を打ち破るための、勝利へのカウントダウンのように聞こえるな。
俺たちは王都の活気を背負い、再び北の地へと向かうための準備を始めた。




