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「ちょっと待ってください! どうして私が、こんなフリフリのドレスを着て大会に出るんですか!?」
宿屋のロビーに、エルザの声が響き渡った。
その叫び声に、周りの客が一瞬驚いた様子でこちらを見たが、すぐにまた自分の会話に戻っていった。
エルザは顔を真っ赤にして、手に持ったドレスを振り回しながら、信じられないと言いたげに俺たちを見つめている。
事の始まりは、ギルド長のマリアンヌさんから持ち込まれた、少し奇妙な依頼だった。
マリアンヌさんの言葉はこうたった。
「王都で開催される、セント・マリア女学院の伝統的な武術大会に出場することになったのよ」
マリアンヌさんはそう言って、得意げにニヤニヤしながら俺たちにその話を持ちかけてきた。
「その大会の出場予定だった令嬢が急病で出られなくなってしまったの。その代わりに出てくれないかって頼まれたのよ」
エルザはその話を聞いて、顔をしかめた。
「この大会は貴族同士のメンツがかかっているのよ。代役として、清純そうなエルザに白羽の矢が立ったわけ」
マリアンヌさんの言葉が、エルザの胸に重く響いたようだ。
エルザが代役に、急だな。
「清純そうって。でも私、魔法使いですよ? 剣なんて振れません!」
エルザが困り果てて、俺の方をチラリと見てきた。
その目には、まるで命の危険を感じているような必死さが浮かんでいた。
「大丈夫だよ、エルザ。今回の大会は『護身術』がメインらしいから、杖術も認められてるんだって」
彼女をなだめるように、優しく言った。
それでも、エルザは納得いかない様子で何度もドレスを手で持ち上げたり、裾を踏まないように注意する。
「ほら見て、エルザ! このお嬢様学校指定の勝負服よ!」
ライラが横から豪華なドレスを広げ、まるで自分のものかのように見せびらかす。
レースがたっぷりと使われていて、見るからに豪華で、確かに可愛いが、エルザにはまるで無縁の世界のように見えた。
エルザは可愛いから、似合うけどな。
「ライラさん、他人事だと思って。ああっ、もう裾を踏んづけそうです!」
エルザは慣れないボリュームのスカートに悪戦苦闘していた。
その姿は、少し不安そうに見えるが、どこか可愛らしくて、見ているこっちまでドキドキしてしまう。
「さて、俺とシロもただ見てるわけにはいかないからな」
俺はあまりにも気を使ってばかりのエルザを少し笑って、用意されていた「用務員」の作業着に着替えた。
つなぎの服に、つばの広い帽子をかぶり、完全に用務員の姿だ。
「わふん!」
シロも、首に「校内犬」と書かれたリボンを巻かれて、ちょっと誇らしげに尻尾を振っている。
「フィンは、僕の助手として荷物運びな。怪しまれないように掃除道具を持ってくれ」
「了解です! お嬢様たちの秘密、たっぷり覗いてきますね!」
フィンがモップを持って、張り切っている。
その姿に少し吹き出しそうになったが、これでどうにか目立たずに中に入れるだろう。
女学院の門をくぐると、そこはまさに別世界だった。
バラの花が咲き乱れ、綺麗に整えられた庭に、すれ違う女の子たちはみんな「ごきげんよう」と挨拶を交わしている。
「この世界、私にはあまりにも華やかすぎますね。空気がキラキラしていて、私なんか場違いなんじゃないかって気がしてきます」
エルザが、緊張しながらドレスの端をぎゅっと握り、歩きづらそうにしている。
「大丈夫よ。あんたが一番お嬢様に見えるわよ。背筋を伸ばして!」
ライラが背中をパシッと叩きながら言った。
その言葉にエルザは少し安心した様子で、背筋を伸ばし、少しだけ堂々と歩き始めた。
武術大会の会場である講堂に入ると、そこには既に厳しい表情をした貴族のお嬢様たちが集まっていた。
「あら、あなたがエドワード伯爵家の推薦した代役さん? 随分と大人しそうですわね」
一人の縦ロールが立派な令嬢が、扇子で口元を隠しながら近づいてきた。
「私はクラリス。この学院の剣術部主将ですわ。お手柔らかに願いますわね」
クラリスのその言葉に、エルザは少し硬くなりながらも、無理に微笑んで答える。
「は、はい。エルザと申します。よろしくお願いします」
エルザが丁寧に頭を下げる。
周りのお嬢様たちが「礼儀はなっているわね」とか「この子、良いお家の子なのかしら?」とヒソヒソ話しながら、少しずつ視線を向けてくる。
大会が始まった。
俺は会場の隅で、ホウキを持って掃除をしているふりをしながら、エルザの様子を見守った。
「シロ、エルザの様子はどうだ?」
「グルル」
シロが鼻をくんくんさせながら、エルザの緊張を感じ取っているのだろう。
その動きから、彼女の不安や焦りが伝わってきた。
第一種目は「優雅な演武」だった。
相手の攻撃をいかに美しく受け流すかを競うものだ。
「エルザさん、頑張って!」
変装したフィンが客席で声を出すと、ライラが慌てて口を押さえた。
エルザの出番が来た。
相手は先ほどのクラリスだった。
クラリスは冷ややかな目でエルザを見ながら、鋭い刺突を繰り出す。
エルザは慌てて避けようとしたが、ドレスの重みが足を引っ張り、バランスを崩しそうになった。
「あわわっ!」
その瞬間、クラリスは高笑いを浮かべて、攻撃を続ける。
「おーほっほ! 動きが鈍いですわよ!」
その言葉にエルザは一瞬、気後れしてしまいそうだったが、俺は心の中で彼女にエールを送る。
「エルザ、自分を信じて! 俺たちの特訓を思い出せ!」
心の中で叫びながら、少しだけ絆の力をエルザに送った。
すると、エルザの瞳に静かな火が灯ったように感じた。
「そうです。私は一人で戦っているんじゃありません」
エルザは自分を信じ、杖を構え直した。
その動きは、清浄の谷で見た美しい水の流れのように、円を描いて回転した。
「な、なんですの、その舞のような動きは!」
クラリスが驚いた声を上げる間に、エルザは完璧に攻撃を避け、反撃を加える。
「最後です! 絆の煌めき!」
エルザが杖を軽く突くと、クラリスの武器は弾き飛ばされた。
会場に静寂が訪れ、その後に割れんばかりの拍手が沸き起こった。
「素晴らしい! まるで伝説の戦乙女のようですわ!」
「どこのお家の方かしら?」
お嬢様たちが一斉にエルザを取り囲んで、その美しさと強さに感嘆の声を上げていた。
優勝が決まった瞬間、エルザは安堵のあまり、その場にへなへなと座り込んでしまった。
「あうぅ。もう、二度とドレスで戦いたくないです」
その言葉に、掃除をしていた俺たちは思わず吹き出した。
大会が終わった後、クラリスがエルザの元へやってきた。
「負けましたわ。あなたの技には、慈愛と強さがありました」
彼女は清々しい顔で、エルザに記念のメダルを手渡した。
「いえ、私も必死でした。クラリスさんの剣も、とても真っ直ぐで素敵でしたよ」
エルザが微笑むと、二人の間に不思議な絆が生まれたようだった。
「よし、任務完了だな。用務員も卒業だ」
俺は帽子を取ると、シロがリボンを引きちぎって喜んだ。
「お疲れ様、エルザ! 最高の騎士様だったわよ!」
ライラが駆け寄って、エルザを抱きしめた。
「お疲れ様だな」
「はい、疲れましたよ」
「コウイチさん、見ましたか? 優勝賞品は最高級のハーブティーセットですよ!」
「良かったな」
フィンが重そうな木箱を抱えて戻ってきた。
学院を去る時、エルザは何度も振り返って門を見つめていた。
「どうしたんだ、エルザ。寂しくなったか?」
「いえ。ただ、どんな場所でも、心を繋げば強くなれるんだなって改めて思ったんです」
「その通りだな」
エルザの言葉に、俺たちは温かい気持ちになった。
ドタバタのお嬢様学校潜入作戦だったけど、また一つ、俺たちの絆は強くなった気がした。




