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ガロンたちを見送った翌朝、俺たちは少し寝坊してしまった。
宿屋のロビーに差し込む朝の光を浴びながら、俺はまだ布団の中でゴロゴロと寝転がっていた。
今日も静かな一日になるだろうと思っていたが。
「ふわぁ昨日のスイーツ巡り、意外と歩いたわね」
隣でライラが、ソファにだらしなく横たわりながら手足を伸ばして、目を細めて言った。
彼女も眠そうだ。
昨晩のスイーツ巡りは本当に楽しかったが、歩きすぎたせいか、疲れもひどくて、どこかで寝落ちしてしまった。
普段からバリバリ動いているライラだから、こんなにぐったりしている姿は珍しい。
「おはようございます。あら、フィンさんはまだ起きてこないんですか?」
エルザが、キッチンから少し顔を覗かせながら、不思議そうに階段を見上げた。
朝の光が彼女の長い金髪を照らして、まるで朝日の精霊のように輝いている。
「うーん、あいつのことだ、まだ夢の中でケーキを食べてるんじゃないか?」
俺がからかうように言うと、ライラもクスリと笑った。
フィンの食いしん坊なところは、みんな知っているからな。
その時――
「ぎゃああああ!!」
突然、二階から聞き覚えのある叫び声が響き渡った。
やっぱりな。
ドタドタと、まるで人間じゃないくらい激しい足音が聞こえてきて、フィンが顔を真っ青にして駆け下りてきた。
「どうした?」
俺が問いかけると、フィンは顔を青くして息を切らせながら、こちらに飛び込んできた。
「ケーキが食べたいのかい?」
「コ、コウイチさん! 大変です! 私の魔導書が、私の魔導書がぁ!!」
「どうしたんだよ?」
「本を開いたら、中身の文字が全部逃げ出したんです!!」
なんだそりゃ。そんなことあるのか?
フィンが差し出した魔導書を見ると。
確かに、ページの中は真っ白だ。
まるで何も書かれていないかのように、空っぽだ。
よく見ると、ページの隅に小さな文字の形をした、虫のような生き物がぴったりくっついている。
「これって、『文字食い虫』じゃない?」
ライラがすぐに肩をつかんで、フィンの服にくっついていた「文字食い虫」を一匹、引き剥がした。
その虫は、ちょっと小さめの「あ」の形をしていた。
まるで小さな文字の精霊みたいだ。
「文字食い虫? なんだよそれ」
俺も初めて聞く名前だな。
この世界に来て、いろんなモンスターや精霊に出会ったが、文字を食べる虫なんて、予想外だった。
「魔力が高い紙に住み着く精霊の一種よ。持ち主が油断してると、こうして中身を食べちゃうの」
エルザが、ちょっと説明しながらフィンの方に向かって微笑んだ。
「そんなの嫌だろうけど、どこかで見たことあるわね。これ、ちゃんと対処しないと、危険だわ」
「食べられたらどうなるんだ?」
俺が思わず尋ねると、エルザはちょっと困った顔で答えた。
「フィンの魔法の知識が、全部消えちゃいます。まるで、あのページに書かれたことがすべて無かったことになるの」
「それは嫌だ! 私、ただの転ぶのが得意な人になっちゃいますー!」
フィンは今にも泣きそうな顔で、俺の服をぎゅっと掴んでしがみついた。
だめだな、フィンはやっぱりどこか抜けてるところがある。
「困ったな。でも、俺が協力できるのかな?」
「わかった、わかったから泣くなって。どうすれば治るんだ?」
俺がフィンをなだめると、エルザはニコリと微笑んだ。
「実は、文字食い虫には一つ、面白い対策があるんです」
「対策?」
「はい。逃げた文字たちが満足するような、『新しいお話』を聞かせてあげればいいんです」
「新しいお話?」
「そう。文字食い虫たちは、ワクワクするような面白いお話が大好物なんです。それを聞かせて、書き込んでいけば、元の中身も元通り戻ってきますよ」
「変わった虫だな、まったく」
「面倒だな」
俺が苦笑して言うと、エルザはさらっと説明を続けた。
「ただ、思いついたお話がつまらなかったり、適当だと、文字たちが戻ってこないこともありますからね。ちゃんとワクワクするものを作らないと」
「わかった、任せとけ」
俺は「空間把握」を使って、部屋の中を探し始めた。
無駄に時間をかけるわけにはいかない。
「よし、みんなで面白い話を作ろう。俺たちのこれまでの冒険を、一冊の本にしてやる!」
「やってみましょう」
「お願いします!」
俺たちはすぐに宿屋のテーブルに集まり、即席の物語作りを始めた。
「まずは、俺がこの世界に来て、みんなと出会ったところからだな」
俺が話し始めると、机の上で「ぷ」や「り」といった文字たちが、ぴょんぴょん跳ね始めた。
どうやら、それが文字食い虫たちが反応している証拠らしい。
「次は私が、カッコよくキングオークを切り刻んだシーンね!」
ライラがノリノリで発言すると、また文字たちがぴょんぴょん跳ねて、さらに活気づいた。
「ライラさん、そこは私の回復魔法がキラキラ輝いたシーンも入れてください!」
エルザがそのタイミングで盛り込んだ。
「わふん!」とシロが鼻を鳴らして、どうやら参加したそうだ。
「シロも大切な話にするよ。じゃあ、プニが温泉で石鹸に間違えられた話にしよう!」
「ぷるるんっ!」
その話題にすると、文字たちが嬉しそうに飛び跳ね、次々とページに吸い込まれていった。
時間はかかりそうだが、みんなの記憶にあることだから、作っていても楽しい。
数時間後。
フィンの魔導書は、以前よりも輝きを増して、金色に輝きながら元通りになった。
「すごい、前より立派になったぞ!」
「よかったぁありがとうございます、皆さん!」
フィンが魔導書をぎゅっと抱きしめ、涙を浮かべながら感謝の言葉を述べた。
その瞬間。
「『スキル:言霊の共鳴』を獲得しました。」
「お、新しいスキルだ!」
「物語の力で、魔法の威力が上がるスキルですね。素敵です!」
エルザが拍手をしながら、みんなが喜びの声を上げた。
「さあ、お騒がせな事件も解決したし、今日はお城の図書室にでも行ってみるか?」
俺が提案すると、フィンが勢いよく頷いた。
「はい! でも、もう文字食い虫には気をつけます!」
「とか言って、またすぐ何かやらかすのよね、あんたは」
ライラが笑いながら、フィンの頭を撫でた。
決戦前の静かな一日。
俺たちは、自分たちの物語をさらに積み重ねていこう。




