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四天王の一角、カースとの決戦を控え、王都の空気は重く沈んでいた。
宿屋の一室。窓から差し込む夕日。
俺たちはそれぞれの武器を磨きながら、言葉少なに休息を取っていた。
静寂を支配するのは金属音だけだ。
「コウイチさん! 大変です! 重大な、とびっきりのニュースですよ!」
その静寂を、絶叫と共にぶち破ったのはフィンだった。
階段を転がり落ちるような足音が響き、勢いよく扉が開く。
いつものフィンだろう。
「どうした、フィン。敵の襲撃か? それともカースの刺客か」
俺は反射的に腰の剣の柄を握り、低く身構えた。
隣でライラも鋭い視線を入り口へ向ける。
しかし、フィンが突き出してきたのは暗殺者の短剣ではなく、一枚のくしゃくしゃになったチラシだった。
チラシ?
そんなに驚くことなのか。
「いえ! 街の外の果樹園に、百年に一度しか実らないという伝説の『黄金リンゴ』が現れたらしいんです!」
「なにそれ?」
「初めて聞いたけど」
フィンの瞳は、まるでこれから宝箱を開ける子供のようにキラキラと輝いている。
チラシを奪い取って眺めると、そこにはいかにも怪しげな宣伝文句があった。
『一口食せば魔力は全回復し、その味は天界の神々が争うほど。今宵、百年の眠りから覚める。』
「ただ食べたいだけだろフィン、さっきから鼻の下が伸びてるぞ」
「そ、それは、否定しないけど」
「やはりな」
ライラが呆れたようにため息をつき、手入れしていた剣を鞘に収めた。
冷ややかな視線もフィンは食欲には勝てそうにないな。
「ちょっと面白いかもな」
「でも、コウイチ。カースとの戦いは長期戦が予想されるわ。もし本当に魔力が底上げされるなら、馬鹿にできない報酬になるんじゃないかしら?」
エルザが困ったような、それでいて楽しげな微笑みを浮かべてフォローを入れる。
確かに、決戦前の緊張で胃がキリキリするよりは、体を動かして美味いものを食うほうが、士気も上がるかもしれない。
「コウイチは興味ある?」
「面白いな。気晴らしだ、行ってみるか」
俺の言葉に、フィンが「やったぁ!」と飛び上がった。
王都から街道を歩くこと一時間。
本来なら、この時期の果樹園は熟した果実の甘い香りに包まれていると聞く。
なんか変だな。
目的地に近づくにつれ、俺たちの鼻を突いたのは、むせ返るような蜜の匂い。
不穏な低い振動音だった。
「変だぞ」
「おかしくない?」
「なんだこれ。クモの巣ならぬ、ハチの巣だらけじゃないか」
俺は思わず足を止めた。
果樹園の木々は、まるで巨大な繭に包まれたかのよう。
多くの粘着質な糸と巣に覆われている。
そこら中に吊るされているのは、バスケットボールほどもある巨大なハチの巣だ。
「これ、蜂の巣だ!」
「まさか、魔物か?」
「ブゥゥゥン」
地鳴りのような羽音が空気を震わせている。
「キラービー、それも、ただの群れじゃないわ。この数は異常よ。まるで何かを守っているみたい」
ライラが警戒を強め、銀色の刃を音もなく抜いた。
俺も戦闘態勢に入る。
まさか楽しみに来たのに、こんな事態とはな。
本当にどうなっているのか。
その時、フィンの突き出した指が震えた。
「あっ! 見てください! あの枯れ木の一番上!」
果樹園の中央、ひときわ高くそびえ立つ枯死した大樹。
その最上部の枝の先に、周囲の夕闇にまばゆく光る果実があった。
夕日を反射しているのではない。
それ自体が内側から神々しい光を放っているみたい。
あれがフィンの言っていた果樹かな。
「光っている!」
「あれが黄金リンゴ。でも、近づく隙がないわね。ハチの警戒網が密集しすぎているわ」
エルザが杖を構え、呪文の詠唱準備に入る。
だが、それよりも早くフィンが不敵な笑みを浮かべた。
「大丈夫です! 実は私、こっそり特訓してたんです。『ハイド・シャドウ』、透明化の魔法を!」
「おい、フィン! 待て、まだ作戦が――」
「フィンは勝ってだな」
「まあ、フィンらしいけどね」
俺の制止も聞かず、フィンの姿が陽炎のように揺らぎ、すうっと風景に溶け込んだ。
俺は「空間把握」のスキルを全開にする。
見えないはずのフィンの気配が、お調子者らしくフラフラとなる。
だが確実に大樹を登っていくのがわかった。
数分後。緊張で喉が渇ききった頃だった。
大樹のてっぺんから、隠す気ゼロの歓喜の声が響き渡った。
「と、とったどーーーー!!」
魔法が解け、夕空を背景にフィンの姿が鮮やかに現れる。
その掲げられた手には、伝説の名に恥じぬ黄金のリンゴが握られている。
だが、その歓喜は同時に、数千匹の守護者たちがいるが。
「おい、降りてこいって! ハチがいるぞ」
「危ないですよ!」
「ブゥゥゥゥゥゥゥゥンッ!!!!」
一斉に、森中のハチたちが羽根を震わせた。
空気が歪み、黒い雲のような群れが一点に集まってきた。
あらら、これはフィンは大ピンチだな。
「あわわわ! コウイチさん! ハチさんたちが、ものすごい顔でこっちを見てますーっ!!」
「当たり前だろ! 盗っ人猛々しいぞ! 早く降りろ、逃げるんだ!」
「助けて〜」
「何とかしてあげないと」
「しかしあそこまで私らは行けないぞ」
俺は木の下へと全速力で駆け出した。
フィンが悲鳴を上げながら、てっぺんからダイブしてくる。
俺は全力でそれを受け止めた。
衝撃に耐える間もなく背後を振り返れば、視界を埋め尽くすほどのハチの山が迫っていた。
あちや〜〜、ハチが!
ここはプニにお願いするしかない。
「プニ、粘液の壁だ!」
「ぷるるんっ!」
俺の影から飛び出したスライムのプニ。
瞬時に巨大化して防壁を作る。
バチバチと音を立てて、キラービーたちが粘液に捕らえられていく。
プニありがとう。
そしたら次はシロ。
「シロ、火炎放射!」
「わふん!」
神獣の生き残りである白狼のシロが、紅蓮の炎を吐き出した。
迫り来る黒い波が、一瞬にして焼き払われる。
だが、多勢に無勢だ。
森の奥からはさらに数え切れないほどの羽音が近づいてくる。
「だめだ、コウイチ。まだ来ますよ」
「とにかく、一旦果樹園の奥へ逃げるぞ! 囲まれる前に突破口を開くんだ!」
黄金の光を抱えたフィンと共に逃げる。
俺たちはハチの猛攻を背に、狂乱の果樹園を駆け抜けた。
楽しいはずの果樹園。
まさかハチ相手に全力を出すことになるとは。




