第4話
セルタの街の冒険者ギルド。
俺とDランクという待遇で登録を終えた後、宿屋に宿泊した。ライラのCランクにはまだ及ばないけど。
宿で宿泊した際にスキルのことを話した。
ライラに嘘をつくのも変だし、もう俺のスキル、俺が転生してきたことを隠す必要がない。
ライラは俺が異世界人だというのを驚いていたが、俺を嫌いになることはなかったのは良かった。
スキルの件については絆を作ることで俺にスキルが獲得できると話すと、面白がっていた。
珍しいスキルのようだ。再びギルドへと来ての俺の気持ちは上がっている。
冒険するとなるとゲームではあったとして、あくまでゲームの世界の話だった。
でも憧れのようなものは持っているし、怖さもあるかな。ライラが一緒ならばかなり安心感はある。
最初の正式な依頼を受けた。
「薬草採取、まぁ、順当な依頼よね。コウイチの身体能力なら楽勝でしょ」
ライラは、首から下げた銅製の冒険者プレートを誇らしげに見つめている。
俺も同じプレートを胸に提げていた。ちなみに
「それが、どうも実感がないんだよな。『剛力』と『俊足』のおかげで、身体は異常に軽いけど、元がただの社畜だったから、自分が冒険者だなんて違和感しかない」
俺は苦笑いした。ライラと『絆結び(コネクション)』が発動してから、俺の肉体は別人のように生まれ変わった。
ライラの勇敢さと献身に触れたことで得た『剛力』は、見た目を変えずに身体能力を桁違いに向上させたし、『俊足』のおかげで森の中を移動するのが、まるでウォーキングでもしているかのように楽だった。
「でも、よかったじゃない。これでコウイチはもう、誰にも虐げられない」
ライラは真剣な眼差しで俺を見た。
「私は、コウイチが理不尽に死んでいくような世界は嫌いよ」
「ありがとう、ライラ」
彼女の言葉は、俺の胸に深く染み渡った。過労死という理不尽な終わり方をした俺にとって、「虐げられない」という言葉は、何よりも重い。
この世界で得た、最初の、そして最も大切な絆だ。
ギルドでもらった地図を広げ、俺たちは薬草の群生地とされる「東の森」へ向かった。
依頼内容は、特殊な解毒作用を持つ「月影草」を三十株採取すること。
「月影草は、薄暗い場所を好むから、森の奥深く、特に岩陰なんかを探す必要があるわ。でも、時々、小さな魔物が縄張りにしていることもあるから注意してね」
ライラは慣れた様子で指示を出した。頼りになるな。道中、俺はライラに質問した。
「ライラは、どうして冒険者を?」
「私は故郷を離れて、外の世界を知りたかったの。そして、この剣で、いつか獣人の仲間たちを助けられるようになりたい。それに、冒険者になれば、色々な人に出会えるでしょう? みんな、それぞれ違う目標や、夢を持っている。そういうの、見てみたいのよ」
ライラはそう言って、太陽の光が差し込む森を見上げた。その横顔は、希望に満ちていて眩しかった。
彼女は本当に、誰かを救うことに喜びを感じる、純粋な魂を持っているんだと改めて思う。
この絆が、俺の身体能力だけでなく、俺自身の心も少しずつ変えてくれている気がした。
いや、もう変わってきているのかな。しばらく進むと、開けた場所に着いた。
目的の薬草群生地のようだ。ひんやりとした空気が肌を撫で、苔むした岩がいくつも転がっている。
「ここね。コウイチ、私は向こうの岩陰を探すから、あなたはこっち側を探してくれ」
ライラが言い終わらないうちに、奥の茂みから、いくつもの怒声と、何かを叩く鈍い音が聞こえてきた。
「おい、てめえ! ぶよぶよしやがって! 薬草を食い荒らすな!」
「ぺちぺちと、叩いてやるぜ!」
俺とライラは顔を見合わせ、音のする方へ駆け寄った。何だろう?
ぷよぷよとか聞こえたような?
「何事!?」
茂みを抜けた先に広がっていた光景に、俺は思わず息を飲んだ。
そこには、三人の屈強な男たち。おそらく格上の冒険者だろうが、何かを囲んで笑いながら棒で叩いていた。
叩かれているのは、小さな、透明感のある青い塊。液体でもない粘液の魔物だ。
弱い魔物なのか。サイズは手のひらに乗るくらいで、他の魔物のような凶悪な顔つきもなく、まるでゼリーのようにぷるぷる震えている。
その粘液の魔物は、棒で叩かれるたびに「ぴゅい、ぴゅい」という小さな、か細い鳴き声をあげていた。
「見ろよ、こいつ、全然抵抗しねぇ! やっぱスライムはただのゴミだわ!」
「お前ら! やめろ!」
気がつくと、俺は叫んでいた。スライムという魔物だった。スライムは日本でもおなじみの魔物だな。
ライラが「コウイチ!?」と驚く声を上げたが、止まらなかった。
体が、心が、勝手に動いたのは自分でもわからない。何なんだ、こいつらは。
いくら魔物だからって、こんな小さな、抵抗もしない生き物を、面白半分でいじめていた。
過労死するまで働かされて、俺は理不尽に耐え続けてきた。だからこそ、弱いものが理不尽に苦しめられる姿を見るのが、たまらなく嫌だったのかもしれない。
怒りで、全身の血が沸騰するような感覚に襲われた。かつての俺なら、見て見ぬふりをした。
関わって面倒になるのが怖かったから。でも、今は違う。ライラとの絆がくれた『剛力』と『俊足』という力が、俺にはある。
そして何より、あのブラック企業で死んだ経験が、俺に理不尽に対して立ち向かう勇気をくれたのだ。
「あ? なんだ、てめえら。Dランクのひよっこが、俺たちの邪魔か?」
たぶん冒険者っぽい一人が、こちらを振り返った。彼らのプレートには、Cよりも上の「B」の文字が刻まれていた。
つまりライラのCよりも上のランクとなる。
「邪魔じゃありません。ただ、そのスライムをいじめるのはやめてください。何をされているんですか?」
俺はできる限り冷静に、しかし芯のある声で問いかけた。ライラは警戒した様子で、いつでも動けるように剣の柄に手をかけている。
「いじめてる? ああ、魔物だぜ? 獲物だ。それに、こいつは俺たちの獲物だった薬草を食いやがったんだ。ちょっと躾けてるだけだ」
男は棒を振り上げた。
「違います! そのスライムが食っていたのは、あなたたちの依頼の薬草ですか? 違いますよね!?」
俺は、目を凝らしてスライムの周りを見た。確かに、スライムの近くには草が生えている。
しかし、ギルドで見た「月影草」とは、明らかに違う、ただの雑草だ。
「うるせぇな。なんだかんだ言って、ひよっこが説教かよ!」
男の一人が逆上し、俺に向かって殴りかかってきた。来る!
しかし、今の俺は、あの時の俺ではない。ライラの『俊足』スキルが俺の肉体にある。男の拳が空を斬る一瞬前に、俺は紙一重で身をひねってかわした。
「なっ!?」
男が驚愕する。
「喧嘩をしに来たわけじゃない。ただ、弱い者をいじめるのはやめてもらいたいだけだ!」
俺は、男の腕を掴んだ。ライラの『剛力』スキルが、ここで発揮される。
見た目からは想像もつかないほどの力が、俺の腕に集中する。
「ぐっ、な、なんだこの力!?」
Bランクの男が、信じられないという顔になった。俺の腕の力に、全く抵抗できていない。
「いいですか。あなたの手は、人を傷つけるためにあるんじゃない。装備を整えたり、困っている人を助けるためにある。少なくとも、いじめなんていう醜い行為のために使うべきじゃない!」
俺は、その言葉に、過労で疲弊していた頃の自分自身へも込めた。あの時、戦う力を失っていた俺の代わりに、ライラが助けてくれた。
今度は、俺が、誰かのためにその力を使う時だよな。俺が力を込めて男を突き飛ばすと、彼は体勢を崩して後方に倒れ込んだ。
残りの二人も驚き、俺たちの力量が自分たちより上だと察したのだろう。特に、獣人のライラが剣を構えているのを見て、顔色を変えた。
「ちっ、覚えてろよ、ひよっこが!」
彼らは悪態をつきながら、急いで森の奥へと逃げ去っていった。静寂が戻る。ああ、怖かったなと俺は実は怖かったのに気づく。
すると地面に震えていた小さなスライムにゆっくりと近づいた。
「もう大丈夫だよ。怖い人たちは行ったから」
俺は膝をつき、優しく声をかけた。スライムは「ぴゅい」と小さく鳴きながら、青い体をさらに小さく縮めている。
さっきまで叩かれていたせいか、その体が少しへこんでいるように見えた。
俺はそっと、傷つけてしまったかもしれないという罪悪感を抱きながら、スライムの頭があるであろう部分に、そっと指先で触れた。
ぷに、とした、冷たくて柔らかい感触。良かったな無事で。俺の言気持ちは通じるかわからないけど。
「ごめんね。怖かっただろう。俺が、もっと早く来てあげればよかった」
俺は、その小さな生命に対して、心から申し訳なく思った。こんな弱い魔物だって、生きる権利がある。
ただ生きているだけで、こんな理不尽な暴力を受けるなんて、許されることじゃない。
俺は、手を離さず、ただスライムの体温を感じるようにそっと撫で続けた。
その時だった。
ライラが横で静かに見守っている中、俺の指先に触れていたスライムの体から、柔らかな、しかし強い光が放たれた。
青い光は俺の体へと流れ込み、内側のスキル発動を告げる『情報』が、再び脳内に響き渡った。
これってスキルが発動した時の感触だ。
対象:名無しのスライム(魔物)との間に深い『絆』を検出。
『絆結び(コネクション)』発動。
対象の特性より、スキル『毒耐性』を獲得しました。
対象の特性より、スキル『液体化』を獲得しました。
貴方のスキルリストに『毒耐性』『液体化』を追加しました。
二度目の『絆結び』!
俺は驚きで目を見開いた。予想もしてなかったけど、スライムにも絆が生まれたようだ。
「こ、コウイチ、今の光は!?」
ライラも驚いている。
「まただ。俺のスキルが、また発動した」
俺は自分の手のひらを見つめた。獲得したスキルは、スライムの特性からくるもの。
『毒耐性』は、当然、スライムが持つ特殊な体質だろう。これがあれば、森の中での毒草や毒虫の脅威が激減する。
そして、『液体化』。
これは、俺の体をスライムのように一時的に液体状に変えることができる、ということか? どんな使い道があるのか、今は想像もつかないが、物理的な攻撃を無効化したり、狭い隙間を通り抜けたりできるかもしれない。
何より、驚くべきは、言葉が通じないスライムとも『絆』が結べたということだ。本当なのか判断できないが、スライムは俺に絆を感じたのは間違いない。
「俺、この子に対して、ただ『守りたい』って思っただけなんだ。いじめられているのを見て、理不尽に怒りが湧いて、優しくしてあげたいと心から願った。そしたら、スキルで獲得した」
俺の言葉を聞いたライラは、驚きから感動へと表情を変えた。
「そう! そういうことなのね、コウイチの力は! 命を救ったとか、大それたことじゃなくて、純粋な優しさや信頼に反応する力なんだわ!」
俺の指に触れたまま、安心したように震えが収まったスライムを両手で優しく包み込んだ。
「ありがとう。君のおかげで、また俺は強くなれた」
スライムは「ぴゅい」と、さっきよりはっきりとした声で鳴き、俺の手の中で小さく跳ねた。
それは、喜びの表現のように見えた。可愛いなこいつ。
「コウイチ、この子どうするの?」
ライラが戸惑っている。確かにこの後のことは考えてなかった。
「このまま、ここに置いていくなんてできないよ。また誰かにいじめられたり、魔物に襲われたりしたら」
俺は、手のひらの上のスライムに問いかけた。
「君、俺と一緒に来るか? 守ってあげる。ご飯もあげる。無理にとは言わないけど」
スライムは、俺の問いかけを聞き終わるかのように、ぷるん! と勢いよく跳ねて、俺の胸元にある冒険者プレートにくっついた。
そして、体の色を少しだけ、プレートの銅色に近づけた。
「ふふ、どうやら決まったみたいね」
ライラが微笑む。言葉がなくても理解はできる。
「そうだな。言葉は通じなくても、心が通じた。君の名前は、そうだな、プニ。今日から、君は俺たちの仲間だ。よろしくな、プニ」
俺がそう名付けると、プニは嬉しそうに体を揺らした。ブラック企業での理不尽な死から、異世界への転生。
そして、ライラという最高の相棒。さらに、言葉は通じなくても、その優しさだけで絆を結べる、小さな仲間、プニ。
俺の物語は、ただのチート無双ではない。一つ一つの絆を紡ぎ、その絆の力で無限のスキルを獲得していく、新しい形の異世界譚として、ここから始まるのだ。
俺はプニをそっと服の内ポケットにしまい、ライラと共に薬草採取の任務へと向かった。忘れていたけども仕事があったんだよな。
心なしか、今日の森の空気は、今までよりもずっと優しく、温かいものに感じられた。
俺のスキル獲得の旅は、始まったばかりだ。




