36話
温泉の効能のおかげか、俺たちの体は驚くほど軽かった。
宿屋「白銀の竪琴亭」の食堂で、俺たちは山盛りの料理を囲んでいた。
帰ってきたのでご飯にしよう。
みんな腹減っただろうし。
「よし食べようか」
「特訓の後のご飯は、格別ね!」
ライラが大きな骨付き肉にかぶりつきながら言った。
食べっぷりがいい。
「本当です。バルカスさんの修行は厳しかったですけど、報われました」
エルザが野菜たっぷりのスープを飲みながら、ほっとした表情を見せる。
よく頑張ったな。
「むふふ、私はこの特製パイがあれば、もう一生修行してもいいです!」
フィンは口の周りをパイ生地だらけにして笑っていた。
美味そうなパイだな、俺もパイ食べよう。
冷たいエールを喉に流し込み、最高の気分に浸っていた。
日本の時は、食事はただの栄養補給だった。
でも今は、仲間と笑いながら食べるこの時間が、俺の力になっている。
そんな時だった。
食堂の隅で、町の人たちが深刻な顔で話しているのが聞こえてきた。
「また消えたらしいぞ。パン屋の息子が、昨日の夕方から」
「これで五人目か? 衛兵隊も夜回りを増やしているっていうのに」
俺たちの笑い声が、ふっと止まった。
やや深刻な話だな。
「聞き逃がせない話だ」
「神隠し? 物騒な話ね」
ライラがフォークを置いて、眉をひそめた。
エルザが心配そうに俺の手を取った。
「コウイチさん、実は私もさっきギルドで聞いたんです」
「最近、王都の裏通りで子供たちが次々と行方不明になっているって」
行方不明だと。
俺は心の中に嫌な予感を感じた。
四天王カースとの決戦を前に、王都の内部で何かが起きている。
放置できないので、ご飯が止まる。
「単なる迷子や誘拐じゃない、ってことか」
「はい。目撃者の話では、地面に吸い込まれるように消えたとか」
エルザの話を聞いて、フィンが古びた手帳を広げた。
どういうことだろう?
「意味が分からないな」
「地面に? もしかして、下水道に関係があるのかもしれません!」
「王都の地下には、迷宮に匹敵するほど広い下水道が広がっていますから」
「食べている場合じゃないな。俺たちが調査しよう」
「しましょう」
ご飯を食べ終えて帰宅した。
翌朝、俺たちはまだ夜が明ける前にギルドへ向かった。
掲示板には、赤い文字で「緊急依頼」と書かれた紙が貼られていた。
緊急とある。
よほど急ぎの依頼なのだろう。
【下水道の異常調査・子供たちの救出】
俺たちは迷わずその依頼書を剥ぎ取る。
みんなもこの依頼を受けるのに、断ることはなかった。
受付のところへ行き相談しに行く。
受付にはなぜかマリアンヌさんがいた。
「やっぱりあんたたちね。放っておかないと思ったわ」
「私たちが来るのを予想していたんだ」
「私の予感は当たるのよ」
「それで詳しく教えて」
マリアンヌさんは少し疲れたような顔で、俺たちを見上げた。
「衛兵隊が地下を調べたんだけど、誰一人戻ってこないのよ」
「魔物、いや、もっとタチの悪い何かが潜んでいる可能性があるわ」
「俺たちが行きます。子供たちを助け出さないと」
「受けてくれるのね助かる」
「やります」
俺が宣言すると、マリアンヌさんは頷いて鍵を渡してくれた。
鍵ですか?
「この鍵は?」
「下水道への入り口は、職人街の裏にあるわ。その鍵ですね」
「気をつけて。地下は暗闇と悪臭の世界よ。あんたたちの絆が試されるわよ」
「気をつけます」
鍵を渡されて、いざ地下に行くと決める。
俺たちは重装備に身を包み、指定された場所へと急いだ。
職人街の端にある古いマンホールを開けると、むわっとした湿気が上がってきた。
「うわ、臭い。鼻が曲がりそうよ」
ライラが鼻を抑えて顔をしかめた。
「清潔魔法、展開します! 少しはマシになるはずです」
エルザが杖を振ると、俺たちの周りだけ爽やかな風が吹いた。
これなら大丈夫だな。
「助かるよ、エルザ。さあ、降りよう」
俺が先頭に立って、暗い地に降りていった。
地下は、想像以上に広かった。
天井からは水が滴り、足元には汚水が流れている。
松明の明かりだけでは、数メートル先も見えないな。
このままだと大変だな。
「シロ、頼めるか?」
「わふん!」
シロが前に出た。
シロの目は「夜目」のスキルで、暗闇の中でも昼間のように見える。
俺が使うよりもいいだろう。
「シロが案内してくれる。みんな、離れないように」
「シロ頼むよ」
夜目はシロに任せる。
俺は「空間把握」を起動させ、地下の構造を脳内に描き出した。
しばらく歩くと、フィンの足が止まった。
「コウイチさん、見てください! 壁に傷跡があります!」
なんだこれ?
フィンが壁を指差すと、そこには巨大な爪跡が深く刻まれていた。
「人間じゃないわね。それに、この爪跡、一つじゃないわ」
ライラが壁を触りながら分析する。
確かに魔物っぽい感じする。
だとすると危険な地下となるな。
「熊のような太い跡と、蛇のような細い跡が混ざっています」
エルザの言葉に、俺は背筋が凍った。
どういうことか?
「キメラの可能性があります」
「キメラか。複数の魔物が合成された、魔王軍の実験体かもしれない」
その時、下水道の奥から「キャアアア!」という子供の悲鳴が聞こえてきた。
「今の声、こっちだ!」
俺たちは音のした方へ走り出した。
「コウイチさん、待ってください! あわわっ、床が滑るぅぅ!」
フィンが滑って転びそうになったのを、俺は走りながら片手で支えた。
「走るぞ、フィン! 遅れるな!」
「は、はい! 根性を見せます!」
汚水が跳ねるのも構わず、俺たちは暗闇を突き進んだ。
シロが激しく吠え、足を止めた。
目の前には、広い貯水池のような空間が広がっていた。
そこには、三つの頭を持つ異形の怪物が、小さな女の子を追い詰めていた。
「あれが、実験用のキメラ!」
ライラが剣を抜き放った。
怪物はライオンの頭、山羊の頭、そして尻尾が蛇の姿をしていた。
赤い目が暗闇の中で不気味に光る。
「助けに来たぞ! その子から離れろ!」
俺の叫び声に、キメラが三つの口から同時に唸り声を上げた。
「グォォォォォ!」
地下空間に振動が響き渡る。
「みんな、陣形を組め! 子供を最優先で守るんだ!」
子供を発見した。
この化け物が原因と断定しいい。
化け物を討伐させる。
俺たちは武器を構え、異形の怪物との戦いに突入した。




