第10話
温泉の次の日の朝は最高だった。体が驚くほど軽い。
昨日の疲れが全部取れたみたいだな。
俺は大きく伸びをした。関節がパキパキと鳴る。
「みんな、よく眠れたか?」
俺は仲間に声をかけた。
「ええ、バッチリよ」
ライラが毛皮の手入れをしながら答えた。
彼女の耳もピンと立っていて元気そうだ。
「お肌がプルプルです、コウイチさん!」
エルザが自分の頬を触りながら嬉しそうに言った。
温泉の効果は絶大だったらしい。
シロは俺の足元で尻尾をブンブン振っている。
プニも元気に跳ねている。
まだ王都には距離があるようで、途中で温泉を発見したのはラッキーだったな。
王都へ続く街道へ戻る。
朝の空気はひんやりとして気持ちがいい。
ブラック企業の頃は、この時間は憂鬱な時間。
朝日を見る余裕なんて一度もなかったもんな。
今はこうして、自分の足で目的地を目指している。
それだけでワクワクする。
「王都まではあと少しだな」
俺は地図を確認しながら言った。
「ええ、このペースなら明日には着くわよ」
ライラが前方を指差した。
「楽しみですね。美味しいスイーツとかあるでしょうか」
エルザが目を輝かせている。
「きっとあるよ。街を救ったお祝いでご馳走するからな」
俺が言うと、エルザはパッと笑顔になった。
街道は広くて歩きやすい。ところどころに馬車の轍がある。
俺は「魔力感知」を常に発動させていた。
もう習慣になっている。不意打ちを避けるためもあるな。
しばらく歩いたところで、俺は違和感を感じた。
なにか感じるな。魔力感知に反応がある。
「止まってくれ」
俺が短く言うと、ライラが即座に身構えた。
「何かいた?」
「前方の茂みに魔力反応だ。十人くらい固まっている」
俺の言葉に、エルザが杖をぎゅっと握りしめた。
シロが「ガルル」と低く唸り声を上げる。
野生の狼としての直感が働いたのだろう。
茂みの中から、汚い格好をした男たちが飛び出してきた。
やはり、俺達を狙っていたのか。
手に持っているのは錆びた剣や重そうな斧だ。
全員が嫌な笑みを浮かべている。襲ってきそうだな。
「へへっ、いい獲物が来たぜ」
真ん中にいる大男が、下品な声を上げた。
顔には大きな傷跡がある。いかにも悪そうな連中だな。
「おいおい、綺麗な姉ちゃんが二人もいるじゃねえか」
「それに珍しい魔物も連れてやがる。高く売れそうだ」
男たちは俺たちを完全に取り囲んだ。
「俺たちはこの辺りで有名な『黒い毒蛇団』だぞ!」
傷跡の男が名乗った。毒蛇っていかにも悪そうな名前だな。
こういう連中は間違いなく女を奪うと思うが。
「命が惜しければ、女と荷物を置いていけ」
「そうすれば、お前の命だけは助けてやるよ」
「あははははははは」
男たちの笑い声が街道に響く。完全に俺等は舐められているな。
しかし相手の毒蛇の奴らの強さがわからない。
教えてもらおう。
「黒い毒蛇団? 聞いたことがないな。ランクはあるのか?」
「なんだと! 俺たちはCランクの指名手配犯だぞ!」
リーダーらしい男が顔を真っ赤にして怒鳴った。なるほど、Cランクか。
たしかに普通の行商人からすれば脅威だろう。
でも、今の俺たちは違うかな。
「ライラ、どう思う?」
俺は隣のライラに聞いた。
「毒蛇と言うほどじゃない」
欠伸をしながら答えた。
ライラの態度は盗賊たちをさらに怒らせた。
「この女! 抜かしやがって!」
「野郎ども、まずはあの男から血祭りにあげろ!」
ライラの態度がきっかけで、ブチ切れたらしい。
盗賊たちが一斉に襲いかかってくる。
俺は深い溜息をついた。
今の俺から見れば、その動きは止まっているも同然だよな。
俺は「俊足」を起動させた。視界がスローモーションになる。
真っ先に突っ込んできた男の剣を、指先で弾いた。
「えっ?」
男が声を上げた。
そのまま俺は「剛力」を込めた手を男の胸に当てた。
軽く押し出す。それだけで男は砲弾のように後ろへ吹き飛んだ。
「ギャアァッ!」
後ろにいた仲間を巻き込んで、男たちは地面を転がった。
「何が起きた!?」
リーダーの男が目を見開いている。
「言っただろ。先を急いでるんだ」
俺は静かに言った。ライラも動き出した。
彼女の動きは獣のようだった。
剣の背を使い、盗賊たちの武器を次々に叩き折る。
「痛っ! 指が、俺の指がぁ!」
「武器が一瞬で!」
ライラの剣技は、Cランク程度の盗賊には早すぎるようだな。
エルザも一歩前に出た。
「やらせません!」
彼女が杖を振ると、地面から小さな火柱が上がった。
それは盗賊たちの退路を断つように燃え上がる。
「熱っ! 魔法使いまでいやがるのか!」
「おい、話が違うぞ! こいつら強すぎる!」
シロも黙っていなかった。
「ガウッ!」
素早い動きで盗賊の足元を駆け抜ける。
鋭い爪が盗賊のズボンを切り裂いた。
「ひぃっ! 狼が、狼に噛まれる!」
盗賊たちはパニックに陥った。
慌てて取り乱す集団でしかないな。
俺はリーダーの男の前に、音もなく移動した。
「ひ、ひぃぃぃ!」
男は腰を抜かして地面にへたり込んだ。
剣がガタガタと震えている。
「お、お前ら、何者なんだ。Cランクの俺たちが手も足も出ないなんて」
「俺たちは昨日、Bランクになったばかりの冒険者だ」
俺が淡々と告げると、男の顔が絶望に染まった。
「び、Bランクだと!? こんな若いガキが!」
「もう一度言う。どいてくれるか?」
俺が少しだけ「剛力」の威圧感を出す。
それだけで、男は失禁しそうになりながら激しく首を振った。
「す、すみませんでした! 命だけは助けてください!」
「野郎ども、逃げるぞ! 全速力だ!」
盗賊たちは転がるようにして森の奥へ逃げていった。
武器も荷物も放り出したまま、必死の形相だった。
「追いかけなくていいのか?」
ライラが剣を収めながら聞いた。
「無駄な殺生はしたくない。ギルドに報告だけしておけばいいだろ」
俺は肩をすくめた。
「コウイチさんは優しいですね」
エルザが感心したように。
「甘いって言われるかもしれないけどな」
でも、俺は自分の力を弱い者いじめには使いたくない。
この力は役に立たせたい。
シロが「ワン!」と鳴いて俺の手に鼻を押し当てた。
「そうか。シロもそう思うか」
俺はシロの頭をガシガシと撫でた。
街道は元の安全な道に戻るだろうな。
散らばった盗賊の武器は、後で通るギルドからの派遣団が拾うだろう。
「さて、気を取り直して出発だ」
俺は再び歩き出した。足取りはさらに軽くなっている。
仲間の強さを改めて確認できたからだ。
俺の「絆結び」が、何かに反応している気がした。
胸の奥がワクワクする。
これは、前世では決して味わえなかった感覚だな。
「行くぞ、みんな。俺たちの新しいステージだ」
俺の言葉に、仲間たちが笑顔で応えた。
シロが元気に駆け出す。
俺たちの旅は、これから本当の幕を開けるのだからな。




