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一時間目の授業が終わると、私とレオンハルトは騎士学校付属の工房の視察に向かった。
アイラのバロン・ルージュの件でポールに礼を言っておきたかったのだ。
「そうだ、セーラ、例の件、君も聞いているだろう?」
本校舎から少し離れている工房へと歩いている途中で彼がそう言ってくる。
「・・・どの件だ?」
「銀色の悪魔だよ。もう二度も騎士学校の生徒達の前に現れているそうだ。二十年前、君が勝てなかった相手だ。気にならない訳はないと思うが?」
「ああ、それか。もちろん気にはなっているが・・・」
彼にそう言われて、私は内心焦る。
もちろん、それを表情に出したりはしない。
「二十年前を最後に姿を現していなかったが、それが何故、今になって急に現れたかが分からない」
レオンハルトがそう言う。
「乗っていたのは若い娘だったそうだから、あの時と同じ操縦者と言う訳では無いだろう」
あの時の操縦者も今の操縦者も、私は全て知ってしまっているが、素知らぬ顔で惚ける。
如何に私がレオンハルトと親しいからと言って、それを話すことは出来ない。
「二十年前か、懐かしいな・・・」
私の内心など知らずに、帝国の第一皇子は遠い目をする。
二十年前の記憶をたどる。
「ロルフ!前に出過ぎるな!」
自身のバロン・ルージュを操りながら、私は僚機に警告を出す。
「しかし、お嬢様!アレは旦那様の仇です!」
マクディアス家執事のロルフ・バダークはいきり立っている。
「お前の気持ちは分かる。しかし、焦った処で親父の二の舞だ!あくまで打ち合わせ通りに行くぞ!」
自分に父親と同じ年代の男性に向かって、私は窘める。
「ほう?その薔薇の紋章、お前達、あのナントカと言う男爵の縁者か?この疾風のセルゲイ、逃げも隠れもしない!三対一だろうと相手になってやるわ!」
長い槍を持った青色の精霊甲冑が吠える。
「カーク・マクディアス男爵が娘、セーラ・マクディアス!いざ勝負!」
私も負けじと返す。
「セーラ様!お気を付けて!」
もう一機のバロン・ルージュに乗るミラが声を掛けて来る。
まだ幼い上に、本来はメイドとして雇った彼女を戦いに駆り出している事に慙愧の念を覚える。
だが、我々には使える駒が少ない。
つい先日、帝国軍北方守備隊の司令官であるマルスハイト辺境伯と共に、私の父が戦死してしまっている。
幼いながら精霊甲冑の操縦に適性のある彼女を放っておくことも出来なかった。
疾風のセルゲイと名乗った男の精霊甲冑が固有魔法を発動させる。
「疾風突撃!!」
その名の通り風を纏い突進して来る。
報告に有った戦法だ。
だが、聞くのと実際に見るのとでは大きく違う。
ここはマルスハイト高原の山間部の湿地帯だ。
巨大な精霊甲冑はぬかるみに足を取られて進撃速度が落ちる。
その中で、セルゲイの精霊甲冑は魔法の発動に溜めが要るが、断続的に風に乗って進むことが出来る。
結果、一機だけ突出している。
もちろん、そうなる様に誘導した私達の作戦勝ちだ。
だが、自身の迂闊さを悔いつつも、彼にはまだ余裕が有る。
ミラのバロン・ルージュ目がけて突進する。
魔法の風に乗っているので、両足は地面から浮いている。
その速度には目を見張るものがあるが、直線的な動きだから、迎撃する事も容易い。
そう思ったが、最初ミラの方に向かった軌道をカーブさせて、私の方に突進して来る。
「フェイントか!?」
私は自分の精霊甲冑を操作し、攻撃をかわそうとする。
緩慢な精霊甲冑の動作がもどかしい。
バロン・ルージュの動きは間に合う。
だが、諦めた。
致命傷は免れそうだが、すれ違い様に腕か足に槍の攻撃を貰いそうだ。
一撃で倒されなかったとしても、大きく機能を失うだろう。
「時間を稼げ!ミラ・・・」
私は精霊甲冑の外部拡声器でそう叫んで、頭部を庇う様にバロン・ルージュに防御態勢を取らせる。
敵は構えた槍の穂先を僅かに揺らして、がら空きになった操縦席のある胸部を狙う。
もはや、避けようは無い。
「大丈夫か!?セーラ!」
緊急脱出用転送魔法の光の中から現れた彼女に向かって、私は声を掛ける。
私、帝国第一皇子レオンハルト専用精霊甲冑、アーク・クラウドから飛び降りたい衝動に駆られる。
普通の精霊甲冑の倍近い大きさのこの機体から飛び降りたら無事では済まない。
格納形態にするか、しゃがみ込んで専用の梯子を架けて貰う必要がある。
「皇子様!総大将が迂闊に動かないでくださいませ!」
アーク・クラウドの足元から声がする。
セーラの母親で、亡きカーク・マクディアス男爵の未亡人、ソフィア・マクディアス殿だ。
夫を亡くして気が立っているのか、逆らい難い雰囲気がある。
一介の男爵夫人が不敬な態度ではあるが、彼女には今、私の参謀を務めて貰っているので、それなりの言動を許している。
帝都から連れてきた近衛隊の参謀部よりも、この戦場を戦い抜いて来た彼女達の方が実際に有用であることが証明されていたからだ。
作戦立案はソフィア殿、実働は娘のセーラが担っている。
「他に戦っている部隊も居るのだ。殿下は中心の本陣でふんぞりかえっていて貰わないと困る」
転送魔法の眩暈から回復したのか、セーラがそう言って母親から新しい精霊甲冑のメダルを受け取る。
要は私は進撃して来る敵の目標に成る為に突っ立っている案山子の様な物だ。
無駄に大きいアーク・クラウドは周りの目を引き付けるのには最適だろう。
集まって来る敵部隊をセーラ達や他の部隊が迎撃している。
「殿下、頼む!」
新しいバロン・ルージュを呼び出し乗り込んだセーラがそう言ってくる。
「分かった」
私は彼女の精霊甲冑をアーク・クラウドで持ち上げる。
大人が子供を抱え上げている様なものだ。
「向こう!」
私はセーラが指さす方向に向かって、彼女の精霊甲冑を投げ飛ばす。
木偶の棒の私の精霊甲冑だが、こんな使い方くらいは出来る。
バロン・ルージュが再戦の舞台へと文字通り飛ぶ様にして、帰って行く。




