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私の名前はリサ・レーヴェン。
今年の春から帝都騎士学校の教師として働いている。
私も下級貴族の出身だが、この学校の生徒はほぼ貴族の子弟である。
中には皇帝の血筋の人も居るけど、私が担任するクラスはそれ程身分の高くない貴族の子供達なので、そう言う高貴な人達とは深くかかわることは無いと思っていた。
今日のレオンハルト殿下の訪問も、殿下の子供達が在籍する一年A組の授業を参観するだろうから、私の受け持ち授業が無くて、正直助かったと思っていた。
私は一時間目は自分の担任の一年C組での授業だ。
ところが、教室の後ろの方にその第一皇子様が居る。
朝の職員ミーティングでは授業参観に来る殿下は自由に学校内を見て回られると聞いていたけど、何で自分の子供達が居るA組に行かないのかと文句を言いたくなる。
現皇帝は高齢である為、いつ引退されてもおかしくなく、そうなると、今私の授業を見られていらっしゃるあのお方が次の皇帝になる。
そんな人に見られて、緊張するなと言うのは無理な話だろう。
「え、ええと、肥料には主に化成肥料と有機肥料が有りまして・・・」
震える手で黒板に文字を掻きながら、私は授業をする。
私の担当科目は領地経営学だ。
今は農業経営の基礎を教えている。
領民からの税で成り立っている貴族には必要な知識ではあるが、大多数の生徒には不人気な授業である。
こう言った知識は配下の代官が知っていれば良いと考えているのだろう。
ただ、今日は第一皇子殿下が見ているので、生徒達も緊張して真面目に聞いてくれている。
しかし、そんな中でも、みんなチラチラと一人の生徒を盗み見ている感じがする。
それは皇子の隣に立つもう一人の参観者のせいだろう。
当クラスの一番の優等生であり、かつ一番の問題児でもあるアイラ・マクディアスの保護者であり、本人自身も貴族社会で色々と噂の在るセーラ・マクディアスである。
彼女がこのクラスに居るのでその母親が見に来るのは分かる。
それに付き合って、自分の子供達が居るA組を後回しにして殿下まで居るのが分からない。
「少し質問をして良いかな?」
その皇子殿下が手を挙げて聞いてきた。
「は、はい、どうぞ」
そう答えるが、自分でも声が上ずっているのが分かる。
「私も色々な農地を視察するのだが、雑草を一本残らず抜いている所と、刈り込んでいるがある程度生やしている所がある。どちらにも理が有るという話だが、肥料を無駄にしないのなら草は全て抜いた方が良いと思うのだが、どうなのだろう?」
「え、ええと、そうれはですね・・・」
中々に鋭い皇子の質問に、私は回答を頭の中で纏めようとする。
「誰か分かる生徒は居るかね?」
私が答える前に、殿下がそう言う。
その言葉に、彼の意図を察した。
殿下は既に答えを知っていて、生徒達を試しているのだろう。
「おほん!」
殿下の隣のセーラ・マクディアス卿がわざとらしく咳払いをする。
苦笑いを浮かべながら、殿下を睨み付けている。
殿下は殿下でその視線に気付いていながら、わざとらしく明後日の方を見る。
二人の間にある空気は君主と臣下と言うよりは、気の置けない友人のそれに見える。
マクディアス卿が男装をしているのもあって、男女のそれと言うよりは確かに男同士の友達のそれだ。
マクディアス卿の咳払いに反応してか、アイラさんが静かに手を挙げた。
「え~、では、アイラさん」
私が彼女を指名する。
「はい。確かに平坦な農地であれば雑草を全て取り除けば、作物に無駄なく肥料が行き渡りますが、傾斜地では草の根が張っていないと、雨が降った時に土壌と共に肥料も流れ出してしまうので、草を生やしておくのが合理的です。肥料の一部が草に取られてしまいますが、草刈りをして土に返す事が出来ます。草が成長する事で有機質も増えるので、得になる場合もあります」
立ち上がったアイラさんは、授業なので教室の正面を向いてスラスラと回答する。
「うむ。良い回答だ。諸君、我が国の国土は広い。地域によって最適な方法は違う。基礎を学び、それを応用して欲しい」
レオンハルト殿下はアイラさんの回答を褒めて、クラスのみんなを激励する。
アイラさんはチラリと後ろを振り返って、軽く一礼してから着席した。
殿下のお言葉に特に感激する訳でもないクールな態度だ。
皇子は鷹揚に頷き、マクディアス卿は特に叱ったりもしない。
なんか良く分からない空気だけど、私は授業を再開する。
ヴァインをお供に付けてアイラが登校して行ってから少しして、レオンハルトが我が家に迎えに来た。
馬車に乗り込んで、カーラ妃もクラリス妃も乗っていない事に気付く。
「二人とも別の用事があってな。君としては残念かもしれないが、勘弁して欲しい」
皇子殿下が私に謝る。
今日の授業参観は、私、セーラ・マクディアスの都合に合わせてくれているので文句を言う筋でもない。
むしろ、奥方達の都合の悪い日を指定してしまって、私の方が恐縮する。
「他人の妻に懸想するほど飢えてもいないよ」
私はそう返す。
彼は何かと私に便宜を図ってくれるが、少しうざい気もする。
私が彼になびかない事は二十年も前に分かっているだろうに。
たとえ相手がこの国の第一皇子であったとしても、私は自分の主義を変えるつもりは無い。
学校に着き、それぞれの子供のクラスに向かうかと思えば、彼は私の方について来た。
その上、授業を遮って質問をする。
内容は以前私の領地に視察に来た時にしたものと同じだ。
その時私が答えているから、答えは知っているはずなのに。
「おほん!」
私は咳払いをして、彼を睨み付ける。
どうやら、うちの娘に回答させたい様だ。
果たして、アイラが手を挙げて模範的な回答をする。
別に私が彼女に教えた訳ではない。
どちらかと言うと、この話はアイラの実の母親から私が教わったものだ。
レオンハルトが、我が娘を褒める。
これで、彼女の株も上がるだろう。
親切心でしてくれているのだろうが、時々やり過ぎる事も有る。
お陰で、私が皇子に取り入ってマルスハイトを横領しようとしているなんて噂も立つのだ。
アイラはチラリとこちらを見てから、席に着く。
顔は父親似で、私の好みでは無いが、その雰囲気にかつての友の面影を見た。




