3-9
「アイラ・マクディアス!これで、勝ったと思わないでくださいまし!」
二年生の先輩が私を指差して、そう言う。
半日掛けて土嚢を積み続け、川の両岸の氾濫の危険がある場所の対処は概ね完了した。
馬車に乗って、学校に帰る直前に、またあの先輩がやって来たのだ。
精霊甲冑は格納しているので、執事服のお付きの人に傘をさしてもらっている。
確か侯爵令嬢だったっけ?上級貴族なので、学校のじゃなくて自前の馬車で使用人も連れて来ているみたいだ。
うちは貧乏男爵だから、私個人が使える馬車は無い。
有れば、ヴァインを堂々と連れて来ることも出来たのだけど。
それはともかく、ジャンヌさんだったっけ?彼女の服装が学校の制服ではなく、ジャージに成っている。
学校を出た時は他のみんなと同じ制服だったと思うけど、着替えたみたいだ。
どうやら、流されて来た牛の救助の為に精霊甲冑で川に入ったところ、濁流に足を取られて転んだらしい。
水陸両用の精霊甲冑とかでない限り、通常の精霊甲冑の外装には割と隙間が有って、水に入ると浸水してしまう。
そうでないと、操縦席の換気が出来ないからだ。
ウェンディのアクア・パールは密閉された操縦席とそこに空気を作り出す魔法装置が組み込まれている。
逆に、普通の精霊甲冑は胸の部分まで水に浸かる事なんて殆んど無いので、そう言った装置は省略されている。
でも、一見密閉されている様に見えるので、勘違いして水深の深い場所に入って、溺れてしまう人は偶に居るらしい。
「へくしっ!!」
一応、濡れた服は着替えているけど、体を冷やしたのか、先輩はくしゃみをする。
「大丈夫ですか?」
一応、気遣う振りをする。
「五月蠅いですわ!とにかく、納得できませんわ!再戦を申し込みます!」
そう言われるが、私には再戦する理由なんかない。
勝ちが欲しいのなら幾らでも譲るが、そう言ったら言ったで、相手は更に怒るだろう。
「まあ落ち着き給え、クレイトン嬢。今日は皆疲れている。そう言った話は後日と言う事にしないか?」
老執事に傘をさしてもらいながらやって来たイザーク皇子がそう言う。
「う、で、殿下がそうおっしゃるのなら・・・」
彼の言葉に、先輩は渋々矛を収める。
やっぱり身分の違いは絶対だ。
怒りからなのか、それとも風邪でもひいたのか、彼女は顔を赤くして自分のクラスの方へと戻って行く。
「ところで・・・」
先輩を見送った後も戻らず皇子が口を開く。
「例の銀色の精霊甲冑のメダルを持ってないか、イザーク殿下達が調べて回ってたけど、結局見付からなかったんだよな」
帰りの馬車の中、ミシェルがそう言う。
彼の言う通り、あの場に居た生徒達すべてがボディチェックを受けた。
グラン・ヴァインを操縦すると、耐えがたい息苦しさを感じる為、時々外の空気を吸う必要がある。
グラン・ヴァインは陸戦型の精霊甲冑ではあるけど、操縦席は密閉式である。
お陰で、水中に入っても濡れることは無い。
もちろん空気を作り出す魔法装置も有るので、窒息することは無いのだけれど、物理的な窒息感ではない得体の知れない息苦しさだ。
お陰で、私の制服姿を他の人達に見られている。
顔は隠していたけど、アレの操縦者が騎士学校の女生徒なのはバレているのは確実だ。
その為、特に女子生徒の持ち物チェックは念入りに行われた。
普段使っている精霊甲冑以外のメダルが無いかの確認だ。
一応、ボディチェックは女子生徒同士でしたけど、気分の良いものではない。
そこまでしても、グラン・ヴァインの格納形態は発見されなかった。
本人が雨の中を走って帰っている途中なのだから、見つからないのは当たり前なのだが。
ヴァインを一人で帰らせておいたのは正解だったと思う。
「男子までチェックしたのはなんでだろうな?乗ってたのは女子だったんだろう?」
ミシェルがそう言う。
「女装した男子って可能性もあるからだろう?」
別の男子が茶化したように答える。
「その可能性も無い訳じゃ無いけど、アレの関係者が一人とは限らないからだろう。操縦者が女子と言う固定観念を逆手に取って、協力者の男子に一時的預ける事も考えられる。まあ、見つからなかったって事は何か特殊な方法で隠したか、さもなければ、今回派遣されて来た俺達の中には居ないって事かもしれないけど・・・」
ジルベールが色々と推察する。
本当の事を知っている私から見ると見当外れな憶測も混じっているが、論理的に推理を組み立てている。
知り得る情報が少なすぎて、真実には到達出来そうにないけど、仮定は仮定として置いておいて、断定も否定もしないのは良い事だと思う。
その理性的な判断は、ちょっと私達と同年代とは思えないところがある。
そこを見込んで、リーダーを押し付けたんだけどね。
「決定的証拠が無いんだから、憶測を重ねてもしょうがないでしょ?」
私はしれっとそう言う。
「・・・それもそうか」
みんな納得した様で、私はこっそり胸を撫で下ろす。
ただ、ウェンディだけが少々不満そうなのが気になったりもする。
「そ、そう言えば、お腹減ったね」
私は無理矢理話題を変えた。
「そうだな、学校に戻ったら学食で何か食べるか?」
ミシェルがお腹の辺りを手で押さえて、そう言った。
「ああ、あそこの天ぷら蕎麦が美味いんだよな」
ジルベールが応える。
アレが好きとは気が合うかもしれない。
ただ私は、ヴァインが無駄に蕎麦粉を大量に買ってきたお陰で、食傷気味だけど。
「あれか?不味くは無いけど、お腹に溜まらない感じがイマイチなんだよな」
ミシェルはそう言うが、女子としてはそこは良いところだ。
「あのスープが美味しいんだよ。発酵した豆のソースを使っているのは分かるんだけど、それだけだと、うちで作ってみても上手く行かないんだよね」
私がそう言う。
「ああ、あれは鰹節とかで出汁をとらなきゃ」
「カツオブシ?」
ジルベールの言葉に私は聞き返す。
変に物知りだと思っていたけど、あのスープの作り方まで知っているとは。
でも、これであの味をうちでも食べられるかもしれない。
「学食で出されてるくらいだから、帝都の商店でも売ってるんじゃないかな?鰹節ってのは魚の身をカチコチになるまで乾燥させたものだよ。それを薄く削って出汁をとるんだ」
ジルベールが説明してくれる。
「え?あれって魚から作られてるの!?」
私は驚愕の声をあげる。
私は魚が苦手だ。
「え、ええと、そうだけど・・・なんかゴメン」
彼が謝る必要も無いのだけど、私の顔を見た彼がそう言う。
どうやら、かなり絶望的な表情をしていたみたいだ。
いや、魚は嫌いだけど食べられない事は無いし、あのスープは純粋な旨味だけで生臭みも無くて好きだ。
ただ、何と言うか、今まで好きだったものの意外な正体を知って、びっくりしてしまったのだ。
馬車の中に沈黙が落ちる。
今日は領民の為に一生懸命働いていたのに、食べ物の話でこんな雰囲気になるなんて、バカみたいだ。
雨はいつの間にか上がっている。
馬車の窓から外を見ると、東の空に虹が掛かっていた。
まだ濡れている轍の水を跳ねながら馬車は進んで行く。




