3-8
「ふう・・・」
転送魔法の目眩にも似た感覚から抜け出して、私は溜息を吐く。
今私が居るのはバロン・ルージュの操縦席だ。
少し前の改修の時に、緊急脱出用転送魔法の転送元魔法陣の他にも転送先魔法陣を機体に仕込んでおいたのだ。
これによって、バロン・ルージュから外に脱出することも出来るし、逆に外から中に入る事も出来る。
この作業は工房主任のポール・レガートさんが一人でやってくれた。
もちろん、他の人には内緒である。
あの人はお母様に恩があるらしく、秘密は守ってくれると約束してくれた。
そして、対になる転送先はグラン・ヴァインの操縦席に設定されている。
こちらの方の改修はヴァインが自分で行ったそうだ。
熟練の魔法技師にしか出来ない事を、しかも自分の体内に施せるなんて、精霊ってすごいと思う。
ともかく、これによって私はバロン・ルージュとグラン・ヴァインの間を他の人に悟られずに移動する事が出来る様になった。
出来たら便利だなと思ってたけど、こんなに早く使う事になるとは。
ウェンディが川に流されたと聞いて、私はメダル状態のヴァインをこっそりとバロン・ルージュの外に放り出した。
周りにはクラスメイト達の精霊甲冑が居たけど、みんな川の方に気を取られていたから、気付かれる事は無かった。
メダルから人間形態に戻ったヴァインはこっそりと少し離れた場所に移動し、そこで精霊甲冑形態に成り、私はその中に転移したのだ。
そして、ウェンディを助けた後、バロン・ルージュに再転送されて戻り、ヴァインは人間形態になって、森の中を走って逃げてる。
雨の中、走るのは大変かもしれないけど、まあ、ヴァインは人間じゃないから良いかな?
そのまま、帝都のお屋敷まで帰って貰う事になっている。
「バレてないかな?」
バロン・ルージュの映像板から外を見て、クラスメイト達を観察する。
私が中に居ない間、バロン・ルージュは動けなかったけど、人が乗っていても待機状態の精霊甲冑はピクリとも動かないので、不審に思われる事は無いと思う。
ここに居るのは男子生徒だけなので、普段私に話し掛けて来る人も居ない。
川の方での騒ぎに続いて、近くにいきなりグラン・ヴァインが出現して、川の方に跳んで行ったから、男子達だけでワーワー騒ぎ立てている。
私がバロン・ルージュから抜け出してウェンディを助け戻って来るまでの時間はほんの数分程度だった。
どうやら、誰も気付いてはいないみたいだ。
帰りの馬車の中で、みんな疲れた顔をしている。
精霊甲冑で作業したのだから肉体的疲労はあまり無いのだが、やっぱりその操縦には神経を使うから気疲れしてしまう。
特にアイラとウェンディがぐったりしている。
ウェンディの方は分かるが、アイラの方はなんでだろう?
地味な作業に見えて土嚢造りは器用さを必要とする大変な作業だからだろうか?
実際、彼女が一番沢山の土嚢を作っていた。
それはそれとして、精霊甲冑で溺れかけたウェンディの方が大変だっただろう。
「済まない。無茶をさせてしまった」
流されていた牛の救助を頼んでしまった俺、ジルベールは彼女に謝る。
「気にしないで。行けるって判断したのは私だよ」
ウェンディはそう言ってくれる。
だが、結果的に助かったとはいえ、それは謎の銀色の精霊甲冑と言う不確定な要素によってなされている。
これが俺の前世の現代日本であれば、かなりの責任問題になっていただろう。
自分達が学生な事も有るが、そこら辺が緩いこの世界にも感謝するべきだろうか?
「そんなに自分を責めないで」
アイラもそう言ってくれる。
俺をリーダーに指名した責任感からだろう。
「そうさ、お前のお陰で、二年生との勝負に勝てたんだし」
ミシェルがそう言う。
彼の言う通り、土嚢積み対決は俺達と言うかアイラの勝利になった。
俺の前世で会社勤めをしていた時の経験が活きたみたいだった。
段取りを付けて、各人の能力・適性を見極め適材適所に役割を振るのには、それなりの経験が要る。
騎士学校に入学して二か月ほどだが、それだけあればクラスメイトの技能と性格も把握出来る。
それもこれも、人生二度目だから出来る事だ。
簡単そうに見えて、事実、二年生の彼女達含めて、他のクラスの人達はイマイチ出来ていなかった。
作業を分担するくらいはしていたけど、俺が地味だけど一番の作業のネックだと考えた土嚢造りに熟達者を充てた奴は他に居なかった。
「最初は半信半疑だったけど、君にリーダーを任せて良かったと思うよ」
クラス委員の男子もそう言う。
みんなから褒められて、少し良い気分になった。
それほど大したものではないと思っていた前世の経験が活きたのだ。
しかし、良く考えるてみると、本当に凄いのは俺の能力に目を付けて、リーダーに推薦したアイラではないか?
自他ともに認める目立たない一生徒のはずだと思っていたのだが、良く見抜けたものだ。
俺自身、今までこの能力を特別なものだなんて認識していなかったのにだ。
その上、もし彼女がリーダーで全体を見回さなければいけない立場だったら、あの、脅威的なスピードでの土嚢造りは出来なかったはずだ。
他人を信頼して判断を任せ、一つの駒として働くなんて、簡単に出来るだろうか?
ただ下っ端体質で命令に従うだけの奴は居るだろう。
だが、自分で物事を判断できるだけの知恵が有り、その上で全体の最適化の為に敢えて一兵卒に甘んじられるなんて、人生二周目の俺でも出来ない。
いや、これは経験によるものじゃなくて、気質的なものだろう。
二回の人生経験を以っても、敵わない相手が居る。
脱帽すると共に、少し面白いと思った。
「でも、私を助けてくれたあの精霊甲冑、結局誰だったんだろう?」
ウェンディが話題を少し変えた。
彼女の表情が、恋する乙女の様に成っている。
確かに、自分をピンチから救ってくれた相手に感謝するのは当たり前だが、あの銀色の精霊甲冑の操縦者は女性だったという話ではないか?




