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今日も外は雨だった。
ここ数日雨が続いていて、今は精霊甲冑の実技の時間なのだが、グラウンドが使えず教室での自習に切り替わっている。
俺の名はジルベール・サザーランド。
特にチートとかは持たない転生者だ。
ただ名前だけは、ちょっとかっこいいと思う、
まあ、この世界では普通な名前なのだろうけど。
この感覚は転生前の茂武園一のものだ。
教室の窓際の席で、外を見ながらぼんやりとそんな事を考えている。
ここで、少し深刻な問題を考察したい。
つまり、この俺はこの世界に生まれて来るはずだったジルベール・サザーランドの魂を押し退けて茂武園一の魂が替わりに入った者なのか?
それとも、この魂はあくまでジルベール・サザーランドのもので、ただ茂武園一の記憶だけを持っているのか?
どちらなのか?
『我思う故に我在り』とは言うが、思考にはそれまでの記憶が大きく影響を及ぼす。
別に難解な思索を巡らせるとかでなくても、普段の言動に於いて、以前のこうしたら上手く行ったからまたこうしようとか、逆に失敗した経験が在るから、今回は違う様にしようとか有るだろう。
前世での記憶は大分落ち着いて来て、かなりの部分を思い出すことが出来ている。
そのお陰で、このジルベールの年齢にしては同年代の人よりも上手く立ち回れている部分もある。
記憶により人格が規定されるなら、前世の記憶を持つ俺はジルベールの身体を乗っ取った前世の園一だ。
しかし、逆に前世とこの世界の常識の違いにより失敗する事も何度か有った。
その度に、この世界に馴染む様に常識を書き換えてもいる。
それは、前世の記憶が無くても、ジルベールとして育つ過程で、覚える事でもある。
その意味で言えば、俺には前世の記憶が在るが、それはそれとしてこのジルベールとしての人生を送ってもいる。
記憶に寄らないその人の人格と言うのも有るのだろうけど、前世ではごく平凡な性格だった俺には記憶と人格の切り分けは難しいのかも知れない。
それに肉体年齢によっても、色々と違う。
歳を取り、経験を積むことで人は落ち着いて行くと思うかもしれないが、ただ単に歳を取った事で、若い頃の様に活発に動けなくなっている事も多い。
前世でおっさんだった頃は雨が降る様な低気圧の時は体の節々が痛くて仕方なかったが、今の若い体だとそれが無いだけで、自由に動ける。
それによって、気分とかやる気とかも大分違う。
教室の中に目をやると、例のアイラ・マクディアスが他の女子とまったりとおしゃべりをしている。
普段はきっちりと優等生をしているが、今は普通の女子だ。
まあ、前世のおっさんだった俺の様に天気で体調が変わっている訳では無さそうだけど。
「すいません!ちょっと席に着いてください!」
急に、教室の扉が開いて、担任のリサ先生が入って来た。
新任の若い先生だ。
前世の俺からするとまだまだ小娘に見えるが、今の自分からすると年上のお姉さんだ。
どう言う目で見て良いのか混乱する。
「帝都近郊の街から、騎士学校に対して支援要請がありました。次に呼ばれた生徒に校外での奉仕活動をお願いします・・・」
急いでいるのか、教室内の全員が席に着く前に先生が話し出す。
「川の氾濫ですか?」
何時もと違う深刻な顔で、ミシェル・ワイスマンが質問をする。
「そ、そうです。いえ、まだ氾濫はしていませんが・・・確か、支援要請をしている街にワイスマン子爵領もありましたね」
リサ先生が答える。
帝都は内陸部に在り、幾つかの河川に囲まれている。
大陸随一の人口を誇る大都市である為に水利は必須であるが、それは同時に水害の発生という危険性も伴う。
流石に、帝都の中心を流れる部分には十分な治水工事が施されているが、周辺部まで行くとその限りではない。
ミシェルが予見した様に、彼の領地でも十年位前に大きな氾濫が起きている。
ここ数日の春の長雨でその危険性が再び高まっている様だった。
その為に周辺地域の領主が川岸に土嚢を並べる作業の応援を騎士学校に要請して来たのだ。
土木作業用ゴーレムもあるが、緊急時に急いで集めるよりは、精霊甲冑を大量に保有している騎士学校に頼んだ方が良いという判断だろう。
つまりは、あれだ、自衛隊の災害派遣みたいなものだ。
帝国軍にも多くの精霊甲冑乗りが居るが、その多くは辺境部に駐屯している。
帝都の護りである近衛騎士隊はもっと緊急性の高い地域に派遣されていて、俺達学生は比較的の安全な近場の地区へ向かわされるらしい。
それでも、精霊甲冑の訓練を始めたばかりの一年生は足手まといになる可能性もあるので、全員ではなく特に優秀な者だけに依頼された。
複数台の馬車に分乗して、現場に移動中だ。
この馬車に乗っているのは、当然の様にC組どころか一年生でもっとも実力が有ると目されるアイラ・マクディアスとそれに及ばなくいまでもクラス上位の実力者が四人。
そして、派遣先が地元のミシェル・ワイスマン、洪水対策という事で水陸両用精霊甲冑を保有するウェンディ・マナドも乗っている。
ここまでは良いだろう。
しかし、精霊甲冑の習熟度ではクラスで下から数えた方が早いような俺、ジルベールまで何故乗っているのか?
「なんで、俺まで来る様に言ったんだ?」
俺は恐る恐るアイラに聞く。
最初、リサ先生から呼ばれたメンバーに俺は入っていなかったが、俺も加えるように進言したのは先生から事情を聞いたアイラだ。
「ジルベールにはみんなのまとめ役をやって欲しいの」
彼女がそう言う。
「まとめ役?」
「そう、リーダーね」
「リーダーって、それはアイラがやれば良いだろう?」
彼女の言葉に俺はそう言う。
どう考えても、この中で一番の実力者である彼女がリーダーに相応しいだろう。
「なに?不満?」
アイラが俺を睨む。
前の人生でもそうだったが、この人生でも俺はなるべく目立たない様に生きていきたい。
だから、そう言う目立つ役はやりたくないのだが・・・
元からの脇役気質なのだ。
だが、だからこそ、彼女の様な自分の意志を強く持っている様な主役体質の人間に逆らうの事も難しい。
なし崩し的に、俺は了承するしかなかった。




