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第六話:乾燥地帯の溺死体

「これは、また奇妙なことで…」


「・・・」


赤土色の石床の上に横たわる死体の傍に一組の奇妙な人間がいた。片方は目を開けることも難しい空っ風のなかでも網膜を刺すほどの鮮やかな蒼色の制服に身を包んだ男、もう片方は性別はおろか人相や体格も一切分からないぶ厚い防護服に覆われた異常と呼ぶに相応しい出で立ちをした人間だ。蒼色の制服に身を包んだ男――ルイが綺麗な一本結びの長髪を風に煽られ、視界を塞ぐのを鬱陶しそうに払い退ける。そうして死体を観察しながら、調書にまた不気味なイラストを描き込んでいく。その様子を眺めながら、異常な出で立ちをした人間――シャーロットが不機嫌そうに口を開いた。


「なんで私まで付き合わされているんだ」


「いやー、迷宮で起きた事件なので。やっぱりシャーロットさんに相談するべきかなと」


「捜査後の死体の掃除は私の仕事だが、捜査中の死体の検分はお前の仕事だろう。呼びつけるなら、捜査が終わってからにしてくれ」


「そうなんですけど。今回見つかった死体は僕でも分かるくらい不自然な点が多くて、迷宮の専門家のご意見を伺いたく・・・」


ルイの言葉にシャーロットがため息を吐く。


「私は迷宮の専門家ではない。ただの掃除屋だ」


「でも、前回の事件なんてシャーロットさんが居なければ、ただのモンスターの殺傷事件ということで片付いていましたよ。真相が判明することは永久的に無かったでしょうね」


前回、風の魔法使いが『断熱圧縮』という科学知識を駆使し、空間の温度を急上昇させて熱殺した死体を火のモンスターの仕業に見せかけた事件。一人一系統の魔法しか覚えられない世界で、他の系統の魔法による犯行に見せかけたトリックは、悔しいがルイたち警察には一生かかっても見抜けなかっただろう。


「前は余計なことをしてしまった。後悔しているよ。今日もわざわざ防護服を着てくる羽目になった」


シャーロットがぶ厚い防護服による緩慢な動きで、腕を組む。見るからに重装備の出で立ちは、脱ぎ着するだけでも大変そうだ。


「そういえば、なんでシャーロットさんはそんなに重装備なんですか?冒険者は、もっと軽装で迷宮に潜っていますよね?」


「迷宮は高湿度の空間に死体が放置されていたり、血が飛び散っていたり、不衛生だからな。通路が汚いのはもちろん、空気中に人体に良くない細菌が飛んでいることもある。だから、隊長が迷宮には入るときには必ず防護服を着ていけ!とうるさいんだ」


「えぇぇ!僕は初耳なんですけど!なにも装備していないんですけど、大丈夫ですか?!」


ルイが大騒ぎをしながら、慌てて両手で口を覆う。口だけしか覆っていないため、鼻は丸出しなのだが、本人の顔はいたって真剣だ。


「冒険者たちも普通に活動しているし、大丈夫なんじゃないか・・・・たぶん」


「いま、たぶん。って言いましたね!たぶん、って!」


「いいから、さっさと捜査を進めろ。両手が塞がっていては、調査ができないぞ」


「なにか予備の装備とか・・・」


「ない」


「言い終わる前に否定しないでください!」


あーだこーだ言い争いながらも、どうにもならないと諦め、ルイは大人しく捜査に戻った。目の前の死体は口や鼻に水が少し溜まっているのが見え、それぞれ穴の横にはきめ細やかな泡が付いている。普遍的な溺死体だ。


「この乾燥地帯に住むモンスターに溺死させられたってことは、ありますかね?」


ルイの疑問にシャーロットは首を横に振る。基本的にモンスターは、生息する場所に適した能力を持つ。例えばここの乾燥地帯ならば、水分・栄養を体内に貯蔵する機能と乾燥から身を守るためのぶ厚い皮膚を持っていることが多い。そうして蓄えた貴重な資源をすべて自身で効率的に活用するためだ。


「ここには水を放出して攻撃するようなモンスターはいない。強いて言えば、スライムくらいか?」


「スライムですか?彼らって水系の魔法が使えましたっけ?」


シャーロットはスライムと答えたが、ルイは今一つピンときておらず、首を傾げる。ただ、体当たりするだけのモンスターが人を溺死させられるとは到底思えない。ルイの不思議そうな表情を読み取り、シャーロットが説明を続ける。


「基本的にスライムは体当たりで攻撃するが、体長約2Mにもなるスライムの集合体・ギャザースライムだと、体当たりした際に人が丸ごと体内に入ってしまうケースもある。出られないと、水分がたっぷりの体内でそのまま溺死してしまうな」


「・・・意外に怖い攻撃方法ですね…。キングスライムかー。あり得そうですか?」


「自分で言っておいてなんだが、乾燥地帯で出会うことはまずないな。ここでは、スライムの体は水分が蒸発して、すぐに萎びてしまう。だから、そもそもスライム自体が生息していない」


「じゃあ、ここの階層には人を溺死させられるようなモンスターはいないんですね」


「そうだな」


「・・・モンスターの可能性は低い。ということは水系の魔法使いが犯人と考えるべきでしょうか。発見者によると、発見時の死体には口や鼻から水がこぼれているほど水分が詰まっていて、どう考えても溺死させられた感じだと言うんです。調べたところ、とくに外傷もなく、窒息死した跡も残っていますし」


乾燥地帯で水死体を見つけたと通報があったのは数十分前。あわてて駆けつけたものの、乾燥地帯ということもあり、ルイが見た時には死体は少し乾燥していた。発見したというパーティーに話を聞いてみたが、彼らが見つけた時には服や体全体が濡れていて、誰かが溺死体をここまで運んできたんじゃないかと思ったという。


「これは、なんだ?」


シャーロットが屈んで、死体の顔を覗き込む。視線の先には、口の脇や鼻の穴の横に、きめ細かい泡がもこもこと泡だって付いていた。


「それは泡沫塊ほうかいですね。溺れる過程で、肺内の空気と水が混ざり合ってできた泡状の粘液だと思います。これが出るのは珍しいですね。溺死体の約半分の割合でしか出ないんですが」


ルイがすらすらと答える。


「よく知っているな。さすが警察だ」


今までの間抜けさがウソのようだ、というシャーロットの言葉に、ルイは拗ねたような顔をする。


「さすがに警察学校で勉強しましたからね!でも、ちょっと気になることがありまして・・・」


「気になること?」


ルイは死体の口元にある泡を指さして答える。


「ちょっと泡がきめ細やかすぎる気がするんですよね。気のせいだと言えば、それまでなんですか。普通はもうちょっと荒い泡がぶくぶくと噴いているものなのですが」


その言葉に、じっと何かを考えこむようにシャーロットのヘルメットが数秒間、死体の口の泡へと向く。口の端に付いた泡は間が経って少し乾燥しているはずなのに、驚くほどきめ細やかで、まるで今さっき立てられたばかりのような弾力がある。その不自然な点がシャーロットの強い探求心を引き付けたらしい。やや時間を置き、じっくりと死体全体の観察を始めた。


「皮膚がまったくふやけていないな。水場で溺死して沈んでいたわけではなさそうだ」


「そうなんです!通報を受けて僕が現場に駆け付けるまでの数十分で完璧に乾いたわけではなさそうですし、もし水場に長時間つかったあとに乾いたりしたら、ふやけて膨らんでいた皮膚組織から水分が抜け、急速に収縮・硬化して、亀裂が入っていたり、ボロボロとはがれやすくなっているはずです。ですが、この死体にそんな様子もないんですよねー。皮膚も乾燥して茶色くくすんだりしておらず、綺麗な白色のままです」


死体は白い皮膚に茶髪が生えた男性だった。体全体が湿っていた状態で高い乾燥状態の空間に置かれたためか、多少皮膚がつっぱってはいるものの、そこまで荒れている様子もなく綺麗な見た目をしている。シャーロットが食いついてきたことに、ルイは喜びを抑えきれずニコニコとしながら補足説明をする。まだ、この迷宮区域に配属されて日が浅く、モンスターなどの知識が少ない。前回、高度な知識と明瞭な推理で犯人をあぶり出したシャーロットと一緒に捜査が出来て、心強いのだ。


「死体から溢れた水については調査したか?」


「しました!簡易検査キットで調べたところ、真水でしたね」


「ほかに外傷は?」


「溺死して苦しんでいるときに、自分で搔きむしったのか、首のあたりに爪で強く引っ搔いた跡があります。そして被害者の爪のなかに、肉片と血が詰まっていました。これも被害者の肉と爪だと判明しています」


「ふむ。・・・じゃあ魔力の痕跡について見せてもらおうか」


「分かりました!・・・追跡者のトレース・タクト!」


ルイが死体へ魔力を流し込むと、死体の全身から青白く燐光が立ち上った。燐光は全身から均一に光っており、特に口と鼻がひと際輝いている。


「これはなんでしょうか?」


ルイが指した先は、死体から直径30センチほどの周囲の床に点々とした雨粒のような魔力の痕跡が浮かんでいた。まるで雨でも降ったかのような跡だが、雨粒よりもだいぶ細かく、ゴマが散らばっているみたいだ。


「・・・」


シャーロットは答えない。なにかを考えているのか、ぶ厚い手袋で包まれた指でヘルメットの下の方をさすりながら、じっと痕跡を見つめている。ややして、シャーロットが口を開く。


「これは――」


「これは――?」


まさか、もうこの不自然な死体の犯人が分かったのか。とルイが固唾を飲んで、次の言葉を待つ。


「分からん」


「えぇ――!」


ルイは思わずその場に崩れ落ちてしまう。これだけ言葉を溜めて分かったのかと思いきや、期待とは反対の言葉に全身から力が抜ける。


「やっぱり、発見時の死体の状況や魔力の痕跡から考えるに、水の魔法使いに全身を水魔法で包まれて溺死させられたんですかね。死体から出てきた水が真水であることとも辻褄が合いますし・・・」


「・・・・」


気を取り直してルイが言葉を続けるも、シャーロットは答えない。ふと頭を上げると、死体の周囲にドライサボテンが数本自生しているのがヘルメットに映った。


「ん?」


シャーロットが立ち上がり、ドライサボテンに近づいていく。周囲には、死体を囲うように互いに数十センチの距離を開けてドライサボテンが数本自生していた。ただ、どれも緑色の体表がしわしわに萎びて立ち枯れている。シャーロットは手元のパネルを操作し、ノズルの一つをナイフに変えると、ドライサボテンの上の方を切り取った。切り口は熱を帯びたようにわずかに変色しており、サボテンの中身は水分が一切なく、繊維がズタズタに引き裂かれ、スカスカの空洞になっている。皮の上から触ると中身のない表面だけの風船のようにペコペコと凹んだ。


しかし、この立ち枯れている現象は死体周辺のドライサボテンだけらしい。死体から離れた場所にあるドライサボテンは、見た目からも水分や養分を蓄えているのが分かるほど、内側から体表がピンと張っており、シャーロットがナイフで一部を切り取ると同時に切り口から水が噴き出してきた。


「まぁ、ここで調べられることはやりました。では、聞き込み調査に行きましょう!」


手に持った2つのドライサボテンの欠片を見つめて立ち尽くしているシャーロットにルイが後ろから声をかける。一緒に行ってくれないだろうと思いつつ、期待を込めて心持ち明るめの声を出している。


「あぁ、そうだな」


2つのサボテンの欠片をそっとポケットに入れて、シャーロットが頷く。てっきり断られると思っていたルイはその従順な返事に驚いて目を丸くした。

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