第四話:真相の行方
パンを食べ終えたルイとシャーロットは再び迷宮へ戻った。
「シャーロットさん、なんで一人でパンを4つも食べちゃうんですか!」
「・・・」
自分は1つしか食べれなかった、とルイが文句を言うも、完全に無視されている。確かめたいことがある、と足早に歩くシャーロットと一緒に死体の元へ戻ると、パンの香ばしい余韻が死体の生臭さに一瞬で塗り替えられる。
「警察。悪いけど、もういちど追跡者の掌で魔力の痕跡を確認させてくれ」
「・・・分かりました」
少しふてくされつつ、ルイが地面へ魔力を流し込むと、先ほどと同じく、青白い燐光が死体の全身と少し離れた地面に正円状に渦巻いている。シャーロットはその痕跡を見て、さらに深く頷いた。
「……やはり、全方位からの『壁』だ」
シャーロットがパチンッと、指を鳴らす。
「謎は片付いた(チェック・アウト)」
――それは全ての謎が解け、真相へ向かう準備のできた合図だった。
「まず、死体は高温で茹でられたような生臭い匂いがしている。ここから死体は熱を加えられたことで殺されたのは間違いない。ここまではいいか?」
「はい、なんとか」
そこまでならルイも納得できる。最初は高火力の炎で殺されたと思っていたが、そう思うように偽装された跡があることから、炎以外の手段で殺されたと考えるのも分かる。
「まず、私は高温の熱で殺されたという事実を推理の起点にした。ただ、熱で殺す方法についてはあらゆる手段が考えられるので特定のものに絞ってはいなかった。・・・お前、自転車に乗ったことはあるか?」
「はい、見回りのときに乗ったりしますね」
なぜ、ここで自転車の話が出てきたのか。ルイには分からないが、素直に頷いておく。
「じゃあ、自転車の空気を入れるとき、空気入れが熱くなった経験はないか?」
「い、いや~?そうでしたっけ・・・?」
「・・・もしかして、魔道具を使ってるのか」
「え、えぇ」
ルイの返答に、シャーロットがチッと舌打ちをする。
「これだから、すぐ魔法に頼るヤツは…。世間には、魔力を使わなくても自転車に空気を入れられる『空気入れ』という道具があるんだよ。これはピストンで空気を圧縮し、空気の通り道であるバルブの逆止弁を通って、タイヤに空気を送り込むという仕組みだ。レバーを上げると空気を吸い込み、下げるとシリンダー内の空気が圧縮されて、タイヤ内の圧力を超える力で押し出される。空気を入れるときに、気体が急激に圧縮されて熱を発生させるため、シリンダーが熱くなるというワケだ」
シャーロットが松明の一つを吹き消し、それを手に持って、松明をペン代わりに煤で床に図解をして見せる。
「これは『断熱圧縮』という現象だ。自転車の空気入れの中にあるくらいの気体の量だったら、圧縮されてもさして高温にならない。しかし―――」
そこで、シャーロットは死体を指さす。
「もし、人間を包み込むほどの大きな筒の中で、同じ現象が起きたらどうだ?筒の中の空気の体積は数百倍にまで膨れ上がる。その圧倒的な量の気体が一気に圧縮されたとしたら、筒の中の温度は数千度を優に超えるだろうな」
「数千度……!?王宮の魔法使いの火炎魔法でもそんな……」
ハッとして、ルイは死体を見る。
「……それじゃ、この男は、目に見えない巨大な空気のピストンに押し潰されたって言うんですか!」
「そのとおり」
ルイの言葉にシャーロットが満足そうに首を縦に振る。
死体に残る様々な証拠。
茹でられたような匂い、ピンク色に変色した皮膚、繊維が溶けてテロテロに光っている服、そして――
「――そして、魔力の痕跡。死体から少し離れた個所に渦巻いている跡は、空気入れで言うところの大きな筒にあたる魔法の壁を作ったんだろう。そして死体の両肩と頭だけ、他の箇所よりも魔力の痕跡が濃いのは、空気を圧縮するために上から魔法で空気の壁が叩き込まれたから。だから、靴の裏がプレス機にかけられたみたいにぺしゃんこに潰れている」
たしかに死体の靴の裏は、素材が溶けて広がったように潰れていた。高熱空間で上から圧力をかけられたために変形したのだろう。
「これらの芸当ができるのは、ただひとり」
犯人は魔法を使って人為的に壁を作り、空気を上から圧縮することができた人物――
「お前がロットを殺したんだな。エア」
シャーロットともに振り返ったルイの目の前には、先ほどパン屋で出会った少女・エアが立っていた。
エアの顔には、先ほどパン屋で出会ったときの明るい面影は一切ない。暗く沈んだうつろな目で二人を見つめている。大きな瞳には、ありありと敵意が感じられた。
「お前は、ロットの周りを突風で囲んで空気の壁をつくり、そこへ上から下降気流を叩きこんだ。そうして壁の中の空気を圧縮して高温空間をつくり、中にいるロットを高熱で殺した。ここには、警察が聞き込みにきて不安になったから様子を見に来たんだな」
シャーロットの言葉にエアが顔を歪ませる。
「・・・そんな芸当、私に考え付くと思いますか?私はただの風の魔法使い。覚えているのは突風くらいで、攻撃魔法ではありません。できることと言ったら、敵の足止めくらいですよ。ロットは、サラマンダーの群れに殺されたんですよ」
エアの言葉にシャーロットは首を横に振る。
「ロットがサラマンダーの群れを見たという発言をしていたという証言は、お前しかしていない。他の人間はお前からの又聞きでそう信じ込んでいた。それに、本当にサラマンダーの群れに殺されたとしたら不思議なことがあってな」
「不思議なこと?」
「僧侶がな、焦げ跡を見ていないんだ」
シャーロットの言葉にエアはハッとしたような顔をした。聞き込みのとき、僧侶はこう言っていた。『どこも焦げていなかったので、まだ重度の火傷を負っただけなら皮膚を再生できると思いました』――と。なにかしら高火力の火を浴びたなら、死体や服に焦げ跡が残るのは必至だ。しかし、ロットが死んだ直後に死体を見た人間が、焦げ跡を見ていないと言っている。それもそうだ。僧侶が見た時には焦げ跡など、どこにもなかったのだから。
「後から思いついたのか、なんなのか。焦げ跡はダンジョンを出てから、一人でこっそりと戻って付けたんだろう?」
シャーロットの問いにエアは答えない。ただ、肩を震わせている。
「焦げ跡を付けるタイミングを間違えたな」
「なんで…」
エアが顔を伏せる。杖を持った手が、小刻みに震えていた。ルイがシャーロットの前に立ち、臨戦態勢に移る。
「なんで分かったのよぉおおおおおおおおおおお!」
絶叫とともに、エアが杖を振り上げた。ルイが彼女へ向かって走り出し、距離を詰める。しかし、
「風よ、私を導け。風よ、私を推し進めろ。ウィンドブレイク!」
魔法発動とともにルイとシャーロットの周りに突風が吹き荒れ、ぶ厚い風の壁がルイの行く手を阻む。莫大な魔力を使う代わりに、すぐに魔法を発動できる高速詠唱だ。突風は円形状にぐるぐると二人の周りを渦巻いている。
「・・・まずい、私たちもロットと同じように殺そうとしている。次に魔法を叩きこまれたら終わるな」
「なに、冷静に言っているんですか!この突風、魔力を込めた僕の脚力でも突破できるか分かりませんよ!」
ぶ厚い空気の壁は、どこにも逃げ場がない。先ほどエアは高速詠唱を使ったため、魔力消費が大きく、次の魔法を発動させるまでにはクールタイムがある。この間に突破できなければ、二人もロットと同じ運命を辿るだろう。
「そうだ、警察!身体強化魔法を使え!」
「え?」
「いいから!」
シャーロットの気迫に押され、ルイが慌てて肉体強化魔法の高速詠唱をはじめる。その間にシャーロットはタンクから伸びた二つのノズルを手に持ち、それぞれの手元にある様々なボタンをカタカタとすごい勢いで操作しはじめた。
「ウィンドブレイク!」
壁の外からエアの声が聞こえ、二人の頭上に目にはっきり見えるほど厚い空気の蓋が形成される。次の瞬間、その空気の蓋が押しつぶさんばかりの凄まじい勢いで二人に迫ってきた。閉じ込められた空間の温度が急上昇し、周囲の空気がじりじりと熱を帯び始める。
「肉体強化:テュールの鉄拳!」
「ルイ!私を抱きかかえて固まれ!」
「うおおおおおおおおおおおおお!」
間一髪、ルイの詠唱が間に合い、シャーロットを小脇に抱えて上からの圧力に耐える。蓋が迫ってくるにつれて周りの空気が猛烈な勢いで圧縮され、内部の温度がぐんぐん上がっていくのが肌に感じられる。
「掃除機!最大出力の吸引モード!」
「噴霧器!最大出力で噴射モード!」
ルイが耐えている間に、抱えられたシャーロットが先ほど茶菓子を吸い込んだノズルを自分たちの足元に当て、すごい勢いで周囲の空気を吸い込みはじめる。狭い空間で急激に空気が吸い出されたことで、その場の圧力が一気に下がり、空気の壁内の温度が急降下をはじめた。さらにもう一方のノズルから薬剤を辺りへばら撒く。液体状の薬剤は高温状態の空間で気化をはじめ、気化熱で空間の温度を奪い、急速にその場の温度を下げていく。二つの相乗効果で高熱状態だった空間は瞬く間に冷やされていき、やがて空気の壁がすべて吸い出され、二人の姿が突風の中から現れた時には、周囲の空間はすべて凍りついていた。
「はぁはぁ・・・。助か・・り・・・ましたか?」
「・・・なんとかな」
上からの強大な圧力に己の強化した筋力だけで耐えきっていたルイが、その場に崩れる。それにつられて、抱えられていたシャーロットも地面に転げ落ちた。ヘルメットが地面に当たり、ゴツンと無機質な音を立てる。エアも尋常じゃない魔力を使い切ったあとで、その場で息をしている。
「エア・・・もうあきらめろ。お前の犯行のすべてが明らかになっている」
「まだ・・・まだぁああああ!」
息も絶え絶え呼びかけるシャーロットに対し、エアは大きく息を吸い込み、再び杖を握りなおす。しかし、突如、エアの動きが留まり体がその場で停止した。周囲の空気が、まるで彼女を拒絶するように不自然に凝固する。
「え・・・?」
二人の目の前でエアの体は宙に浮いていた。まるでそこだけ無重力空間が広がっているように、杖や地面にあった小石ですら空中に浮いている。次の瞬間。
「ごがぁああああああああああああああ!」
空中に浮いたまま、エアの体は激しく痙攣を始めた。耳の鼓膜が内側からはじけ飛び、耳の穴から血が垂れる。魚のように苦しそうにパクパクと開け閉めをしている口からも大量の血が吐き出され、からだの前面を汚す。そして目は白目が剥きだしとなり、徐々に体全体ががピンク色に染まりはじめた。
「まずい!攻撃を受けている」
ルイがエアを助け出そうと走り出した。しかし、ルイが踏み出そうとした足は、空間に満ちる絶対的な威圧感に縫い付けられたように動かなかった。
「あなた、契約違反よ。死になさい」
どこからか氷のように冷たい透き通った女の声が空間に響く。この世のありとあらゆる温かみの感情をそぎ落としたようなゾッとする声だ。まるで耳元で囁かれたかのように、脳に直接響く。その声が聞こえたと同時に、エアの体がひときわ大きく痙攣したかと思うと、からだが一瞬で真っ赤に茹で上がり、二人の目の前で地面に落下した。
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