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迷宮(めいきゅう)のシャーロット  作者: 有馬 泉貴
持たざる者たちの狼煙

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第十八話:呪詛の結末【前編】

講義棟の横にある庭園の木のひとつに首つり死体はぶら下がっていた。ルミエールの指示で、訓練生たちの手により慎重に死体が降ろされる。つり下がっていたのは例の怪奇現象に遭っていたグループの一人らしい。とっくに息を引き取った遺体の顔は血の気が引き蒼白で、口が開いて押し出された舌の先端が歯の隙間から少し飛び出しているせいで、人を小ばかにした表情をしているようで少し滑稽だ。その足元には質素な木の椅子が転がっていた。


「バウアー教育長!木の下にこんなものが!」


訓練生の一人が手に白い紙と小石を握り、こちらに駆け寄ってくる。聞くと、この紙が死体の足元に風で飛ばないように小石で重しをして置かれていたのだという。紙の中身は遺書だった。中には、サンジェルが亡くなったことにより今までの悪事が父上に露見する可能性があることで、身分はく奪により平民へと落とされるかもしれない恐怖に怯える心中とそれに耐えられないので自ら命を絶つということが、ミミズがのたうち回ったような汚い字で綴られていた。


『サンジェル様が死んで、俺たちは後ろ盾を失った。これまでの所業が御父上に知れたら、勘当されてしまうだろう。平民なんかになったら生きていけない。そうなる前に、俺はこの世を去ります。 レイナルド』


「レイナルド…」


ルミエールが幽鬼のように青ざめた顔で、紙を指先が白くなるほどぎゅっと力強く握りしめる。彼の受け持つ生徒が昨日に引き続き死んだのだ。立て続けにこんなことが起こるなど誰が予想できたのだろう。次に、木の足元に横たえられた死体を見ていた訓練所の医務官が難しい顔をしてこちらに戻ってくる。


「外傷はとくになく、首を吊ったときに頸椎が折れて即死したようです。自殺とみて間違いないかと。これ以上のことは専門にしている検死官に見てもらわないと…」


「うぅむ...」


医務官からの報告にバウアーが思わず唸る。より正確な情報を得たいところではあるが、モンペリエ卿と一緒に来た検死官に頼むのは危うい。卿にこのことが知れたら、ただでさえ崖っぷちにある学園の立場がさらにまずいことになってしまう。バウアーが眉を八の字にさせて顔を曇らせていると、ルイとシャーロットが周りの様子を気にすることなく死体の左右にすっと腰を下ろした。シャーロットの防護服が硬い擦れ音を立て、ルイの上着が引き締まった背中の筋肉に沿って微かに張る。


「あなた方は検死もできるのですかな?」


「警察学校で習いましたから、簡単になら見れます。ただ、詳しいことは流石に判断がつきませんが...」


「死体はよく見ている。専門知識を学んだわけではないが、実地で見たものと比較してみることは出来るだろう」


知識と経験。その双方からアプローチをかけるらしい。もしかしたら、検死官ほど正確ではなくとも、精度の高い情報を得られるかもしれない。


「お二方とも、頼みましたぞ」


バウアーの縋るような期待に応えるように、二人は同時に黙って頷いた。そして、どちらともなく死体に手を伸ばし、医務官が遺体からはだけさせた服をさらに開き、次々と手際よく検分を始める。


「まずは外傷を調べよう」


「首が折れていますね…。医務官の言った通り、それ以外に外傷はなし。手のひらも綺麗なものです。死の間際に後悔して、ロープを外そうともがいた形跡はありません」


「覚悟を決めて自死に至ったのかもしれない。…身分はく奪の可能性ごときで死ぬなんて貴族様は軟弱だな、覚えておこう。次に硬直具合」


「口が開きっぱなしの状態で固まっています。腕の曲げ伸ばしも関節が完全に硬直していてできず、上半身は鉄板のようにカチカチですね。下半身はまだ股関節や膝は...曲げづらくはありますが、強めに力を入れればカクカクと動きます。こちらは完全硬直までには至っておらず柔らかいです」


「股関節のあたりまで硬直が下りてきているということは、死後7~8時間前後だろう。夜の間に首を吊ったか。次は死斑の確認だ」


「両手の手先や膝から下の足先にだけ濃い紫色の死斑がありますね。重力に従って血液が下半身に溜まり、固まったのでしょう。典型的な首つり死体の特徴です」


「じゃあ、次に背中側の死斑も確認しよう」


シャーロットとルイが力を合わせてくるりと死体を裏返し、衣服の背中側を剥ぎ取ると、そこには血の通わなくなった幽霊のように真っ白な背中が現れた。


「背中に死斑はない…か」


「誰かに殺されて、地面に寝かせられてた可能性は無さそうですね。死亡推定時刻の確認のために、死斑を押してみましょう」


そう言うとルイは、自身の体温を吸い取るような冷たいふくらはぎの裏に現れた死斑を、親指で強く押した。押された濃い紫色のまだら模様は、指で押された箇所だけゆっくりとうっすら白く変化していく。


「消え方の反応が鈍いな。硬直具合と合わせてみても、やはり死後7~8時間に見えるがどうだろうか?」


「僕も同感です」


手際よく検死を進めていく二人の姿に、ルミエールは「へぇ…」、バウアーは「ほぉ」と感嘆の声を漏らす。この八方ふさがりの窮地のなか、この事態に光明を差し込ませることができるかもしれない二人の後ろ姿は非常に頼もしかった。続いて息をつく暇もなく、二人は自殺現場の調査も進めていく。


「椅子についた足跡は、遺体の靴と同じだな」


シャーロットが木の脇に転がっている木製の椅子の座面についている茶色い靴跡に、遺体から脱がせた靴を押し当ててサイズを見る。その履物はおそらく特注品なんだろう。歩きやすさを度外視した、家紋を思わせる緻密な幾何学模様が施された特徴的な靴底が椅子に付いた跡にぴったりと一致した。その間に木からぶら下がったロープを見ていたルイが不思議そうな声を上げる。


「シャーロットさん、なんかこれ変ですよ」


ルイに促されて見上げた先には、大木の太い枝からぶら下がる、異様なほど大きな鋼鉄のバネがあった。遺体が取り外された太い大麻ロープは、その輪っかの先端を、次の犠牲者を待っているかのように所在なさげにぶらぶらと揺らしている。ロープの根元は鉄製の頑丈ならせん状の鋼鉄と繋がっており、そのバネは、伸び切った不気味な姿のまま、大木の枝に固定されていた。


「首をくくることなんてロープ一本があれば済む話じゃないですか。なんで、わざわざこんな頑丈なバネを設置してから、そこにロープを通したんでしょうね」


「たしかにな。もしかしたら、絶対に失敗したくなかったのかもしれん」


「その線はあるかもですね。自殺場所に選ばれたこの木も、庭園の中で一番大きくて枝ぶりが太い、理想的な場所ですし」


「……しかし、おかしいな」


シャーロットの言葉に、ルイが首を傾げる。シャーロットが指さした先――そこには、らせん状の鋼鉄の表面をどろりと濡らす、不自然なほど鮮烈な赤錆が浮かび上がっていた。さらにその重厚な金属の周囲にある枝や葉も、まるで激しい小雨が通り過ぎた後のように、しっとりと濡れそぼっている。


「昨日の夜から今朝にかけて雨は一度も降っていないし、朝露が付いたにしては、この木の上だけがやけに濡れている。そして何より、いくら鉄製とはいえ、たった数時間でここまで赤黒く酸化するなんて物理的におかしい」


「そうですね……。元から、錆びついた古いバネを使っていたとか?」


「こんなに自死が失敗しないよう念を入れたギミックを用意しているのにか? そんな奴が、途中で中途半端に千切れるリスクのある錆びた廃材を使うだろうか」


「う~ん……」


ルイが顎に手を当てて思案に暮れる。その場に立ち尽くした二人の様子を心配したのか、ルミエールがゆっくりとした堂々たる足取りで近寄ってきた。


「お二人とも、どうかしましたか?」


「先生、上のバネとロープに見覚えはあるか?」


シャーロットがヘルメットの頭部を上に向けると、ルミエールは「あぁ!」と合点がいったような声を上げた。


「そのバネは、大型の固定式クロスボウで使われているものです。ロープの方も、昨日事故の起きた弓の演習所で使われていた命綱と同じ、大麻製の頑丈なものですね。ですが……どちらも簡単に一般の生徒が入手できるものではありません。クロスボウを分解しなければバネは手に入りませんし、ロープも貴重な資材です。普段は、信頼のおける優秀な生徒しか出入りできない、武器庫の奥の部屋に厳重にしまってありますから」


「なるほど。どちらも弓の演習のときに目にするものではあるが、手に入れるにはそれなりの権限が必要、ということだな」


「ええ、その通りです」


ルミエールが静かに首肯する。現場に残されたのは、この見習い騎士団の生徒にとって馴染みのある道具ばかりだった。だが、命を絶とうとする者が、なぜただのロープではなく、わざわざあんな頑丈な鋼鉄のバネを木に括りつける必要があったのか。その意図だけが、依然として深い霧の向こうにあった。


「亡くなった生徒の頭はいいか?」


「えっ?」


シャーロットのあまりにもストレートな問いかけに、ルミエールが一瞬だけ戸惑ったように目を見開く。しかし、すぐにそれは困ったような苦笑へと変わった。


「賢かったかどうか、ですか……。物言わぬ死者をあまり悪くは言いたくありませんが、率直に申し上げるなら、彼はあまり頭が良い方ではありませんでしたね。自分の頭で考える、ということがまずない。いつも周囲の強い声に流され、言われるがままに動いているだけ、という印象でした」


「そうか。ならば、彼が単独でこれらの道具を手に入れるのは、なおさら不可能に近かったということだな」


「そうですね……。どうせ今後の調査で判明することですから先に明かしてしまいますが、彼は優秀とは言い難い成績でした。当然、先ほど言った武器庫の奥の部屋へ立ち入る権限など、持っているはずがありません」


「ふん。自分の頭で物事を組み立てられない無能な人形が、立ち入り禁止の部屋から貴重な資材を盗み出し、こんな奇妙な首吊りの仕掛けを自作する。どう考えても矛盾しているな……」


「シャーロットさーん!」


そのとき、二人が話し込んでいる背後からルイの緊迫した声が飛んできた。振り返ると、大木の根元に生い茂る深い草むらから、ルイが何かを掲げながらこちらへ駆け戻ってくるところだった。その泥に汚れた手のひらの上には、口をぱっくり開けた一本の短い鉄の針金が乗っている。元々は輪の形に結ばれていたものらしく、裂けた口の両側がどす黒い赤錆に塗れており、尾っぽの方は片結びされていた。


「これ、なにか関係がありますかね?」


ルイが少年さながらに目を輝かせながら、シャーロットのヘルメットを覗き込む。何か決定的な手がかりを見つけたかもしれないと、興奮を隠せない様子で鼻息を荒くしていた。シャーロットの頭が、ルイの手のひらの上を上下左右へと忙しなく動く。興味の対象を見つけた捕食者のように、彼女はその不気味な針金の残骸を、あらゆる角度から観察し始めた。その横で、ルミエールが強張った表情で針金を見つめていた。一見すると自殺の手がかりに驚いている表情だったが、その双眸の奥には、何かを堪えるような激しい激情が渦巻いているかのようでもあった。シャーロットはちらっとルミエールを見たあと、ルイに視線を戻した。


「見てみろルイ、お前が拾ってきたこの針金の端は、道具を使って器用にねじり合わされている。つまりこれは、誰かが明確な意図を持って、この針金で何かを縛り付け、固定するために使った決定的な証拠だ!木の上のバネを調べてみよう。先生、誰かにバネとロープを下ろさせてくれないか」


「分かりました。木から外しますので、少々お待ちください」


そう言うと、ルミエールは長身の訓練生のひとりにバネとロープを外させた。木は庭園のなかでも大きく、体格のいい団員たちのなかでもひと際背の高い彼をもってして、やっと手が届くかという位置に枝があった。


「慎重に。あまり現状を変えないようにね」


「はい!」


ルミエールに注意をされながら、訓練生がそっと繊細な手つきでバネの付いたロープを丸ごと枝から外すと、ルミエールたちに差し出す。バネをよく見ると、鮮やかな赤錆は縦一本の線となって浮き出ている。


「この線。ちょうど針金の太さと一致しますよ」


「うむ」


ルイが針金をバネの錆びた跡に近づけると、ちょうど針金の太さと、サビの線の幅が寸分違わず一致した。「それなら……!」とルイが指先を赤黒く汚しながら針金を裏返すと、まさしく推測通り、バネに密着していたその内側にはびっしりと赤いサビがこびりついている。


「バネに針金が巻き付けられていたのは間違いないな。問題は、なぜ死んだ生徒がそんな手の込んだことをしたかだ。話を聞いている限り、そいつの頭で考え付いたとは思えん」


「どうでしたかな?」


ルイとシャーロットがロープの付いたバネと針金を手に考え込んでいる途中で、バウアーが気忙しい様子で二人の動向を窺ってきた。彼としては、何らかの結論が出るまで落ち着かないのだろう。


「遺体の状況を見るに自殺。ただ…」


「ただ?」


バウアーがふさふさと生えた白い眉の下でちらりと、こちらに心配そうな目を向ける。


「あなたには残念なお知らせだが、この自殺には不可解な点が多い。故人の独断でやったとは断定できない状況だ」


「そうでしたか...」


二人からの言葉にバウアーが肩を落とす。怪奇現象が人的なものだと知れたいま、他殺の線も捨てきれないというのは彼にとって大きな気持ちの負担となるだろう。そこへ訓練生のひとりが足早に近寄ってくる。


「バウアー教育長。ジュリアンさんがお呼びです。モンペリエ卿がご子息の置かれていた地下について物申したいことがあると」


「分かった、すぐに行く。ルミエールはお二人と行動を共にし、捜査に協力してやってくれ」


「かしこまりました」


「どうでもいい厄介な苦情ではないといいが」と漏らしつつ立ち去るバウアーに訓練生が説明する声が遠ざかりながらも微かに聞こえてくる。どうやら息子の置かれていた地下の貯蔵庫の床が割れていて、こんなこともまともに管理できないのか、と卿が怒っているらしい。それを耳にして、あっとルイとシャーロットは顔を見合わせた。昨日いじめっ子を成敗するときにルイが床を踏み壊したままにしていたのをすっかり忘れていたのだ。慌てた二人の様子に、何も知らないルミエールが華やかな顔にきょとんと不思議そうな表情を浮かべて首を傾げた。首から下の圧倒的な筋肉の威圧感とは裏腹の、そのあまりにも無辜(むこ)な優男の仕草は、どこか微笑ましく可愛らしかった。


続いて二人は、ルミエールを伴って学園中の人間に、レイナルドが亡くなった推定時刻のアリバイを訊ねて回った。しかし、深夜に起こったということもあり、夜番以外の団員はほぼすべて眠りについている。明確な証拠となるアリバイを持っている人物は皆無に等しかった。また、学園を取り囲む砦の四方に備えられた高台の夜番たちに、夜間に出歩く不審な人影を見なかったか念のため確認してみる。だが、昨日は事故の直後ということもあって宿舎の出入りは厳重に制限されていた。誰一人として建物内を歩いている気配すらなく、ずっと灯りがついていた教育長室のほかには、宿舎の方でちらりと紫色の光が瞬いたのを見た気がする、と話す夜番がいるくらいだった。


「学園のほぼすべての人間にアリバイがない、ということですね」


「この線は一度捨てよう。こんなに大勢の人間を容疑者として絞り込むには、時間が足りなさすぎる。……失神したあの生徒に直接話を訊きに行くか」


扉を開けると、室内は昨日ルイとシャーロットが飛び込んだときの状態をそのまま保っていた。窓の付近には椅子が転がり、割られたガラスの隙間から朝の爽やかな風が流れ込んでくる。ここ最近の汗ばむような気温で水分が蒸発したのか、生徒が倒れていた付近の床は、昨夜のびしょ濡れの状態からわずかに湿っている程度に変化していた。しかし、大量の水分を吸収した木材が不格好に膨れ上がり、白く濁っているせいで酷く歩きにくそうだ。その周囲にはガラスの破片が散らばり、飛び散った小さな血痕が点々と赤黒く飛んでいる。


「昨夜、事件が起きた状態のまま、現場は保存してあります。何かご入用でしたら遠慮なくおっしゃってください」


「わかった」


「ありがとうございます!」


素っ気ないシャーロットの鼻鳴らしと、元気のいいルイの返事を受け、ルミエールは一つ頷いた。そして、背後から二人を静かに見守るように、扉付近の壁にその引き締まった背を預けて陣取った。シャーロットはルイに指示を出し、改めて『追跡者の掌(トレース・タクト)』による魔力の痕跡確認を開始する。昨夜、生徒を運び込んだ直後にも現場を調査してはいたが、暗闇のせいで視界が悪く、捜査は難航していた。一夜明け、陽の光が届く明るいうちに最初から調査をやり直すことにしたのだ。


ルイが『追跡者の掌(トレース・タクト)』を発動し、その場に自身の魔力を流し込むと、床の濡れている箇所から青白い燐光がゆらゆらと立ち昇った。


「これを見て、前の僕だったら迷わず水の魔法使いの仕業だと断定していましたよ。……でも、もしかしたら違うのかもしれませんね。今回の犯人はなかなか頭の切れるヤツみたいですし、この『水』そのものが見せかけの可能性もあります」


ルイの言葉に、シャーロットが感心したようにヘルメットを振り返らせた。


「ほう。ここ最近の修羅場で、物事を多角的に観察する癖が身についたか。良いことだな」


「そりゃあ、あんな魔法詐称事件に何回も付き合わされていたら、嫌でも裏の可能性を考えちゃいますって」


「付き合わされているのは私の方だがな」


「えへへ」


照れたように頭を掻くルイだったが、対照的にシャーロットの興味はもうルイの言葉から事件現場の細部へと移っていた。防護服の擦れる鈍い音を響かせながら部屋中を徘徊し、あちらこちらを鋭く見回していく。部屋の中は、典型的な騎士団訓練生といった無骨な雰囲気だった。戸棚には座学の教科書がこれでもかと詰め込まれており、そこかしこに鉄製の重苦しい筋力トレーニング用の器具が転がっている。娯楽品や華やかな装飾などは一切ない。無駄を極限まで削ぎ落とし、必要なものだけを詰め込んだ簡素な部屋だった。


「この部屋の主は、随分と真面目に訓練に取り組んでいたみたいですね」


以前、バウアーやジュリアンと共に捜索した別の部屋には、お世辞にも几帳面とは言えない光景が広がっていた。勉学に必要な教本や訓練器具の類はほとんどなく、逆に不要な娯楽品ばかりが詰め込まれていたのだ。それに比べれば、なんと熱心な生徒もいるものだとルイは感心し、笑みを浮かべてルミエールの方へと振り向く。しかし、教官の様子はどこかおかしかった。ルミエールは怪訝そうに美しい首を傾げている。


「おかしいですね……。この部屋の生徒は、さして真面目に訓練に励むような気質ではなかったのですが。性格もどちらかと言えばだらしなく、忘れ物も多い。こんなに几帳面に掃除が行き届いた部屋に住んでいそうな男では、決してないのですが」


「へえ、そうなんですか。でも、昨夜は犯人を罠にかけるために全員が部屋替えをしましたし、その時に意識を改めて大掃除でもしたんでしょうかね?」


「そうだと良いのですがね。いやはや、私の監督不足が露呈して恥ずかしい限りです」


「……あったぞ」


男二人がそんな会話を交わしていると、背後から冷徹な声が降ってきた。あった、とは何が。この生徒が昏睡状態に陥った怪奇現象と、何か関係のあるものなのか。ルイが不思議そうに顔を近づけると、そこにはシャーロットの手によって裏返しにされた、鉄製の筋力トレーニング器具が転がっていた。


一見すると、表向きは綺麗に手入れされた普通の器具だ。しかし、裏を返した途端、その凶悪な本性が剥き出しになる。――どれもこれもがドス黒く錆びつき、自重で崩壊しかねないほどボロボロに変質していたのだ。


さらに、その周囲の床には、じっとりと不気味な水たまりが広がっている。シャーロットは勢いよく立ち上がると、そのままルミエールのすぐ隣に飾られていた全身鎧へと近づく。白銀の鎧はピカピカに磨き上げられており、シャーロットの奇妙な防護服姿をつるりとした銀色の肌に反射させていた。しかし、彼女がその頭部を掴んだ瞬間だった。


「うわっ、なんですかコレ……っ!」


シャーロットと共に鎧の内部を覗き込んだルイが、強烈な嫌悪感に声を裏返して叫んだ。ガボッと強引に取り外された兜の裏側には、まるで生き物の血肉のように、おぞましい赤錆がびっしりと繁殖していた。それは鎧の胴体の内部も同様で、鋭い鋼の面影など微塵もなく、剥き出しの赤錆が隙間なく埋め尽くしている。あまりの気味悪さに、ルイは本能的な恐怖を覚えて咄嗟に飛び退き、鎧から距離を取った。鎧の足元も筋トレ道具の周囲と同様に、大量の液体が滴り落ちて不気味な水溜まりを作っている。


それをじっと凝視していたシャーロットのヘルメットのバイザーが、陽の光を浴びてつるりと妖しく輝いた。静寂を切り裂くように、防護服の手袋がパチンッと、小気味いい音を立てて指を鳴らす。


「謎は片付いた(チェック・アウト)」


――それは全ての謎が解け、真相へ向かう準備のできた合図だった。


「シャーロットさん、今回の事件の謎も解けたんですね!」


「犯人が……分かったのですか?」


歓喜するルイの姿に、ルミエールもまた驚愕に瞳を見開いて二人に近寄ってくる。詰め寄る二人に対し、シャーロットはぶ厚いヘルメットを厳かに、縦に一回だけ揺らした。


「ああ。首吊り自殺のギミックも、この部屋の失神事件のトリックも、すべてが一本の線に繋がった。この学園を襲った一連の呪騒は、すべて同じ人物の仕業だ」


「なんですって……!?」


シャーロットが言い放った衝撃の宣告に、ルミエールとルイの驚きの声が、無機質な部屋の壁に鋭く木霊した。

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