↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
迷宮(めいきゅう)のシャーロット  作者: 有馬 泉貴
持たざる者たちの狼煙

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
23/25

第十七話:襲いくる怨嗟の輪【後編】

夜。


青白く降り注ぐ月明かりの下、ルイとシャーロットは宿舎から少し離れた茂みのなかに身を隠していた。彼らの視線の先には、宿舎の裏手に据え付けられた配管設備がある。シャーロットの見立てによると、今晩ここに怪奇現象の犯人が現れるというのだ。


「あれって、本当に幽霊の仕業じゃないんですか?」


「お前は、前回の幽霊屋敷で何を学んだんだ。魔力の痕跡も出てこない以上、完全に人の仕業だよ」


じろりとルイを睨みながら、シャーロットが囁(ささや)いた。


「今日、被害を訴えていた生徒の部屋の位置を変えた。犯人は被害者が部屋を変えても、同じターゲットが怪奇現象に遭い続けるようにしていた。同じ相手にずっとご執心というわけだ。そして、そのターゲットたちの部屋に通じる配管設備がここに集中してる。きっと来るはずだ」


半信半疑なルイとは裏腹に、シャーロットはどこか晴れやかな口調だ。長年の恨みを果たした復讐者のような、やっと自尊心を取り戻したかのような振る舞いだった。


「結局、怪奇現象はなんだったんです?」


配管設備を鋭い目で監視しながら、ルイが尋ねる。昼間、バウアー教育長が青白い顔をしていたのは何だったのか。それが、どうしても気になるのだ。


「まず扉のノック音と足音だ。これは一つのトリックで成立する」


「一つで?」


ルイの驚きに、前を向いたままシャーロットが頷いた。


「水撃作用(ウォーターハンマー現象)だ。水道の配管内を流れる水を急に止めると、配管内の圧力が急上昇して、激しい衝撃波が生まれる」


「じゃあ、犯人は夜中ずーっと、配管設備で水栓の開け閉めをしていたってことですか!?」


ルイの驚愕の発言に、シャーロットが心底呆れた声を出す。


「馬鹿か、お前は。そんな面倒なことをしなくても、ある仕掛けをしておけば自動的に音は鳴る。宿舎の給水弁の隙間に、小さなコルクが差し込んであった。これによって、あらかじめ水道管内の圧力は高まっている。そこに夜中に誰かがトイレや洗面所を使うたびに、急に水が流れたことで圧力が急上昇し、壁の奥や床から「ドンドン」と怪奇音が鳴り響いたんだ。この歴史ある宿舎は配管設備も古く、無駄に枝分かれしている。幸か不幸か、部屋ごとに水道管が違うお陰で、ターゲットの周辺の水道の圧力をピンポイントに高められたんだ」


「なるほど……。では、幽霊の影は怯えた生徒の見た幻影ってことですね!」


「私も最初はそう思っていた……。だが、被害者たちの部屋を見て、その考えを変えたんだ」


部屋を見たというのは、あのベッドの下に潜り込もうとしてカメのように暴れていた時のことだろうか。あの時の姿を思い出し、思わずルイが吹き出しそうになったのを、シャーロットが鋭く察したのか、横から射抜くような視線が飛んできた。


「んん! どうぞ、続けてください」


「あとで覚えていろよ。被害者たちの部屋には、一応に換気口が完全に塞がれていた。夜は昼間と違って防犯の意味もあって窓も閉め切ってしまうだろう。空気の出入り口のない閉め切った狭い部屋は、生徒たちの吐く寝息で二酸化炭素が徐々に溜まっていく」


咳払いして仕切り直すルイを睨みながら、シャーロットが説明を続ける。


「このまえ、幽霊屋敷で僕たちがデビルを見たのと同じ原理ですか?」


「あれは一酸化炭素中毒だ。今回の場合は、二酸化炭素による酸欠だな。二酸化炭素の濃度が一定以上になると、人間には激しい頭痛や息苦しさが起きる。やがて脳に酸素が回らなくなり、視野が狭まり、幻覚を見るようになる。これが幽霊の正体だ。怯えではなく要因は違うが、幻影であることには間違いないな」


「症状としては似ていますね」


「似ている。だが、一酸化炭素よりもトリックの手間が少なくて済む。自身の出すもので人は狂うことができるんだよ」


「なんか、そう聞くと呼吸が怖くなってきますね…」


「大丈夫だ、普通に息を吸って吐いているだけならば何ら害はない。どんな体に良いものでも摂りすぎたら体に毒になるだろう?それと同じだ。ちなみに『狐火の呪い』も密室が関係している。部屋に入ったとき、やけに埃が舞っていなかったか?


「たしかに。白いなにかが空気中を舞っていました」


「あの厳格な教育長が校内の至る所を徹底的に掃除させているのに、たった数日の閉鎖であそこまで目に見えるほど埃が溜まるとは思えない。試しにドアの隙間や通気口を指でなぞったら白い粉が付いた」


シャーロットがタンクの脇から小瓶を取り出して、ルイの目の前に掲げる。中には白色の粉が詰まっていた。


「それが、これだ」


「それは何ですか?」


シャーロットが小瓶を振って、粉を手のひらの上に出す。そして、人差し指で粉を掬うとヘルメットのロックを外し、下の方を少し開けて舐めた。


「えっ?!舐めて大丈夫なんですか?!」


心配するルイとは裏腹にシャーロットは唇を一舐めして「…まずい」と文句を漏らした。


「ただの小麦粉だ。『粉塵爆発』という現象は知っているか?あれは空気中に可燃性の微粉末が一定の濃度で浮遊していると、わずかな火種で引火する。そこへ、夜忍び込んだ少年たちがランタンに火をつけた瞬間――」


「――充満していた小麦粉に引火して、何もないと思っている空間が、実際は火種だらけで、一瞬にして火の海に化けた。それで突然、空中から炎が出たように見えたんですね」


「そうだ。それで――しっ、誰か来る!」


説明の途中でシャーロットが言葉を切り、再び配管設備に集中する。月明かりの下、すっかり闇に慣れた二人の目の前に、ランタンを下げた怪しい人影が、宿舎の物陰からぬっと姿を現した。少し横幅のあるシルエットが配管前にたどり着く。持ち主の心を表しているのか、ランタンがふよふよと不安そうに揺れていた。


夜の静寂(しじま)のなか、その怪しい姿は左右をきょろきょろと見渡したあと、意を決したように配管設備へと手をすーっと伸ばした。


「いまだっ!」


「警察だ! 動くな!」


シャーロットの鋭い合図とともに、二人が草むらを飛び出した。その瞬間、怪しい姿は大きくびくりと身をすくませ、光の失せた目で二人を振り返って絶叫した。


「うわぁああああああああああ!」


「あれ? こいつ……昼間にボコボコにした訓練生ですよ」


頭を押さえて地面にうずくまり、ガタガタと震えているのは、ルイに地下貯蔵庫で絞められた訓練生のひとり――コリンを告発した小太りの青年だった。よほど驚いたのか、手から零(こぼ)れ落ちたランタンが地面を転がり、不気味な光を夜の壁に投げかけている。


「おい、お前が犯人か?」


「は、犯人...?なんのことですか?」


「とぼけるな。さっき配管設備をいじっていただろう」


おどおどした青年の態度に苛立ったシャーロットが、その胸倉を掴み上げる。防護服の下の細腕からは考えられない、凄まじい膂力(りょりょく)によって青年は半ば足を宙に浮かせ、されるがままとなっていた。


「配管をちょっと、見ていただけですって!」


何かを隠しているのか、青年がシャーロットから目を逸らしながら答える。そその乱れた胸元に、何やら一枚の紙切れが挟まっているのを、ルイの鋭い目が捉えた。


「これは何かな?」


「あっ、ちょっと!返して下さいよ!」


ルイがすっと紙切れを胸元から奪い取り、ランタンの灯りに翳(かざ)して広げる。そこには、


『オマエノカンニングヲ、父親ニ告発スル。隠シタ証拠ハ、今夜コノ配管ニ隠シタ。父親ニ殺サレタクナケレバ、自分デ取り戻シテみろ』


と誰の筆跡か分からないように工夫がされた歪な文字で、芝居がかった脅迫文が書き殴られていた。


「これは、どこで手に入れた?」


「分、分からないんだよ! いつの間にか、制服の胸ポケットに入っていたんだ! これが父上に知られたら、俺は……俺は廃嫡(はいちゃく)されてしまう……!」


ガクガクと怯える生徒をよそに、シャーロットがヘルメットの奥で血相を変えた。


「やられた……! これは陽動だ! 真犯人は別にいる……!別の事件を起こしているかもしれない!」


その時、二人の頭上にある宿舎の最上階から、ガシャーン!と派手に窓ガラスが砕け散る音が響き渡った。


「やられた!行くぞ、ルイ!」


「はい!」


二人は急いで建物のなかに入り、階段を駆け上がる。音が聞こえたのは、外から見て三階の奥から二番目の部屋だった。異変に気付いた多数の生徒たちが、既にその扉の前に集まり、恐怖に顔を歪めている。何人かが扉を必死に叩いていたが、内側から完全に密閉されているのか、硬い頑丈なオーク材の扉はびくともしなかった。


「どいて!」


ルイは短縮詠唱を紡ぎつつ、人込みを力任せにかき分けると扉の前に立ちはだかった。


「『肉体強化(フィジカル・エンチャント):テュールの鉄拳)』!」


ドンっ! 凄まじい衝撃波とともに、頑丈な扉が内側へ派手に木っ端みじんに粉砕され、吹き飛んでいく。二人が硝煙(しょうえん)のなかへ飛び込んだ先には――目を疑う光景が広がっていた。床一面が激しい水浸しになった部屋の真ん中で、びしょ濡れとなった青年が、白目を剥いて失神している。その手は赤く染まっており、傍らにはガラスの破片が散らばっていた。窓の付近には椅子が転がっており、嵌め込まれたガラスの一部が割れている。息苦しいほどの濃密な空気が室内に充満していた。ルイが急いで脈を測ると、まだかすかに動いていた。


「救急室に運ぶ!案内して!」


「はい!」


ルイが青年を横抱きで軽々と抱え上げると、怯える生徒に案内されて救急室へ滑り込んだ。青年は無事に一命を取り留めたようで、バウアーやジュリアンが駆けつけた時には、医務官の手によってその呼吸は奇跡的に安定を取り戻していた。


朝。


教育長室にはバウアーとジュリアン、そしてルイとシャーロットが集まっていた。ルイは警察の制服姿、シャーロットはいつもの防護服を身に纏っている。昨夜宿舎で起きた凄惨な酸欠事件を踏まえ、これからの捜査方針についての協議を行っていた。


「昨夜、王都の魔導治安維持局へ応援の早馬と通信を出しました。数時間後には、本格的な捜査部隊が到着する予定です」


「ありがとう、ルイ君。まさか、こうも連続して事件が起きるとは。もう……疑いようがないな」


「部屋のなかに僅かな魔力の痕跡があった。内部犯の仕業で間違いない。外界からの不法侵入の痕跡は、結界にも外壁にも一切残っていないからな」


シャーロットの冷徹な指摘に、バウアーは悲痛な面持ちで天を仰いだ。


「信じたくはなかったな……。わしが手塩にかけて育てた団員のなかに、牙を剥いた狼が潜んでいるなどとは」


「バウアー様……」


がっくりと肩を落とすバウアーからは、昨日までの威圧感が綺麗に消え失せていた。体中を巡っていたエネルギーの塊が感じられず、まるで一晩で何歳も老け込んでしまったかのようだ。ジュリアンが気遣うように、バウアーの背中にそっと手を添える。そこへ、静寂を破る厳格なノックが聞こえてきた。


「バウアー様、モンペリエ卿と検視官殿がお見えです」


「……通してくれ」


開けられた扉を待たずして、大柄な中年の男が部屋のなかに飛び込んできた。全身が風船のように膨らんでおり、肥大化したお腹が乗馬ズボンを破らんばかりに突き出ている。身に着けている衣服や宝飾品はすべて特注の一級品のはずだが、顔や体つきに品性の悪さが滲み出ており、悲しいほど着こなせていない。職人たちが丹精込めて作り上げた芸術品を、こうまで貶めることができるのは一種の才能だろう。その後ろに、几帳面そうな黒服の検視官が影のように控えていた。


「我が息子、サンジェルが訓練中に死んだとはどういうことだ!」


モンペリエ卿は机越しにバウアーに詰め寄り、唾をまき散らしながら泡を食ってかかった。バウアーの顔にも容赦なく飛沫がかかっているが、彼は表情一つ変えない。こういう横暴な特権階級の手合いには慣れているのだろう。


「モンペリエ卿。万全の対策をしていても、事故というものは起こるものです。特に王都を守る騎士団を目指すならば、命の危険は常に付き物でしょう。それを承知でご子息を入学させたのでは?」


「バウアー! わしは、息子を死なせるためにここへ入れたわけではないぞ! ここならば将来国を担う者にふさわしい教育を受けられると考えたからだ! なのに、訓練中の事故だと? この責任は必ずとってもらうからな!」


怒りで顔を真っ赤にしながらモンペリエ卿が吠える。興奮して鼻息も荒くなり、ふーふーと獣のように喉を鳴らしていた。


「責任、ですか。当然、教育長であるわしには全責任がある。ですがモンペリエ卿、あなた方の過剰な『仕送り』が、ご子息たちの規律を乱し、慢心を生んでいたこともまた事実。命綱の点検すら怠るような怠惰を許していたのは、どなたですか」


バウアーの低く重厚な声が、鋭い刃のようにモンペリエ卿の言葉を遮った。その正論に、高官は一瞬言葉を詰まらせるが、すぐに顔をどす黒く狂わせる。


「黙れ! 落ちこぼれの平民どもを混ぜて泥塗れの訓練をさせていたお前の偏屈な思想こそが、我が息子を殺したのだ! 今すぐこの施設を閉鎖し、お前を宮廷裁判にかけて破滅させてやる!」


「……これ以上の不毛な言い争いは、国の中枢を担う閣下の品格を貶めるだけかと存じます。モンペリエ卿、まずは地下の安置所へご案内いたします。最愛のご子息と対面なさってください」


ジュリアンが冷徹なまでの事務的な手際で二人の間に割って入り、暴れるモンペリエ卿の視線を巧みに誘導した。その痛烈な正論にモンペリエ卿も納得したのか、いったん引っ込むことにしたようだった。まさに素晴らしい手腕というほかない。ジュリアンに連れられて、まだ怒りの収まらぬように全身を小刻みに震わせ、呪詛の言葉を吐き散らしながらモンペリエ卿が退室していく。


すると、入れ違いのようにルミエールが教育長室に入ってきた。いつも色気を漂わせている彼の顔からは華やかさが一切消え失せ、見たこともないほど深刻な表情を浮かべていた。彼は重苦しい沈黙ののち、ゆっくりと口を開き、衝撃の一言を告げた。


「バウアー教育長。……宿舎の裏手、庭の木で首つり死体が見つかりました」


その一言が、その場の全員を凍り付かせた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。