第十七話:襲いくる怨嗟の輪【中編】
「飛んだ?」
「キミ、それは本当だろうね?」
シャーロットとルミエールの双方から詰められ、生徒が自信なさげにふらふらと視線をさまよわせる。
「飛んだってのは、俺にはそう見えただけで...。本当にそうなったのかは、分からない…というか...」
「憶測でモノを言うもんじゃない。捜査を混乱させるだけだろう」
ルミエールは頭が痛そうに額に手を当てて、呆れた様子でため息を吐いた。この様子だと、この生徒は訓練を碌にせず、成果も残せていなそうだ。発言が信頼できないのだろう。しかし、貴重な目撃者であることは違いなく、このまま口を噤ませるのは勿体ない。そう思い、ルイは証言をしてくれた青年の後ろにいた訓練生たちにも声をかけた。
「君たちのなかでも、事故当時の様子を覚えている子はいないかな?」
「・・・あっ、はい!」
しばしの沈黙ののち、集団から背が低く小太りの青年が手を挙げながら進み出てきた。いったい、この男は厳しいであろう騎士団の訓練をきちんと受けているのだろうか。余分な脂肪がつく暇がどこにあるのか。どのような生活を送れば、この過酷な学び舎で肥満体を維持できるのだろうか、とルイは逆に感心してしまった。
「サンジェル様が落ちる直前、このノロ――コリン・ヴァイルが後ろを通ったのを見ました」
小太りの青年が半ば睨みつけるようにコリンと名指しされた人物の方を見る。その少年は周囲のなかで一番背が高く、規格外に大柄だった。がっしりとした筋肉に全身を覆われているのが、服の上からでも分かった。それにも関わらず、気の弱そうなおどおどとした性格が全身から滲み出ている。着ているものもボロボロで、親から仕送りを貰っていないらしい。それを見てルミエールが声をかける。
「コリン!服がボロボロじゃないか。いったい、どうしたんだ?」
「ルミエール先生、なんでも・・・ありません。自主練の最中に汚れてしまって」
「今日は事故があったから訓練も自主練もお休みするように、と言っただろう!君は優秀な成績を出しているし、担任の私としても鼻が高い。でも無理をしすぎるなよ、君はいつも頑張りすぎだ。あとで服を新調しに行こう」
「はい、ルミエール先生。ありがとうございます...」
消え入るような声でコリンが静かに答える。その朴訥そうな横顔の隅には、乾いた泥が跳ねてこびりついていた。ランタンの薄暗い灯りに照らされた彼の横顔は、全体的に体格に似合わぬ弱々しい雰囲気を醸し出していたが、その伏せられた目の奥には、鋭い光が静かに宿っていた。コリンはルミエールの隣に並ぶと、ぽつりぽつりと話し始めた。
「サンジェルさんが落ちる直前、僕はちょうどみんなの矢筒に矢を運んでいました。今日は…矢の補充当番だったので。皆さんの後ろを、お邪魔にならないようそろりそろりと歩いていたんです。でも、サンジェルさんが落ちたのは……僕が彼の矢筒に矢を補充し終えて、少し離れた後だったので、落ちた瞬間のことは本当に分かりません。悲鳴が聞こえて慌てて振り返ったら、もう……彼の姿はなくて……」
気弱な青年はそこで口を閉じ、伺うように大きな目でじっとルイとシャーロット、そしてルミエールを見つめた。ルミエールがコリンの肩を優しく抱き、ねぎらうように摩る。
「コリン。君が知っているのはそれだけか?」
「はい、ルミエール先生」
「そうか、それじゃあ戻っていいよ。ありがとう」
コリンがおずおずと集団のなかに戻る。その際、数人の少年がわざとらしく足を引っ掛けようとしたり、すれ違いざまにその背を小突き回したりしたのを、ルイとシャーロットは見逃さなかった。ルミエールはすでに二人の方に顔を向けていたため、その陰湿な悪戯には気づいていない。
「他になにか話せる者はいないか?」
再びルミエールが生徒たちに顔を向けたとき、そこには何食わぬ顔で立っている取り巻きたちの姿があった。そして一様に首を横に振る。
「そうか。じゃあ、ルイさんとシャーロットさんから、さらにお聞きしたいことはございますか?」
「ありがとう。もう大丈夫だ」
「僕もです。お時間をいただきありがとうございました」
「それは良かった。では、そろそろ私どもは宿舎に戻ります。今日はもう訓練などできる状態ではありいませんから。みんな不安でいっぱいですので、宿舎まで送り届けてきます」
「ちょっと待った」
もう帰ろうと踵を返そうとした集団に後ろから鋭い声がかけられる。シャーロットだった。
「まだ何か?」
ルミエールが赤いマントをふわりと靡かせ、驚いて振り返る。シャーロットは生徒の何人かを手招きした。先ほど、戻っていくコリンにちょっかいをかけていた奴らだ。
「その連中は、居残りだ。まだ聞きたいことがある」
「そうですか?では、私どもは先に帰っていますね」
ルミエールが不思議そうにしつつも残りの生徒とともに引き上げていく。やがて階段を登る足音が聞こえなくなると、シャーロットは怪訝そうな顔でこちらを見つめる生徒たちの前で踊るようにくるりと回った。
「さて、君たちを残したのは他でもない。バウアー教育長から、君たちは将来有望な騎士団の卵だと聞いていてな」
その言葉に何人かが嬉しそうな顔をする。どこまでもおめでたい頭をしているらしい。日々の自分の態度を見て、どこを有望だと判断されるという話を鵜呑みにしたのだろうか。そうして訓練生たちへ話しかけているシャーロットの後ろでは、ルイが静かに詠唱を始めていた。
「そこでだ。この魔導治安維持局のルイ・ジェイくんが、是非とも君たちと手合わせしたいと言っていてな。将来、国の中枢を守護する者の実力を直に確かめたいらしい」
「『肉体強化:テュールの鉄拳』!」
その言葉とともに、背後の床板が激しく爆ぜる音が聞こえた。鍛え上げられた筋肉に魔法をかけてパワーアップしたルイが、ずしん、ずしんと重い足音を響かせて生徒たちの前に立ちはだかる。生徒たちが声にならない悲鳴を上げて凍り付く。
「よろしくお願いしますね」
爽やかににっこりと笑ったルイの顔を最後に、生徒たちの断末魔が貯蔵庫内に響き渡った。壁に寄りかかり、その光景を眺めながら、ヘルメットの奥でシャーロットがにやりと笑った。
その後、教育長室に戻ると、バウアーは方々へ出す手紙や書類仕事に追われていた。しかし、二人が帰ってきたのを見ると、忙しそうにしていた手を止め、二人のことを祈るように熱のこもった目でじっと見つめる。
「なにか分かりましたかな?」
「分かった半分、分からない半分だな。まだ事故の原因を追究するためのピースが足りない。人為的なものなのか、そうでないかも判断がつかない」
「そうですか...。でも、もう夕方です。今日は泊っていかれてはいかがですかな」
疲れた顔に落胆の色を少し滲ませながら、バウアーが言う。たしかに外はもう夕焼けの茜空で、今から帰るには夜道を何時間も馬車で走らないといけなことになるだろう。夜盗などに襲われる危険もある。
「そうしよう。悪いが部屋を貸してくれ」
「お願いします」
「もちろんです。捜査をお願いしたのは、こちらですからな。ジュリアン、客室の準備は整っているか?」
「はい、すぐにご案内できます」
「よろしく」
「よろしくお願いします」
「こちらです」
ジュリアンに促され、二人は教育長室もある本館に備えつけられたゲストルームに通された。なかは訓練生のご家族である貴族たちが泊まることもあるというだけあって、華美な主張を抑えながらも、一級の職人技が光る重厚なしつらえが施されていた。配された調度品は、どれも一目で特注品と分かる高価なオーラを放っている。
シャーロットとそれぞれの部屋に別れたあと、ルイはシャワーを浴びていた。今日は一日いろんなところを走り回って疲れた。その最中に別の惨劇が起こるなどと、微塵も予想していなかった。完全に不意を突かれ、怪奇現象の調査をすっかり忘れてしまっていたほどだ。シャーロットさんは真相が分かったようだけど、あれは人の仕業なのだろうか...?浴室の湯気に包まれながら、鍛え上げられた自身の肉体を伝う水滴を眺める。
いろいろと考え事を巡らせながらシャワーを浴び終えると、彼は簡単にズボンだけを履き、上裸のまま室内に戻りベッドに腰かける。高級ベッドはふわりと重量のある体を優しく受け止めた。そのままゴロンと横になると、まるで雲の上にいるような極上の柔らかさが全身を包み込む。こんな幸運がなければ庶民は一生味わえないものだったろう。そのまま目を瞑り、半ば眠った状態でゴロゴロとベッド堪能していると、部屋のドアがコンコンとノックされた。
「は~い」
タオルで濡れた髪をざっくりと拭い、まだ熱の残る肌へ慌ててシャツを羽織ってボタンをいくつか留める。扉を開けた先にいたのは、シャーロットだった。普段の厳重なヘルメットと防護服を脱ぎ捨て、ゆったりとした綿のブラウスに部屋着用のズボンを穿いた、驚くほど身軽でラフな佇まいだった。
「シャ、シャーロットさん?!」
思わぬ訪問に驚き、固まっていると、シャーロットがルイの全身を無感動に眺める。
「入浴中だったか、すまない。出直してこよう」
「大丈夫です、大丈夫!もう出た後ですので。なにか御用ですか?」
ルイが引き返そうとする彼女を慌てて呼び止めると、シャーロットは「そうか」と言い、素直にドアの前に戻った。
「今晩は大仕事がある予定だ。早めに休んでおいてくれ」
「大仕事?何をするんですか?」
ルイの疑問にシャーロットがにやりと笑った。
「幽霊退治、リベンジだ」




