第十五話:後日談
ルイはいつも通り、シャーロットに渡す手土産をもって迷宮に潜り込んだ。迷宮の休止期間中に入口を警備している守衛が、ルイの姿を見て万事心得た様子で頷く。彼らとも、もう何度も顔を合わせているためすっかり顔なじみだった。実は守衛たちに、心の中で『あのグソクに会いに来たのか、今日もマメだな...』と微笑ましく思われていることをルイは知らない。
今日は最近見つけたかわいい洋菓子店で買ったフィナンシェだ。その店はいかにも女性向けらしく、ピンクやミントグリーン、パープルなどのパステルカラーで彩られた店内に入るのは少々勇気がいった。そこかしこに大きなリボンやホイップクリームのようなデコレーションが施されている。焼き立てのお菓子の匂いだけじゃなく、視界に入るすべてが砂糖菓子のように甘かった。
ルイが石畳の階段を下っていくと、少し先に小さなグソクの影を見つける。その人物はシャーロットと同じように頭をヘルメットで覆い、全身が防護服に包まれていた。しかし、背中にはタンクではなく、代わりに全身にベルトを巻き付け、その一つひとつのポケットに様々な形や大きさの小瓶が差し込まれている。
「あれ?どちら様ですか?」
ルイが背後から声をかけると、その人物がくるりと振り返る。そして、ルイを指さして、舌足らずな口調でつっけんどんに言い返してきた。
「おまえこそ、だれだ。いま、めいきゅうはやすみだぞ。かえれ」
少しなまりの入った可愛らしい声が、ヘルメットの奥から聞こえてくる。大陸のさらに東、遠い異国の出身なのだろう。こちらの言語の発音にまだ慣れていないのか、どこか舌足らずだ。ルイもぶっきらぼうな態度にムッとして言い返した。
「僕はシャーロットさんに会いにいきたんですよ」
「しゃーろっと?なら、おまえがルイか?」
「そうですけど…」
ルイが首肯すると、その小さな人影はとてててとこちらに駆け寄り、ルイの全身を様々な角度から眺めまわす。時折「うーん」「ふむふむ」と独り言を言いながら観察し、やがて満足したのかルイから離れて小さく鼻を鳴らした。
「ふごうかく。おまえ、くすり まわらなそう」
「いきなり、どういうことですか!」
会って早々に不合格を言い渡され、ルイが「おい!」と声を荒らげると、人影はケラケラとおかしそうに笑った。どうやらルイで遊んでいるらしい。
「おーい、トウトウ。そっちは終わったか?」
「しゃーろっと」
「シャーロットさん!」
通路の奥から慣れ親しんだ声が聞こえてくる。ルイはほっと息をついた。シャーロットも全身防護服に包まれた、いつも通りのグソクのスタイルだ。トウトウと呼ばれた影が、とてててとシャーロットの元に駆け寄る。
「しゃーろっと、かれし、きてるよ」
「だだだだ、誰が彼氏ですか?!」
「…違う」
ルイは気が動転して顔が真っ赤になりながら上ずった声で否定した。確かにこの短期間で、誰よりも濃密な時間を一緒に過ごしてきましたけど……! と、これまでシャーロットとともに挑んだ事件の記憶がぶわーっと一気に思い出され、頭の中にぐるぐるとトウトウの言葉が巡る。シャーロットの方は心底不機嫌そうに否定した。トウトウはその二人の様子にさらにケラケラ笑っている。
「ごほんっ」
ルイが気を取り直すように、コホン、と咳払いをした。気持ちが少しは落ち着いたのか、顔の赤みは引いている。まだ耳が赤いままだが、二人に向き直った。
「もしかして、この人がトウトウさんですか?こんにちは」
ルイが小さなトウトウの目線に合わせようと、少し屈んでシャーロットの傍に立つトウトウに挨拶する。ヘルメットで目線がまったく分からないが、頭全体を大きく縦に振って、トウトウが応じた。
「白 豆豆(ハク トウトウ )だよ。よろしく。このまえは、どくそう ありがとう。たすかたよ」
どうやら毒草を欲しがった張本人らしい。全身に大量の薬瓶みたいなものを持ち歩いている時点で、関わりたくはないがシャーロットの仲間ということもあり、ルイは少し笑みが引きつりながらも笑顔でトウトウに挨拶した。すると、トウトウがベルトから一つの小瓶をすっと抜き出し、ルイに差し出す。
「これは...?」
「おれいだ。とっておけ」
「ありがとうございます。でも、これは何ですか?」
ルイの問いかけにトウトウはルイの手を引っ張り、ちょっとシャーロットから距離をとる。そして、ルイが垂らしたポニーテールを引っ張って無理やり屈ませると、小さく耳元で囁いた。
「惚れ薬」
「…?!」
バッとトウトウの顔を見ると、彼女はヘルメットの前に手を当てて、ケラケラと笑っている。からかわれたと気づき、ルイの顔が真っ赤になる。
「もう、トウトウさん!」
「でも、コウノウは、ホンモノよ! わたしが つくた もの、だからね!」
とくべつに だいきんは、いらないよ。と言い、トウトウがシャーロットの元に戻っていく。ルイは「もう……」とぼやきながらも、手渡された透明なガラス瓶をじっと見つめ、少し目線をふらふらさせて迷ったあげく、しっかりと自分の胸ポケットにしまった。
「そういえばマイはギルドに戻ったようですよ。いまは、彼女に負担のないように幻聴で子供を寝かしつけるサービスなど、まっとうな商売をさせてやろうとミヤビさんが奮闘しているようです」
「それは良かった」
迷宮の掃除がひと段落し、三人は迷宮の外に出て、守衛から少し離れた場所で切り株やくさっぱらに座ってお茶会をしていた。ルイの持ってきたフィナンシェは袋から出したとたんにバターの濃厚な香りがふわっと立ち上がり、食欲をそそる。ヘルメットを脱いだトウトウが、まだ十代前半に見える幼い顔をほころばせて、かぶりついている。よっぽど気に入ったらしく、首を左右に傾げながらルンルンで食べている。そのたびに、頭のてっぺんで左右に括られた黒いお団子ヘアーがぽよんっと揺れた。
「しゃーろとも、さいきん こわがりで よる ママとねてるもんな。たのんだらどうだ?」
「トウトウ!」
シャーロットの顔が真っ赤に染まり、怒りをあらわにする。トウトウがケラケラと笑う。
「え?シャーロットさんが?」
「うん、でも まま は よろこんでる。むすめと いしょに ねられて うれしい、と。みんな ままと ねたがらないから」
「・・・トウトウ」
シャーロットが低く唸りながらトウトウを睨みつける。その顔はまさに般若と呼ぶにふさわしい形相だった。さすがにトウトウもこれ以上はまずいと判断したのか、フィナンシェを口に詰め込み、もごもごと黙る。ルイはシャーロットの意外な反応に驚いていた。あんなに怖がらずに屋敷を探検していたのに、どうしたことだろうか。
「そういえばシャーロットさん、あのあと前までの対応がウソのように怖がってましたもんね。何かあったんですか?」
「・・・言いたくない」
シャーロットがぷいと顔を横に向ける。いま思うと、幽霊屋敷から帰るとき、無事に廊下の奥から三人の前に現れたシャーロットは心なしか青い顔をしていた。いつも以上に口数も少なかったが、パン屋に着くと初めてシャーロットの食事する様子を見たミヤビとマイが心底驚くくらいの食欲を見せていたので大丈夫だと思っていたのだが...。
「なにかあれば言ってくださいね。シャーロットさんの周囲の警備を強化しますよ!」
ルイがどんと胸を叩いて、言う。それに対して、シャーロットは冷たいジト目で答えた。
「警備を強化する前に、幽霊が出た瞬間に市民を置いて逃げるのは止めてくれ」
「しょうがないじゃないですか!怖かったですもん!」
「るい、まだまだだな」
そんな楽しそうにお茶会をする三人の様子を遠目から守衛たちが「いいな~」「俺も彼女欲しいな。今度、街のお見合いパーティーに行ってみるか」と温かい目で見つめていた。




