第十一話:子どもたちの社会
「いやー、まさかあの大食いファイターがシャーロットさんだとは思いませんでしたよ」
「・・・」
「次々と食べ物が吸い込まれていく様子を見て、どこかで見たような光景だなーとは思ってたんです。でも、防護服姿しか見たことなかったんで確信が持てなくて」
「・・・」
「やっぱり、シャーロットさんって女性だったんですね!」
「・・・黙って歩いてくれないか」
テンション高く話しかけるルイをシャーロットが鬱陶しそうに手で払う。あのあと女将さんにルイとの共同調査を依頼されたシャーロットは、いつも感情を顕わにしない性格がウソのように分かりやすく渋面を作っていた 。しかし、
「今度シャーロットちゃんの大好きな甘いパンを沢山差し入れするからさ!悪いけど、頼めないかい?」
と女将さんにお願いされた瞬間、据わり気味の目に輝きが灯り、うんうんと素直に頷いて調査を了承したのだった。
街へ繰り出した二人は、以前と同じように街中の視線を浴びていた。歩く先々で視線が二人に突き刺さる。ただ前回の聞き込みの時と違うのは、その視線には忌避ではなく、歓喜や憧れの感情が籠っていた。ルイは隣を歩く人物に目をやる。その人物は、白く美しい長髪を風に遊ばせ、綺麗にカールしたまつ毛で縁どられた深い群青色の瞳をまたたかせ、長くしなやかな手足をゆうゆうと動かして街を闊歩していた。身に着けているのはシンプルなシャツと裾の長いズボンだが、それがより彼女のもつ美しさを際立たせている。ただ、背中にいつものタンクを背負っているのが不格好で意味不明だが、その違和感すらもファッションの一部だと周囲に錯覚させるほど、圧倒的な美を放っていた。
防護服姿のシャーロットと聞き込みをしたときとは反対の意味で、ルイは周りの視線が痛かった。当の本人は気にしていないのか、女将さんから手土産に渡されたドーナツを歩きながら頬張っている。ハムスターのように少し膨れた頬も可愛らしい。道を歩く男どもが思わず彼女にくぎ付けになり、連れの女性に頭をひっぱたかれている。ルイもドーナツを食べようと袋に手を伸ばすと、しぶしぶ一番小さなドーナツを手渡された。
「・・・シャーロットさんって食べ物に対しては意地汚いですよね」
「・・・」
ルイが恨みがましい目でシャーロットを見るが、彼女は一切気にしていない。黙々と食事と歩みを進めている。そうこうしているうちに二人は例の幽霊を見たという兄弟の家にやってきた。
「すいませーん、どなたかいませんか?」
木製のドアをルイが拳でどんどん叩くと、ぎぃっと蝶番が軋む音がして、中から大人しそうな顔立ちの線の細い中年女性が顔を出した。おそらく兄弟の母親だろう。
「どちら様ですか?」
「魔導治安維持局のルイ・ジェイと申します。ヨハンさんとヨンスさんはご在宅でしょうか?」
魔導治安維持局という言葉を聞いた瞬間、女性の顔がさぁっと青ざめた。頭の中でなにか良くない方向へ考えが巡っているのか、あわあわとした様子で慌て始める。
「すいません!すいません!うちの子たちが、勝手に屋敷に入ってしまって...!本人たちも反省していますので、どうか、どうか牢屋行きだけは...!」
「ちょっ、ちょっと落ち着いてください、お母さん。僕たちは逮捕に来たわけじゃないですよ。今日は、二人に聞きたいことがあって来ました」
「聞きたいこと…?」
相手は警察だからだろう。母親の目からは、まだ不安が消えていない。そこへ母親の後ろから、子どもの声が聞こえてきた。
「なに?僕たちなら、ここにいるよ」
戸口の中を覗くと、小学生くらいの幼い兄弟がいた。ヨハンとヨンスだろう。ヨハンは自分より小さな弟をかばうように前へ立ちはだかり、こちらを敵意剥き出しの目で睨みつけている。二人とも体のあちこちに切り傷が出来ているが、概ね元気そうだ。
「ヨハンくんとヨンスくんだね。魔導治安維持局のルイ・ジェイです。二人に幽霊屋敷で起きたことを聞きたいんだけど、いいかな?」
「・・・いいよ。こっちには拒否権ないんだろ」
ヨハンがぶっきらぼうに言いながら、ふてくされたような態度でルイに応じる。自分の状況を分かっているらしく、なかなか聡い子だ。落ち着かない様子の母親に促されながら、二人は家のなかで兄弟に話を聞くことにした。
「んー、ありませんね。絵画」
「こっちにもないな」
兄弟に話を聞き終えたあと、二人は兄弟が草むらに放ってしまったという絵画を探していた。いじめっ子に反撃するために兄弟が取ってきたという絵画の顔が変わったという話だが、ルイから『顔が変化したのは、もしかしたら絵画に低級のデーモンが憑りついていて二人に悪さをした可能性もある』と話すと『呪いではなかったのか』と、ほっと胸を撫でおろし、草むらに絵画を放り出してきたことをバツが悪そうにしていた。一応、警察であるルイからも今回は目を瞑るが、屋敷への侵入と物を窃盗は犯罪だと厳しく注意してある。
「呪いの絵画かー。シャーロットさん、どう思います?」
「お前の言うようにデーモンの可能性が高いんじゃないか。もしくはミミック。幽霊屋敷は長らく人の手が入ってなかったんだろう。何らかのモンスターが入り込んでいてもおかしくない」
「ありゃ。意外ですね。いつもみたいに魔法を小ばかにして、科学的に説明してくれると思ったんですが…」
「そっちでも、おそらく説明はつく。だが、直接絵画を見ないと断定はできないな」
シャーロットは先ほどの話のなかで、もう絵画の正体を推測していたらしい。
「……人間の脳はマヌケなんだよ」
「えっ?いきなりなんですか?」
「錯視の話だ。脳は膨大な視覚情報を処理するために、常に『思い込み』で手抜きをしている。例えば、どれだけ精巧に作られた人間の仮面でも、裏側の【凹んだ部分】をじっと見つめていると、脳が勝手に『顔は出っ張っているものだ』と過去の経験から錯覚して、表側を向いているように自動補正してしまう。これを応用すれば、こちらが動くたびに『絵の目が回転して、自分を追ってくる』ような錯視を物理的に作り出すことが可能だ」
「なるほど……。でも、表情までガラリと変わったんですよ?」
「なら【レンチキュラー】だな。細かく切り分けた二つの異なる絵を交互に並べて描き、その上にかまぼこ状の凸レンズを重ねる。そうすれば光の屈折で、見る角度によって絵柄が完全に切り替わる。子供たちが逃げ出す拍子に絵が傾き、別の表情が浮かび上がったんだろう。……ただ」
「・・・ただ?」
「このやり方を知っている者は・・・ほぼいない。恐ろしく手間がかかるもので、そもそも貴族の肖像画にそんな小細工をする必要はない」
「・・・シャーロットさんって、やっぱり博識ですねー。そういった知識って、どこで得ているんですか?」
お互いに背中合わせで草むらを探しながら、何気なくルイが放った一言にシャーロットがついと目を逸らす。
「昔は・・・そういった知識を教えてくれる人がいたんだ」
辺りを手分けしてくまなく探したが、結局絵画は見つからなかった。二人は諦めて、屋敷に向かうことにした。もしかしたら、屋敷に向かう道中に落ちているかもしれない。やがて件の幽霊屋敷に着くと、屋敷の門の前には十数人もの子どもたちがたむろしていた。彼らの間にはどこか緊張した空気が漂っている。しかし、警察のルイを見た瞬間、
「あ、やべ!」
「おい、逃げろ!」
と焦った様子で散り散りに逃げて行った。
「待て!」
ルイが追いかけようとするも子どもたちの逃げ足は速く、あっという間に背中が遠ざかっていく。
「いったい、何だったんだ…?」
「おい、これ勝手に入っていいのか?」
ルイが不思議そうにしている横で、シャーロットが夕焼けの血のような赤に染まった屋敷を見上げながら問う。無表情で感情がうまく読み取れないが、怖がってはいなそうだ。
「そうだった、建物の所有者に許可をとらないと…」
ルイの不手際を余所に、シャーロットが門を手で指し示す。
「許可、取らなくてもいいんじゃないか」
シャーロットが指し示した先には、レンガ造りの門の一部が崩れ落ち、歪な大穴がポッカリと開いていた。小さな子どもなら直立したまま、大人でも身を屈めればどうにか通れるほどの大きさだ。穴の周囲の地面は踏み荒らされて草が剥げており、頻繁に人が出入りしていることを物語っていた。
「入るか」
「ちょっと、シャーロットさん!」
ルイの制止も聞かずにシャーロットが身をかがめて、すんなりと門を通り抜けた。ルイもそれに続こうとするが、鍛えている大きな体が穴につっかかり、あちこちに服を引っかけながら通り抜ける羽目になった。門の内側では、荒れ放題の庭から野性味あふれる青草の濃密なにおいが漂っている。
「もとは上流階級の人間が住んでいた屋敷と思えませんね」
「雑草がそこらじゅうに生えているな」
周りを見回しながら屋敷に近づいていくと、不意にシャーロットが「あ」と声を上げた。
「どうしました?なにか見つけましたか?」
ルイが近寄ると、彼女の目線の先には一本の草が生えていた。背丈の高い草で、つるりと長い茎を伸ばし、上の方にはギザギザとした鋭い葉が付いており、見るものを刺すような見た目だ。
「これは毒草だ。触ったら、かぶれるぞ」
そう言いながらシャーロットは至近距離で草を観察している。どこからか種子が飛んできて、この環境に適応したのだろうか。離れ小島のように所々に群れをなしてうっそうと生えている。
「これ、トウトウが好きなんだよな。持って帰ろう。悪いが採ってくれないか」
「えー、これ欲しいんですか?!毒草ですよね?」
「トウトウは薬師だ。薬草も毒草も大好きだが、特に毒草には目がない。葉の部分に毒があるから、素手で触らないように気をつけてくれ」
「どんな人なんですか…」
ルイはしぶしぶといった調子で、毒草を手袋越しに採取し、シャーロットの差し出す紙袋に入れる。女将さんから手土産に渡されたドーナツの袋だ。ドーナツが入っていた部分を裏返しているが、ところどころに油染みがある。ここに入れて、本当にいいんだろうか。しばらく、せっせか毒草を採っていると不意に屋敷の中から子どもの泣き声が聞こえてきた。
「シャーロットさん!」
「行くぞ!」
二人は顔を示し合わせ、頷くと泣き声のする方へ急いで向かった。屋敷の大扉の前に着き、扉の一部分に作られたくぐり戸のノブを回すと、扉はあっさりと外側へ開いた。二人が中に入ると、入ってすぐの場所にある吹き抜けの丸い踊り場に白目を剥いて気絶した大柄の男の子が倒れていた。その両脇には同じく恰幅のいい男の子たちが男の子たちが「マルル、起きてよ~」と泣いている。
「どうしたの?何があったの?」
「あ、お巡りさん…」
大人、しかも警察が来て安心したのか、男の子たちがルイを見上げてほっと安堵の表情を浮かべる。ルイの横では、シャーロットが素早く左右に目をやり、タンクから伸びた掃除機のノズルを警戒しながら構えていた。
「マルルが、マルルが…」
「呪われちゃったんだよ~」
泣きじゃくる二人が指した先を見ると、気絶している男の子の体中には赤いかぶれたような跡が浮き出ていた。頭の後ろに大きなたんこぶが一つ出来ている。
「やっぱり、幽霊屋敷なんて来るんじゃなかった…!」
「俺たちも死んじゃうんだ~」
ルイがどうにか二人を宥めながら話を聞くと、この三人は近くの小学校に通っており、そこで同じ学校に通う兄弟が幽霊屋敷から逃げ出してきたのを馬鹿にしていたところ『じゃあお前たちは絵画を持ってこれるんだよな、怖くないんだろ?』『ヨハンを笑っているなら、できるわよね!』と大反撃を食らい、学校中の子どもたちに取り囲まれながら屋敷に連れてこられたという。そして屋敷内にちゃんと入るまで外側から子どもたちに監視されていて、出るに出れなくなっていたところ、男の子の全身に赤い跡が出てきたという。
「お友達を馬鹿にするから、そういう目に遭うんだよ。そもそも、人の家に勝手に入っちゃいけないでしょう!」
「ごめんなさい~!」
「ごめんなさい」
ルイの叱責に二人の子供たちが泣きじゃくりながら謝る。一方で、シャーロットは無言でマルルの傍らにしゃがみ込んでいた。ノズルを警戒するように構えたまま、その鋭い群青色の瞳で、マルルの体中に浮かんだ赤いかぶれ跡と、頭の後ろの大きなたんこぶをじっと見つめている。気絶した男の子を観察していたシャーロットが、唐突にぽつりと一言もらした。
「これは呪われたな」
「えっ?」
「マルル、死んじゃうの?」
「死んじゃいやだよぉ」
シャーロットの言葉に男の子たちが再び激しく泣き出す。ルイは短い付き合いながら、相手のことを思いやる情の深いシャーロットが怯えている子どもに冗談でも言わないようなことを口に出したことに驚き、思わず彼女の顔を見た。シャーロットの顔は無表情で、何を考えているのか読み取れない。ただ、淡々と話を続けている。
「今までさんざん周りをいじめてきたんだろう。その悪い念はゴーストたちの大好物だ。屋敷にいるゴーストたちが呼び寄せられて、彼もお前たちも呪われたな」
「うわ~ん、ごめんなさい!ごめんなさい!助けてください」
「助けてください~!」
「ちょ、ちょっと、シャーロットさん!」
ますます泣き声が増す二人の子どもの様子にルイが思わず口を挟もうとするが、目で制されてしまう。その瞳には微かな怒りと正義の光が綯い交ぜになっていた。
「このままだと2~3日で命を落とすぞ。君たちにもじきにこの呪いの跡が浮かび上がるだろう。そしたら、全身に赤いぶつぶつでびっしり生え、やがて焼けただれ、全身がスライムみたいにどろどろに溶けて――おしまいだ」
「うわああああああん!助けてください~」
「助けて~」
「もう、周りをいじめないか?お友達に親切にできると約束できるか?」
「はい、もうしません」
「もうしません~」
「よし」
二人の返事を聞くと、シャーロットは頷いて、大泣きする二人の頭上に手をかざし、何やらむにゃむにゃと呪文のようなものを唱え始めた。そして気絶している男の子の頭上でも同じことを繰り返す。そうこうしているうちに、
「う~ん」
と唸りながら、気絶している男の子が起き上がった。
「「マルル!」」
二人の男の子が顔を輝かせて、マルルと呼ばれた大柄な男の子に飛びつく。
「あんたたちは・・・誰だ?」
「マルル!警察と霊媒師さんが助けに来てくれたんだよ!」
「僕たちゴーストに呪われてたんだ!いじめてたから、ゴーストを起こしちゃったんだよ!」
「でも、霊媒師さんが呪いを解いてくれたんだ。だから、もう安心だよ」
マルルは口々に話される支離滅裂な内容に目を白黒させながらも、その巨体に似合わず、中身はまだ年相応の子供だったのだろう。二人の大人を見て安心したのか、その場で大泣きしだした。
「うわぁああああああん、怖かったよ~!」
「門まで送っていく。言っておくが、お前たちとゴーストの縁は完全に消えたわけじゃないからな。また、周りをいじめたらその悪の念につられてゴーストがやってくるぞ」
「分かりました、もういじめをしません!」
「良い子にしますから!許してください」
「もうしません!」
シャーロットの再三の脅しに子供たちが怯えてコクコクと縦に首を振る。これだけ脅しておけば、もう学校でも大人しくしているだろう。三人の顔を見回して脅しが十分に効いたことを確認すると、二人は子どもたちを送り出しに外へ出た。子どもたちを見送ると、ルイが呆れたようにシャーロットを見る。
「……シャーロットさん。呪文ってなんですか、呪文って。魔力もないのに」
「ただのハッカ油だ。むにゃむにゃ言いながら、気絶したガキの鼻先に擦り込んでやっただけだ。刺激臭で脳が跳ね起きる。……ただの物理現象だ」
シャーロットはそう言って、指先に残った薬の匂いをパッパと無造作に払った。
「あと、あの子の体に出ていた赤い蕁麻疹の正体って、もしかしてさっきの毒草ですか?」
「そうだ。よく分かったな」
「間近でシャーロットさんの推理を見ていますからね。……あ、そうか! さっきマルルだけに発疹が出て、他の2人に出なかったのは、マルルだけ背が高くてあの毒草の葉に触れちゃったからですね?」
「その通りだ。あの草はひょろ長いからな。ちびどもには届かなかっただけだ。ただの物理現象だよ」
「なるほどな。……でも、あの発疹って本当に治るんですか?」
「大した症状ではない。2~3日したら自然に治る」
「あぁ、だから発疹が出ているうちに脅しをかけまくったんですね」
ふふっ、とルイは少し笑ってしまった。食べ物だけに興味があると思いきや、思いかけずいじめっ子を成敗するような熱い部分もあるのだ。人間味あふれるところもあるんだな、と感慨深げに思った。
「どうした、いきなりニヤニヤしだして。気持ち悪いな」
「ニヤニヤはしていません!」
シャーロットの指摘にルイは笑みをひっこめる。人間らしい温かさも持っているんだなと思った矢先にこれだ、とぶつぶつ言っていると、不意に視界の隅に黒い影が動いた。そちらを見ると、屋敷の角から、こちらをじっと見つめる黒いローブの姿の人物が立っている。
「おい!」
ルイが声を上げると同時にローブの人物が身を翻して、屋敷の後ろへ走って逃げていく。あれは幽霊じゃない。しっかりとした足取りは明らかに人間だ。
「追いかけろ!」
「はい!」
シャーロットの怒声に押され、ルイはローブの人物を追いかけ始めた。屋敷の周りは2メートルほどの高い鉄製の黒い柵に囲われており、逃げ場がない。このまま逃げても、シャーロットの待ち構える屋敷の前面に出るだけだ。勝利を確信して屋敷の周りを追いかけていたルイだったが、最後の角を曲がった時に驚愕した。屋敷の前面に戻ってきたが、シャーロットが黙って首を横に振っている。今まで追いかけていた謎の人物の姿は忽然とその場から消えていたのだった。




