第八話:黄金の麦穂
二人が『黄金の麦穂』を訪れると、仕事上がりの肉体労働者や迷宮が突如閉鎖されたことで行き場をなくした冒険者たちで中は大賑わいしていた。店の奥には、横並びで酒や食事を楽しめるカウンター席があり、右端の方に小汚い恰好をした中年の男が座っている。
「おい、泡を作るだけのクセに遅いな!さっさと持ってこい!」
中年の男はビールを運んできたショートカットの店員の女の子につば交じりの怒号を飛ばしている。女の子は「遅れてしまい、申し訳ありません」と平謝りしながら、キィィィィィンと微かな高音を出して魔法でビールにクリーミーな泡を作って渡し、そそくさと席を離れた。
「アトスだな?」
「ん?」
中年の男――アトスが振り返ると、そこには蒼いカラスの青年と全身が防護服で覆われた異常な出で立ちの二人組が立っていた。アトスは顔を不気味な二人組を見て顔を青ざめさせ、テーブルに立てかけてあった傍らの杖を年のいった皺の目立つ手で握る。
「なんだ、お前ら!言っておくが、もう金は使い果たした。手元には一銭もなんだよ」
声と体を震わせ、二人を交互に怯えたように見つめる。その様子に、ルイはやれやれと呆れたように首を振った。
「なにがなんだか、分かりませんが...。これは、たくさん話を聞く必要がありそうですね」
「・・・そうだな」
シャーロットが同意したと同時に、ルイが素早くアトスの方へ踏み込み、手首に手刀を叩きつけて杖を叩き落とす。
「いってぇ!」
そして、アトスが痛がっているうちに、シャーロットが落とした杖を掃除機でシュゴオオ!と素早く吸い取った。
「お、俺の杖...」
痛みで涙目になりながらアトスが二人を睨みつける。その両脇にアトスを挟むようにして二人はカウンターへ座った。
「あなたに聞きたいことがあるんです。正直に話してくださらないと・・・」
「吸うぞ」
笑顔のルイに続き、シャーロットがさっき杖を吸い取った掃除機の先端になる横長のヘッドでアトスの頭頂部を上から軽く小突く。
「何でも話しますから、許してください!」
とアトスが悲鳴を上げた。反撃手段を失くしたその顔には、恐怖と怯えが刻まれている。しかし、ルイがラドロンが死んだことについての調査をしていると知ると、一転してその顔には人を小馬鹿にしたような不快な笑みが浮かんだ。
「ラドロン?あいつが死んだって?まぁ、殺されたんでしょうね。あっちこっちに借金してましたし、性格も悪いから周りの奴らみんなに嫌われてた。俺たちは良いコンビだったと思いますよ。俺がモンスターを溺死させて、アイツが素材を剥ぎ取って運搬する。シンプルなやり方でしたけど、これでも第七階層に到達するくらい上手くいってましてね。でも、最近は仲が悪くなって...。え、受付嬢に聞いた?あのケバ女め...。いや、きっかけはアイツが儲け話を持ち掛けてきたこことですね」
「儲け話?」
シャーロットの聞き返しに、アトスが怯えたように身をすくませる、彼の頭には、掃除機の先端がぴったりとくっ付いたままだ。シャーロットの反応に連動してノズルの先端が頭の上で動くのがおっかないのだろう。
「アイツは俺と迷宮に行くだけでなく、よくギルドに来る依頼も受けていまして...。そこで、金持ちの家の用心棒をやったときに宝石を一つ盗んできたと言うんです」
「宝石…。まさか、ルネの首飾りか?」
ルイの言葉にアトスが首をすくめる。ルネの首飾りとは、街でも有数の運搬業を営む『ルネ商会』のご息女が近々嫁入りするとのことで遠方の地より取り寄せた装飾品だ。首飾りの真ん中には大きなブラックダイヤモンドが輝き、それを取り巻くように左右に無数のダイヤモンドが煌めいている。その優美なデザインは彼女のお気に入りで、毎日のように身に着けていたらしい。それが、ある日忽然と姿を消したと新聞でも一面を飾るほどの大きな話題となっていた。
「それなのかは分かりませんが。とにかく、それを迷宮の乾燥地帯に隠したというんです。ただし、風が吹き荒れているせいでどこに隠しておいたのか忘れてしまったと。アイツはいつもそうですよ。肝心なところでヘマをする。そこで、探すのを俺に手伝ってほしいと言いましたね。俺は二つ返事で了承したものの分け前の話で揉めまして。俺が分け前は五分五分だと言ったら、盗んできたのは自分なんだから分け前は八対二だと譲らなくて。結局、交渉決裂して喧嘩別れしちまいました」
そこでアトスはグラスの底に残っていた僅かなビールをグイっと飲み干す。そして、テーブルを拳でドンっと叩き「黄金ビールのおかわりを持ってこい!」とだみ声で若い女の店員に怒鳴った。
「おい」
ルイが横暴な態度を窘めようとしたとき、グイっとアトスがその場で宙に浮いた。いや、宙に浮いたのではない。正確にはシャーロットの掃除機が彼の髪を吸いあげて、そのまま上へ持ち上げている。そのため、アトスの体全体が椅子から浮き上がっていたのだ。
「いてててててて!」
「・・・」
「おい、アンタ。警察だろ!市民が暴力されているのを黙って見てていいのか!」
吸われている頭を両手で抑えながら、バタバタと空中にぶら下がった足をばたつかせてアトスが抗議する。
「市民って...。泥棒の片棒を担ごうとした半グレの間違いだろ。あと、店員に大声で怒鳴ったから威力業務妨害罪。犯罪者だね」
「なんだと…!話してやったのにこの!」
「・・・」
シャーロットがカチッとボタンを操作し、無言で掃除機の吸引力を上げる。
「いてててててて!すいません、すいませんったら!」
「謝るのは店員に対してだろ」
「分かりました!謝ります、謝りますから!」
ようやくシャーロットに椅子へ下され、アトスが舌打ちをしながら頭を撫でつける。その頭には掃除機の横長のヘッドの形が赤く刻まれていた。
「くそっ、借金取りよりも厄介な連中だぜ」
「借金?お前、だから怯えていたのか」
二人を借金取りと勘違いしたからこそ、最初に出会ったとき「もう金は使い果たした」と言っていたのだろう。アトスがじろりとこちらを睨みつける。
「ラドロンから最初に話が来たときに、もう金持ちになるからいいや、とあちこちから借りてしまいましたね。こんなことになるなら、もっと早く宝石を見つけりゃよかった。あーあ、酔いも冷めちまったし、ここらでずらかるとするかね」
そう言うと、そそくさと席を立ち去ろうとする。しかし、その目の前に二人のガタイのいい男が立ち塞がった。村人らしい素朴な麻の服を着ているが、その袖から覗く腕は歴戦の冒険者のように鍛え上げられており、酒場には不釣り合いなほど所作が洗練されている。
「なんだ、お前たち邪魔だ。さっさとどけ!」
「アトスだな?窃盗の共犯容疑で逮捕する」
アトスの怒鳴り声も気にせず、村人だと思われたガタイのいい男たちは、ポケットから蒼くて四角い帽子を取り出して頭に被った。その帽子の真ん中には、魔導治安維持局の象徴である左右に伸びたリーフの上に二羽のカラスがとまった銀色の紋章が燦々と輝き、彼らが蒼いカラスだということを証明している。もう片方のポケットからはアトスの名前が記された逮捕状が出てきた。その紙を見て、アトスが顔を青くする。
「・・・いつの間に通報したんだ?」
おい、俺を捕まえたって無駄だぞ! あの宝石を見つけられるのは俺たちだけだ!と悪あがきを叫びながら、二人の男に両腕を掴まれて引きずられていくアトスを見送りながら、シャーロットがルイに尋ねる。ルイは得意げにふふんと鼻を鳴らし、ポケットから四角くて黒い魔道具を取り出した。
「これは警察の間で使われる通信機器でして。画面の下にたくさん並んだ暗号ボタンを押せば、メッセージを仲間に送ることができるんです。特定の組み合わせで応援要請や通報が簡単にできましてね。アイツがべらべらと気分よく話しているうちに、これで通報しておきました」
「・・・なかなか器用なことをするな」
シャーロットの声には素直な感心が混じっている。ルイは再びふふんと鼻を鳴らした。
「すごい!お客さん、あの厄介な客を追い払ってくれたのね!」
いつの間にか、数人の店員が二人の周りを取り囲んでいた。周りのテーブルやカウンターに座っている客もぱちぱちとこちらを向いて小さく拍手をしている。普通は酒場など民間の場に警察が来ることは嫌がられるものだが、ここまで喜ばれるということは、よっぽど厄介な客だったんだろう。
「ぜんぜん。僕たちの仕事ですから」
「そんなこと言わないで!お礼に一杯ごちそうさせて!」
「私も!」
「私もおごるわ」
「いや、僕たちは一応公務中なので・・・」
「そんな遠慮しないで。今日はうちの自慢のビールの女神が出勤しているよ!格別に美味しいのをごちそうするから、飲んでって!」
ルイの言葉も聞かず、店員の女の子たちは「黄金ビール二丁!」と元気よく厨房へ注文を伝えてしまっている。ただ二人は入店してから何も頼んでいなかったので、騒ぎを起こしてしまったお詫びも兼ねて、遠慮なく注文させてもらうことにした。
「ビールは注文してもらいましたし…、シャーロットさんは何を頼みます?」
「フルーツの盛り合わせにポテト、溶岩ステーキ、パン、食後にチョコレートケーキとブリュレパフェ」
「そんなに食べるんですか?!そんな軽い体のどこに入っているのか、毎度不思議です」
ルイが座っているシャーロットの全身を上から下まで眺める。防護服を着ているので、見た目にはやや大柄の体格に見えるが、先の戦闘で抱き上げた時に防護服の重さを考えても軽い重量に驚いたものだ。
「お兄さんはどうする?」
「とりあえず、以上で」
「はい、フルーツの盛り合わせにポテト、溶岩ステーキ、パン、チョコレートケーキとブリュレパフェは食後ね。了解!」
店員の女の子は注文メモを取ると二人に軽くウインクをして、厨房の方へ消えていく。入れ替わりに店員の一人が二人の方へ近づいた。
「お客さん、さっき少し話が聞こえちゃったんだけどさー。ラドロンって死んだの?」
「え?ちょっと、それは言えなくて…」
「そうだよねー。でも、アイツと連れてかれたアトスがもう来なくなったら、店員の女の子はみんな喜ぶだろうね」
「・・・なにか嫌なことをされたのか?」
シャーロットの問いかけに女の子たちが一斉に顔を怒らせる。不満が溜まってるらしく、愚痴がどんどんと出てくる。
「ビール一杯だけで何時間も粘るくせに、なんであんなに偉そうにできるんだって感じ!」
「ねー。後ろを通ると、すぐ尻とか触ってくるし。そのくせ、私たちを見下して。口癖は『俺は冒険者・水の魔法使いアトス様だぞ!お前らみたいな凡人と違うんだ』って言ってきたりね」
「ラドロンも大した腕前の盗賊じゃないくせに、うちらの魔法を馬鹿にしてねー」
料理を運んできた女の子もテキパキとテーブルに料理を並べていきながら、愚痴に参加する。あの二人は、この店でよほど厄介な客だったらしい。ルイがさっそく出来立てアツアツの料理の一つに手を付けようとすると、シャーロットにパシンッと手をはたかれた。
「あいたっ、何をするんですか。シャーロットさん!」
「私の料理に手を付けるな」
「えっ、もしかして、これを全部ひとりで食べるつもりなんですか?」
ものすごい量を注文したので、てっきり二人分を頼んでくれたのかとルイは思ったが、どうやら違うらしい。熱く熱された石板の上でジュウジュウと美味しそうな音を立てるステーキ皿を自分の方に引き寄せ、こちらをじっと見つめて警戒しながらシャーロットは肉を掃除機で吸い取っている。ヘルメットの奥から、こちらの動作をじっと監視している鋭い視線を感じる。一つたりともルイに分ける気はないらしい。
「なんだー。二人分だと思ったのに・・・」
そのとき、落ち込むルイの後ろから、
「お待たせしましたっ!黄金ビール二丁!」
と元気な声がかけられた。振り返ると二人が入店した直後にアトスから絡まれていたショートカットの元気そうな女の子の店員がビールジョッキを両手に持って立っている。
「メルのビールは特別だよ、お客さん!ジョッキに注いだビールの液体に振動を与え、きめ細やかでクリーミーな「最高の泡」を一瞬で作る名人なの!黄金の麦穂でしか飲めない格別な味!あのムカつく二人も文句を言いながら、何度も注文してたね」
「こらっ、フネル。他のお客さんの話は止めなさい」
ショートカットの女の子の後ろから、頭の上でお団子にした店員がひょっこり顔を出し、二人に自慢げに話す。どうやらメルの作るビールはこの酒場で大人気の看板商品らしく、なかにはわざわざコレだけを目当てに通い詰める常連客も居るという。ペラペラと饒舌に話す女の子をメルと呼ばれたショートカットの女の子が優しく窘める。
「当店では私の魔法『微細振動』できめ細やかに泡立てたビールが評判なんです。ご注文いただいたお客様には、こうして目の前でビールに魔法をかけさせていただき、新鮮な状態で楽しんでもらってるんですよ」
「へー、それは美味しそう。ぜひ、お願いします!」
「わかりました!では早速、お二人のビールをおいしく大変身させちゃます!」
ルイの明るい返事にメルはウィンクを一つ飛ばすと、その場で静かに詠唱を始めた。
「細めく波紋よ、万物に浸透せよ。目に見えぬ震えを以て、境界を崩し、万物の奥まで共鳴させよ」
「微細振動!」」
キィィィィィン……という耳鳴りのような鋭い高音が店内の喧騒を貫き、ルイとシャーロットの耳の奥を小さく震わせる。彼女が両手を2つのビール杯の上にかざすと、黄金色の液体の底から細かな泡が立ち上り、水面にきめ細やかで美味しそうな白い泡がもこもこと泡立つ。シャーロットも興味津々なのか、もくもくと動かしていた食事の手を止め、パフォーマンスを食い入るように見つめていた。
「お待たせしました!ごゆっくりお楽しみください!」
メルはぺこりとお辞儀をすると、また別の客のビールを泡立てにそちらへ行った。ここのビールは評判らしく、次から次へと飛ぶように売れている。
「いただきます」
ルイが一口飲むと、口の中にビールの良い香りが強く広がり、舌触りのなめらかでクリーミーな泡が優しく苦みを包みこむ。苦みと優しさのバランスがちょうどいい味わいで、これまで飲んだなかで一番おいしいとルイは感動した。
「これ、おいしい――!」
「・・・」
目を輝かせるルイとは対照的に、シャーロットは先ほどメルから渡されたビールをじっと両手で抱え、微動だにせず見つめている。
「シャーロットさん?はやく飲まないと泡が萎んで勿体ないですよ!こんな美味しいビールは初めてです!」
「・・・」
黙っているシャーロットのヘルメットの表面には、彼女が泡立てたクリーミーな泡がまるで時を止めたかのように新鮮な状態で泡立ったままだ。後ろの方ではメルに絡んでいる酔っぱらいの声が聞こえる。泡立てるだけの魔法でなんでこんなに提供が遅いんだ!と文句を言っているようだ。
「謎は片付いた(チェック・アウト)」
「え?」
「ルイ、今夜は遅くまでかかるぞ。なにか食べておけ」
そう言って、自分の方へ押し出されたステーキ皿を見て、ルイは明日は槍でも降るんじゃないかと鉄製の武骨なデザインのシャンデリアが飾られた酒場の天井を見上げた。




