表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
11/11

第九話:溺死体の産まれ方

月が登る暗い夜道を一人の酔っぱらいがふらふらとおぼつかない足取りで歩いていた。道沿いの建物の壁に寄りかかりながら、時折しゃっくりを上げてゆっくり進んでいく。


「ひっく、うっく。う~、飲みすぎちまった」


その酔っぱらいの背後に一つの人影が現れた。その人物は頭までフードをすっぽりと目深にかぶっており、酔っぱらいの後ろをつかず離れずの距離を保ちつつ、ゆっくりと追従していく。やがて、二人は立派な庭をもつ金持ちの邸宅の前にたどり着いた。


「う~」


限界がきたのか、酔っぱらいの男が庭の生垣に体を預けた姿勢のまま、ずるずると石畳の敷かれた歩道に座り込む。すると、今まで距離を保って後ろを歩いていた人影がさっと酔っぱらいに近寄った。そして上半身を覆うマントの裾の片側が持ち上がり、片手を男に向かって真っすぐに伸ばす。フードの奥からなにかぶつくさと呪文が聞こえ、キィィィィィンという高音が夜の静寂を切り裂き、若い新緑色だった生垣が急速に萎びて枯葉に変わっていく。


「そこまでだ!」


鋭い男の声が辺りに響く。フードの人物がびくりと肩を揺らし、呟きが止まる。


「警察だ!第一級魔法殺人未遂容疑で逮捕する!」


ルイの声にフードの人物が声のする方へ振り向く。黒いフードの奥に街灯の明かりが差し込み、中に潜む顔を浮かび上がらせる。その人物は、さっきまでお客さんに明るくビールをふるまっていた酒場の看板娘――メルだった。


「あ、先ほどのお客さんたち。こんばんは」


メルはフードを脱ぎ、愛想のいい屈託のない笑顔で二人へ向き直った。酒場で見た元気で明るい人気看板娘の表情をしているが、その全身からは緊張と抑えきれない殺気が漏れ出ており、酔っぱらいに向けていた片手の周りには街灯に照らされて霧のように細かいミストが発生しているのが分かる。


「こんな夜にどうしたんですか?」


「メル、お前がそこの男を魔法で殺そうとしたことは分かっている。つい先ほど、迷宮の乾燥地帯で発見されたラドロンの殺人とその罪をアトスに擦り付けようとしていることもな」


「いきなり何を言っているんですか?私には、ぜんぜん何のことだか分からないんですか...」


メルはきょとんとした純真無垢な表情で首を傾げている。幾多もの来店者を虜にしてきた看板娘は演技も上手らしい。


「お前がどうやってラドロンを殺したのかは分かっている。そこの男と同じ微細振動マイクロ・バイブレーションで溺死させたんだろう」


「イヤだな、お客さん。私の魔法はただビールを泡立てるだけの稚拙なものですよ。人を溺死させるなんて出来るわけありません!」


メルが顔の前で手をナイナイと手を振って、困ったように笑う。しかし、シャーロットはそれには乗らず、追及の手を緩めなかった。


「お前の片手の周りに発生しているミスト。それが溺死の原因だ」


「え?あれがですか?」


ルイの聞き返しにシャーロットが首肯する。


「そうだ。酒場でビールを泡立てているのを見て思いつき、さっきお前が魔法を使おうとして生垣が急速に枯れていくのを見て確信したよ。お前の魔法は『ビールを泡立てる』ものではなく、厳密には『物を振動させる』魔法なんだな。ラドロンの場合、彼の死体の周りだけドライサボテンが枯れていた。お前はドライサボテンを振動させて内側から繊維を壊して内部の水を気孔からミスト状に放出させ、ラドロンの周りの空気に混ぜ込んだ。乾燥地帯なのに、そこだけ空気に多量の水分が含まれた高湿度空間の出来上がりだ。閉じ込められた人間は、最初は『少し空気が湿ってるな』程度にしか感じないかもしれない。ただ徐々に周りを漂うミストの量が増えるにつれて、呼吸をするたびに肺には水分が溜まっていく。今は街灯の明かりに照らされてミストが漂っていることが分かりやすいが、犯行現場は薄暗い迷宮内。自分の周りをミストが取り囲んでいるのは見えにくかっただろう。そうして被害者は大量の水を『飲んでいる』のではなく『吸い込み』続けた。肺を内側から焼かれるような苦しみに襲われ、必死に胸を叩いたり首を掻きむしったりと足掻きながら、吸えば吸うほど溺れるという地獄のなかで、最後には地面を転がりまわり死んだ。死体の口や鼻の端に付いた細やかな泡は、肺のなかで激しく泡立った体液漏れ出たんだろう。見事なものだよ。あそこまできめ細やかで繊細な泡はビールはもちろん、他の溺死体でも見たことがない!」


黙って首を傾げたままシャーロットの一人台詞を聞いていたメルだったが、最後の少し熱に浮かされた感嘆の言葉を聞いたとき、その目の奥には微かに喜びの光が瞬いた。指先で手の周りに纏わりついているミストを弄ぶ。一転して冷静な声に戻り、シャーロットが言葉を続ける。


「そこの酔っぱらいにも生垣の植物から奪った水分で高湿空間を作り出し、溺死させようとしたんだな」


「あははっ。イヤだなー、お客さん。ただ、私はお店が終わって帰宅していただけですよ。なんで、それで殺そうとしたと判断されるんですか。ね、警察のお兄さん。そんなバカな話ありますかねぇ?」


先ほどとは打って変わり、ねっとりとした口調でメルがルイに問いかける。ルイは黙って、メルに向けて拳を向けた。手袋の奥で金色の紋章が微かに光っているのが分かる。前回の事件を経て、シャーロットの推論の細かい部分までは理解しきれないながらも、メルが犯人だろうという見解は一致しているらしい。それを見てメルは冷ややかな顔になり、再びシャーロットに向き直る。


「だいたい、動機は何です?死んだラドロンさんとこのおじさんを殺す理由は?」


「警察に連れ去られたアトスも含め、お前に狙われた三人には共通点がある。お前の魔法を馬鹿にした」


その言葉に、メルの酔っぱらいに向けられた片手がピクリと反応する。どうやら図星らしい。いま、メルに命を狙われている酔っぱらいは先ほどの酒場でこう言っていた。『泡立てるだけの魔法でなんでこんなに提供が遅いんだ!』と。そしてラドロンとアトア。ラドロンは純粋に若い女の子の気を引きたくて、自分がいかにすごいかを吹聴するために彼女の仕事を馬鹿にし、アトアはゼロから水を作り出せる自分の方が魔法技術がすごいと彼女の『微細振動マイクロ・バイブレーション』を馬鹿にしていた。全員、メルの長年培われた職人技とも言うべき繊細な魔法を馬鹿にしたのだ。


「一人が一系統の魔法を持てる世界で、最初は自分が何の魔法を使えるか全く分からなかっただろう。物を振動させるなんて、認識するのすら難しい。魔法が使えないかもと思い、いじめられたり不安になったこともあっただろうな」


シャーロットの声には温かみが灯りながらも、諦めに近い寂しさが混じっていた。そしてポケットから、しわくちゃと萎びたサボテンと、水が抜けてきてはいるもののまだ表面に張りがある二つのサボテンの欠片を取り出す。溺死体の近くで立ち枯れていたサボテンと、死体から離れた場所にあったサボテンだ。


「これは溺死体の近くで発見した。お前が溺死体を作ろうとしても、自身で水を生み出して溺れさせることはできない。あくまでもお前の魔法は『物を振動させる』だからな。だから、溺死させるための水の源となるものが必要だった。それが、ここでは生垣。乾燥地帯では、ドライサボテンだったんだろう。植物の内部を振動させて水分を奪い、蒸発した水分をミスト状にして、被害者の全身の穴という穴に見えない水の弾丸を送り込んだ。だからこそ、ラドロンの死体に残されてた魔力の痕跡は、魔力の混ざったミストで全身が覆われていたため体全体が光り、水の出入り口となった鼻と口がひと際濃かった。また周囲の床に細かく降り注いでいたゴマ粒のような痕跡は、ミストの跡だったんだろう。なぜ、わざわざ迷宮の第六階層まで下ったのかは、ラドロンとアトスが最近二人でよく出入りしていたと聞いて、アトスに罪を擦り付けるためだな」


シャーロットの言葉にメルの肩がわなわなと震えている。


「あ・・・ちか・・・」


「あちか?」


ルイが聞き直すと同時に、その全身から激情が噴き出した。


「ただビールを泡立てるだけじゃない!私の魔法はすごいのよ!ラドロンだって、何が起きたまま分からない顔で目の前で死んでいったわ!アイツの最後は無様だったわね。見えない敵を倒そうとしているかのように、ふらふらになりながら必死に空中へ向かってパンチを繰り出していたわ。そんなヤツ、どこにも居ないってのに!」


キャハハと夜道に甲高い嬌声が木霊する。そして、足元で熟睡している酔っぱらいを見下ろした。


「こいつもよ。人のことを馬鹿にするくせに、自分の持っている魔法だって大したことないじゃない。それなのに、それを磨こうと努力もしていない。冒険者にもなれない、アイドルとしても活躍できないような、こんな使い道の分からない魔法をどれだけ私が一生懸命に活用しようと努力したのか考えたことはある?」


いまや道に横たわってグースか寝ている酔っぱらいを冷たい目で見つめ、メルが激高する。一般的にメイン魔法と言われる木・火・土・金・水系統ならば基本的な使い方や応用の仕方は広く知られているが、マイナーな魔法ともなると自身で使いようを考えるしかない。この国では一人一系統の魔法が使えるが、その系統は魔法学者がいまだに新しいタイプを発見するほど多岐に渡る。国民の数だけ様々な魔法があるのだ。そして次の瞬間、メルは寝ている酔っぱらいを力いっぱいに足で蹴り飛ばした!


「ちょっと!」


酔っぱらいは生垣の反対にある街を流れる小川へゴロゴロゴロと転がっていく。まだ温かいこの時期なら凍傷になることはないが、いくら浅い川でも水に浸かる場所が悪ければ溺死の可能性もある。ルイが慌てて酔っぱらいを追いかけると同時に、メルが身をひるがえして夜道を逃走しだした。


「メル!」


「シャーロットさん、追いかけてください!こっちは任せて!」


「分かった」


ルイの言葉を背にシャーロットが急いでメルを追いかけていく。前を走るメルは息を切らせながらも、ぶつぶつと魔法呪文を唱えていた。


微細振動マイクロ・バイブレーション!」


詠唱が終わると同時にシャーロットに小川の方から霧となった水の弾丸が降り注ぐ。


「掃除機!広範囲に吸引モード!」


しかし、それをシャーロットは掃除機でまとめて吸い尽くしてしまう。


「無駄だ。空気の流れを操るのは私にもできる。流れに乗っているだけの気体では私には届かない」


「くそっ!」


悪態をつきながらいくつもの路地を曲がり、メルがどんどん暗がりへ逃げていく。シャーロットもとても重装備を身に着けているとは思えないほど、ドスンドスンと重そうな足音を立てながら追いかけていく。やがて路地の行き止まりに着き、メルがバッと後ろを振り返った。


「メル...!追いかけっこはおしまいだ!」


「ぐっ!」


メルは必死で辺りに首を巡らし、どこかに逃走経路がないか見回している。しかし、ここは路地の突き当り。彼女の背後左右には壁があり、どこにも行く場所はない。そのとき、路地全体に女の声が響いた。


「メル」


「我らが父!」


メルが上空を見上げて、安心したように笑う。シャーロットにもその声が聞こえていた。その声はどこから届いているのか皆目見当もつかない。路地の上から降ってきているようにも、路地全体に木霊しているようにも、脳内に直接響いているようにも聞こえる。


「メル、よく頑張ったわね」


「はい、一人は殺しました!こいつらさえいなければ、もう少し殺せたんですが」


メルが目を吊り上げて、こちらをキッと睨みつける。前回、エアを追い詰めたときに最後に聞こえてきた声と同じ主だ。いまは感情を宿らせた温かみのある口調で、メルに語りかけている。


「メル、あなたはよく頑張りました。あなたでの実験はこれでおしまい」


「え?」


「さようなら」


最後にエアを襲った時と同じ温度を失った冷たい声が響き、メルの動きがその場で止まる。


「待て!やめろ!」


シャーロットが急いでメルに駆け付けるも、


「あがっ!」


ごふっとメルの口から水が噴き出した。それは血を混じらせて、路地の道へと滴り落ちる。


「ごがあああああ!」


メルが声にならない声をあげてもがき苦しむ。喉を引っ掻き、空中にパンチを繰り出し、見えない敵と戦っているかのようにその場でふらふらと回りだす。口や鼻から水が垂れ流され、突然ビクンと大きく体全体が大きく跳ねたあと、力を抜き取られたようにその場に崩れ落ちる。


「メル!」


シャーロットが傍に着いた時には、すでに白目を剥いたメルが息絶えていた。その口や鼻の穴からは、彼女が誇りをもって作り出していた繊細な泡とは大きく異なる、荒く粒だった泡がぶくぶくと噴いていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ