善見城の宴
【第14話】
咲千はだいたい貧乏くじを引くタイプだ。
ついでに言えば、じゃんけんも負けるほうだ。
基本的に、運がない。
だから、嫌な予感がするものとは、被害が及ぶ前に距離を置きたいのだった。
「よかった、わたくし退屈していたのよ。咲千、一緒に楽しみましょう」
なのに琴は、構わずぐいぐいくる。
断れない咲千は、結局流されて琴と行動を共にしてしまうのだった……。
「ここは馬鹿みたいに賑やかね。見て、あれ。笑える」
綺麗な指先に指し示された方向にいたのは、動物頭の人々だった。
「あの人たちも天人なんですね」
「なに言ってるの。あれは天部よ」
「てんぶ……」
「迦楼羅天に聖天に乾闥婆。まあいわゆる楽神とか舞踊神とかそういうのね」
言われてみれば、彼らは琵琶や笙を奏でていたり、踊っていたり、歌を歌っていたりする。
「そうなんですか。じゃあ、あそこにいる子供も神様系ですか?」
一休さんのような坊主頭に、前髪の一部だけちょびんと残した不思議な髪型をした子供が、大輪の蓮華の花を手に持ち、会場内を練り歩いている。
ちょっと不思議な光景だったので気になった。
「蓮華化生のことかしら? 蓮の精みたいなものよ」
「へえ、妖精さんなんですね……」
神もいれば妖精もいる。
もちろん天女も。
極楽浄土は摩訶不思議だ。
それにしても琴は天界のことをよく知っている。
持ち前の明るさで、様々なところから情報を仕入れているのだろうか。
感心してうなずいていると、彼女はふと唇の端を歪める。
「花を奪うと、あの子は滅するのよ」
「えっ」
なにか不吉な言葉を聞いた気がした。
心臓の鼓動がにわかに速くなる。
「蓮華化生は花を失えばおしまい。天女は穢れに当たれば死んじゃう。つまんないわね」
「琴さん、それ……どういう意味ですか?」
彼女は色めいた流し目をこちらへ送ってくるだけで、答えてくれなかった。
(別に深い意味はなかったんだよね?)
咲千と同じく彼女も転生したばかりと言っていたので、天女生活に慣れず、退屈しているのかもしれない。
(だって、天女はやること本当にないんだもんね……)
ここで働いているのは、楽神なり舞踊神なり香神なり、それぞれの仕事を専門に受け持つ神々だ。
天女たちはただ会場にいて、おしゃべりしたり、ふらふらしたり、ぼんやりしたりしていればいい。
本当に『彩り』でしかないのだった。
「琴さん、わたしたちもなにか飲んだりしましょうか?」
気分を変えたほうがいいのかもしれないと、優しく提案してみる。
すると、彼女は急にぱっと表情を明るくした。
「飲むのなら、あそこに同席しなさいよ」
「え? なんですか?」
ほら、と半ば強引に背中を押される。
わけがわからないままぐいぐいと広間を縦に横切り、奥へ押し出された。
ちょうどそこでは鳥の頭をした歌神がさえずるような歌声を披露していて、咲千が近づいたところで一曲が歌い終わる。
歌神は頭を下げて、脇にはけた。
まるで図られたような絶妙なタイミングで咲千は一人、偉い人の席の目の前にぽつんと残される。
「シャチ、俺に会いにきたのか」
前方から嬉々とした声に呼び止められて、肩を撥ね上げる。
(この声は……っ)
おそるおそる振り向く。
そこには、毛長の敷物の上に胡坐をかいた帝釈天がいた。輝くばかりの美貌はしっかりとこちらへ向けられており、逃げられる気がしない。
それでも、無駄な抵抗をしようと試みる。
「こんばんはー……、素敵な宴会ですね……、それでは」
「遠慮するな。ここへ来い」
こういうとき、「結構です」と断れるものに、わたしはなりたい。
しかし、転生してまもない社畜の頭は「はいよろこんで!」しか口から出てこないよう洗脳されたままだった。
「お前の席はここだ」
指し示された場所は――帝釈天の膝の上である。
(このセクハラ上司め)
内心では毒づきながら、聞こえなかったふりをして、どこに座ろうか考えた。
帝釈天の左右は、南天の増長天と、東天の持国天が固めている。
二柱の神は胡乱なまなざしを咲千へ向けてはいるが、なにも言ってこないし、席をどこうともしない。
(正面に座るしかないか……)
軽くお酌でもして、頃合いを見て脱出しよう。
「帝釈天さまはなにを飲まれているんですか?」
「神酒だ」
(ああ、知ってる。結婚式とかで飲むやつね。さすが神サマ)
無理やり貼りつけた笑みで、感心したように大いにうなずいてみせる。
「それではわたしがお注ぎしましょう」
と、そのとき。
隣で黙っていた持国天が敵を射殺しそうな目つきでにらんできた。
「主の酌は我の役目」
「へ……?」
彼は酒瓶をぎゅっと摑んで、決して渡さないとばかり咲千から遠ざけた。
「我が手。琵琶を奏で主を癒すためにあり」
「は、はあ」
「酒席での我が手。主の杯を空にしないためにある」
「そうなんですね……」
なにかまずいスイッチを押してしまったようだった。
持国天は、胸を張って語り出してしまう。
「他者の手出しは一切無用。栄えある主の酌の座、何人たりとも譲らぬ。我の手で注ぎし神酒は極上の美酒となる。一度一分たりとも温めすぎず、冷やしすぎず、適温にて注ぎ、分量とて多すぎず少なすぎず、最適な配分を決して違わぬ自信がある。我が手は呼吸をするがごとく、最良最適な酌ができるのだ」
(よくわかんないけど、絶対に譲ってくれない感じ!)
鼻をならして延々と自分が酌をするのにどれだけふさわしいかを語り続けている持国天のことは諦める。
(じゃあ、増長天さまのほうは?)
なにか助け船でも出してくれるのではと期待してみるが、
「……」
もと上司はひたすら無口だった。
そうこうしているあいだに、伸びてきた帝釈天の手に腰をすくわれてしまう。
「なにをぼやぼやしている。早く座れ」
抵抗虚しくあっという間に、広い膝の上に乗せられてしまったのだった。




