体育祭開幕から出番はキツい
体育祭当日。
昨日の夜、月姫から頼まれていた学ランを持って、晃星は学園よろずやの部室へ向かった。
晃星の高校はブレザーなので、持ってきたのは中学生の頃に着ていた学ランだった。
部室に着くと、月姫が待っていた。
「はい! どうぞ。着れると思うけど」
晃星は学ランを月姫に渡す。
「ありがとう、あっくん! じゃあ一回着てみる!」
「うん! どうぞ」
月姫は学ランを受け取ると、晃星をじっと見る。
「……?」
「…………」
「あっくん……そこにいたら着替えられないんだけど!」
「あ、バレたか!?」
晃星はふざけて笑う。
「バレるよ!」
「じゃあ俺、外にいるから」
晃星は部室から出ると、誰も来ないように扉の前で見張る。
しばらくすると――。
ガチャ。
部室の扉が開いた。
「おー、着れたね!」
学ラン姿の月姫が顔を出す。
「どう? 似合う?」
「うんうん! 月姫は何着ても可愛いね!」
「……っ」
月姫は少し照れながら、自分の着ている学ランを見る。
(あっくんが中学生の頃に着てた学ラン……)
(今、私が着てる……)
そして、ふわっと感じる晃星の匂い。
(あっくんの匂い……)
(なんか……あっくんに包まれてるみたい……)
月姫の脳内暴走は、いつも以上に勢いを増していく。
(このままずっと着ていたい……)
(体育祭が終わっても返したくない……)
(むしろ、このまま――)
「おーい、月姫?」
「……へ?」
晃星の声で、月姫が我に返る。
「どうした? ぼーっとして」
「う、ううん! なんでもない!」
月姫は慌てて笑う。
「ほんとありがと! あっくんの匂いがする!」
「そ、そう?」
「うん!」
「じゃあ早く着替えな!」
「うん!」
晃星は再び部室の外へ出る。
しばらくして月姫が着替え終わると、二人は部室を出た。
「じゃあ、また後でね!」
「うん! 体育祭頑張ろうね、あっくん!」
「月姫も頑張って!」
二人はそれぞれのクラスへ向かった。
⸻
教室に入った晃星は、自分の席に座る。
だが、なんとなく教室の熱気が昨日までより下がっている気がした。
「……なんだ? 今日」
周りの声をよくよく聞いてみる。
「赤団の応援団、学ランらしいぞ」
「チアじゃないのかよ……」
「マジかよ……」
どうやら、赤団の応援団がチア衣装ではなく学ランで参加することになったらしい。
「……なるほどね」
晃星は小さくため息をついた。
「やれやれ……」
その時――。
バンッ!
勢いよく教室の扉が開いた。
「みんな~!! 今日の体育祭頑張って紅団倒すよ~!!」
現れたのは、白団の応援団衣装に身を包んだ副会長――藤宮梨愛だった。
ツインテールをなびかせながら、勢いよく飛び跳ねる。
「じゃあ次の白団のクラス行ってくるね~!」
そのまま梨愛は、別のクラスへ向かって走っていった。
「……めっちゃやる気だな、ミニスカ先輩」
晃星がそう思っていると――。
「よっしゃああ!」
「絶対勝つぞ!」
「白団優勝するぞ!」
さっきまでのノリはどこへやら、男子たちが一気にやる気になっている。
どうやら、自分たちの白団の応援団がチア衣装だと知って、テンションが上がったらしい。
「男子ってやだよね~」
伊織が呆れたように言う。
「ほんとそれ」
晃星が伊織を見る。
その瞬間、目が合った。
伊織はニヤッと笑いながら、晃星のところへ近づいてくる。
「ねえ、あっきー」
「なに?」
「もしかして、あっきーも私のチア衣装見たいんだ?」
「……え?」
伊織がニヤニヤしながら覗き込んでくる。
「男子のみんなと同じだったりして~」
「いや、別に……」
そう言いながらも、晃星の頭の中にはチア衣装姿の伊織が浮かんでしまう。
(……まあ、伊織ちゃんのチア姿か)
想像すると、晃星の口元が少しだけ緩んだ。
「……あっきー、今ちょっとニヤけたでしょ?」
「え?」
「やっぱり見たいんじゃん!」
「いや、そういうわけじゃ……」
伊織が楽しそうに笑っていると、近くの男子たちの声が聞こえてきた。
「天川さんのチア、いいよな」
「めっちゃ似合いそう」
「今日、絶対見たいわ」
その言葉が耳に入った瞬間――。
(……なんだ?)
晃星は、なぜかモヤモヤした。
別に、伊織がチア衣装を着ること自体は何とも思っていない。
なのに、他の男子が伊織のチア姿を楽しみにしているのを聞くと、妙に面白くない。
「……あっきー?」
伊織が晃星の顔を覗き込む。
「どうしたの?」
「別に!」
晃星は少し顔を逸らす。
「あれ?」
伊織は晃星の様子を見ながら、口元をニヤッとさせた。
「……ふふっ」
「……何?」
「今度、ママにも見せるから」
伊織は少し照れながら笑う。
「その時は、あっきーしか見れないからいいじゃん」
「いや、そういうんじゃないし!」
晃星は慌てて否定する。
「ふふっ、そうかな〜?」
伊織は照れたように笑いながら、晃星を見ていた。
そんな話をしながら教室で出場種目を確認する。
(俺が出るのは……パン食い競争か)
これなら、順位がどうであれ目立たず静かに終われる。
そう考えると、少し安心する晃星だった。
(問題は……)
それよりも気になるのは、午前中の最後の競技。
三年生の100メートル走だ。
自分が走るわけじゃない。
それなのに――。
(こっちのほうが緊張するんだよな……)
風間のことが頭に浮かぶ。
そして――。
体育祭の幕が上がった。
開会式が終わり、いよいよ競技が始まる。
「……って、まさか」
競技プログラムを確認した晃星は、目を疑った。
「パン食い競争、第一種目じゃん……」
まさかの一発目。
グラウンドから名前を呼ばれ、晃星は集合場所へ向かう。
すると――。
「あっきー! 頑張れ!!」
伊織の声が飛んできた。
「負けないでよ!!!」
(……うん)
晃星は伊織のほうを見る。
(第一種目のパン食い競争で、そんなテンションのやつ、お前くらいだよ……)
「よし! 俺、カレーパン狙って頑張るわ」
晃星がそう言うと、伊織の顔が一瞬固まった。
「カレーパンとかどうでもいい!」
「え?」
「なんでもいいから一番目指してよ!」
「……はいはい」
朝一番から妙に気合いの入っている伊織を見て、晃星は苦笑する。
「じゃあ、行ってくる」
「うん! 頑張って、あっきー!」
こうして――。
体育祭最初の競技、パン食い競争が始まった。
「位置について――」
晃星はスタートラインに立つ。
「よーい……」
「パァーン!」
スタートの合図が鳴った。
一斉に走り出す。
晃星は周りの速度に合わせながら、吊るされたパンを探していく。
「アンパン……クリームパン……メロンパン……」
いろいろなパンが並んでいる。
だが――。
「……カレーパンがない」
辺りを見回していると、
「おい~! 早く早く!」
後ろから伊織の大きな声が飛んでくる。
「うるさいな!」
(俺はカレーパンが食いたいんだよ!)
そう思いながら探していると――。
「あっ!」
端っこにカレーパンを発見する。
「カレーパン!」
晃星はコースを少し外れ、遠回りしてカレーパンのところへ向かう。
そして――。
パクッ。
カレーパンを咥えた。
「よし!」
そのままゴールへ向かう。
結果は――。
六人中三番目。
あまりにも普通な結果だった。
「……三位か」
遠くでは、伊織が何か叫んでいる。
「……何言ってんだ?」
晃星はカレーパンを頬張りながら戻っていく。
途中、月姫が声をかけてきた。
「惜しかったね、あっくん」
「ん?」
晃星はカレーパンを頬張りながら月姫を見る。
「でも――」
カレーパンを見せる。
「カレーパンゲット!」
「ふふっ」
月姫が笑う。
「よかったね、あっくん」
「うん!」
晃星も笑いながら、集合場所へ戻る。
すると――。
「もぉぉぉ! あっきー!!」
伊織が怒った顔で待っていた。
「最初のコース外れなかったら一番だったのに!!!」
「まあまあ」
晃星はそう言いながら、食べかけのカレーパンを見る。
そして、伊織の口元へ差し出した。
「ほら」
「……え?」
「一口食べる?」
「…………」
伊織は驚いたように晃星を見る。
そして――。
パクッ。
「……ん」
伊織がカレーパンを一口食べる。
「……どう?」
「……おいしい」
怒っていた伊織の表情が、少しだけ和らぐ。
「でしょ?」
晃星は満足そうに笑う。
「じゃあ、あとは任せた」
「……え?」
「白団、頼んだよ」
伊織は一瞬きょとんとしたあと、胸を張った。
「任せなさい!」
すっかり機嫌を直した伊織だった。




