目指すはジャイアントキリング!
放課後。
風間が部室にやってくると、晃星と二人でジャージに着替え、グラウンドへ向かった。
「とりあえず一回タイム測りますか」
「そうだね」
晃星はスマホを構える。
「じゃあヨーイドン!」
風間が走り出した。
必死に腕を振り、全力で走る風間。
その姿を見ながら、晃星は少し首を傾げた。
「……あれ? なんだ? 想像以上にアレだな」
風間はドタバタと走っている。
「……本気なのか? それとも、わざとなのか?」
晃星がそんなことを考えているうちに、風間は100メートルを走り終えた。
晃星はストップウォッチを確認する。
「……うん、遅え!!!」
風間は肩で息をしている。
「はぁ……はぁ……」
その様子を見て、晃星は気づいた。
「あ、真剣に走ってた」
どうやら、風間は本気だった。
晃星はスマホを取り出した。
「まず風間先輩、フォームが悪いんじゃないかな?」
「フォーム?」
「これ見てください」
晃星は、さっき撮影した風間の走りを見せる。
上半身は後ろに反り、顔は上を向いている。
走っている途中で首も左右に動き、腕の振りも小さい。
「なんか速そうじゃないもん」
「ぜ、全然違うな」
風間は画面を見ながら苦笑する。
「俺、こんな変な走り方なの?」
「あ、理解してくれてるだけありがたい」
晃星は別の動画を見せる。
陸上選手の走り方だった。
「こういう感じを意識してみましょう」
風間は動画を見ながら頷いた。
「なるほど……」
「いきなり走るんじゃなくて、まずはゆっくりやってみましょう」
二人は走る動きをゆっくり確認していく。
姿勢を意識し、視線を前に向ける。
首を左右に動かさず、腕を前後に振る。
風間は歩くような速度で、何度も動きを繰り返した。
「じゃあ、一回走ってみますか」
晃星が声をかける。
「うん」
風間が走り出した。
ところが――
少し走ったところで、さっきまで意識していたフォームが崩れていく。
「……あれ?」
晃星が目を丸くする。
「元通りに戻ったぞ?」
風間はそのままゴールまで走り切った。
「先輩! まだ走るの早い!」
晃星が声をかける。
「もうちょいフォーム馴染むまで続けよ!」
「わかった」
二人は再び、ゆっくりとフォームを確認する練習に戻った。
「先輩! もっかいさっきのフォームの反復してから、腕の振り大きくすること意識して!」
「こうだよな」
風間がゆっくりと腕を振る。
「いい感じじゃない?」
「なんか掴んだかも」
「じゃあ、そのまま続けてみましょう」
二人は何度もフォームを繰り返した。
気づけば、かなり時間が経っていた。
応援団の練習が終わり虎太も様子を見にやってくる。
「おー、風間やってんな!」
「あ、一ノ瀬!桐生くんが付き合ってくれてるから時間を無駄にできない」
笑う虎太。
「でももう暗くなるぞ」
「え? もうそんな時間?」
晃星がスマホを確認する。
「先輩、どうする? ゆっくりここくらいまで、その走り方意識して走ってみたら?」
「最初は短い距離からって言ってるし」
「そうだね」
風間も頷いた。
二人は短い距離から走ってみることにした。
ゆっくりとしたペースで、二、三十メートルほど。
すると――
風間は、フォームをあまり崩すことなく走ることができた。
「おぉ!」
二人から声が上がる。
「いいんじゃない!」
晃星が笑顔になる。
「うん、いい感じ!」
風間も笑顔になった。
そんな二人を見ていた虎太は、スポーツドリンクを買って戻ってきた。
「ほら」
「部長! 気が利く~!」
晃星が嬉しそうに受け取る。
「もっかいやる?」
「そうだね!」
二人が再び練習を始めようとすると、虎太が笑いながら言った。
「まあ、今日遅いから後回数決めてな!」
「了解!」
「うん!」
虎太は、楽しそうに練習を続ける二人を見ながら微笑んでいた。
しばらくして、練習を終える。
「じゃあ、また明日頑張りましょうか!」
晃星が風間に声をかける。
「よろしく頼むよ!」
風間も笑顔で答えた。
「俺、腕の振りとか練習して帰るから」
そう言うと、風間はそのままジャージ姿で帰っていく。
歩きながらも、腕を大きく前後に振ることを意識していた。
その姿を見送った虎太が、晃星に声をかける。
「お前、いつになく本気じゃん」
「だって風間先輩、真剣だし。本気なのわかるからさ」
晃星は笑った。
「あ、そうだ」
そこで晃星が思い出す。
「部室に荷物置いたままだ」
晃星は部室へ戻った。
部室で着替えていると――
ガララッ。
「……あー、奈緒ちゃん」
ドアが開き、奈緒が入ってきた。
「……あきくん」
着替え途中の晃星を見た奈緒は、顔を赤くして視線を逸らした。
「え? 奈緒ちゃん、気にしなくていいよ?」
晃星は普通に着替えを続ける。
「あのね、あきくん……そういうの、恥じらい持った方がいいよ」
「なんで?」
晃星は不思議そうに奈緒を見る。
「奈緒ちゃんに着替え見られるの、恥ずかしくないけど」
「……っ」
奈緒はさらに顔を赤くする。
「そういうところだよ……」
小さく呟いた。
「明日も?」
奈緒が聞く。
「うん! あの先輩、本気だから」
晃星は笑って答えた。
「……そうなんだ」
奈緒は小さく呟いた。
――そして翌日以降も、晃星と風間の練習は続いた。
日を重ねるにつれて、風間のフォームは少しずつ身体に馴染んできた。
「おー、もうあの気持ち悪い走り方じゃないね!」
晃星が笑いながら言う。
「いや、気持ち悪い走り方って……」
風間は苦笑する。
「まあ、前よりは走りやすくなってきたよ」
「じゃあ、次はこれ使いましょう」
晃星が持ってきたのは、陸上部から借りてきた小さなハードルだった。
「これを跨いで、自然に足を上げて、フォームを崩さず行きましょう」
「おー、すごい! 借りてきてくれたんだ」
「うん」
二人は小さなハードルを使いながら、足の運びを意識して練習を続ける。
フォームを崩さないように、何度も繰り返す。
少しずつではあるが、風間自身も走り方の変化を実感し始めていた。
そんな練習に手応えを感じながらやっていると――
「あれ? 風間じゃん?」
突然、後ろから声がした。
風間が振り返る。
「……岩田」
そこにいたのは、晃星の知らない男子生徒だった。
「お前、何やってんの?」
岩田が風間を見る。
「もしかして体育祭の自主練?」
そう言って笑う。
「お前、頭いいのに珍しいことやってんな!」
岩田が話しかけてきても、風間は気にすることなく練習を続けた。
「お前、俺と一緒に走るんだっけ?」
岩田が風間に声をかける。
「今更ぶっちぎられて負けるところを、楓に見られたくないのか?」
そう言って笑う。
「楓?」
晃星が聞き返す。
「俺の彼女だよ」
風間が呟く。
「へー」
晃星はそれだけ返した。
「しかも一年がトレーナーとか、お前面白いな」
岩田は晃星を見て笑う。
「桐生くん、構わず続けよう」
風間が晃星に声をかける。
一瞬、晃星はイラッとした。
それでも何も言わず、風間の練習に付き合う。
「まぁ、楓に愛想尽かされない程度には頑張れよ」
そう言い残して、岩田はその場を去っていった。
「……なんだ、あいつ」
晃星が呟く。
「まあ、あいつは足速いから」
風間が答える。
晃星は少し考えてから、風間を見る。
「風間先輩、俺、競馬見るの好きなんだけどさ」
「競馬?」
「そう! 競技としてね!」
晃星は少し笑う。
「競馬でさ、一番盛り上がる時ってどういう時かわかる?」
「うーん?」
風間が考える。
「強い馬がぶっちぎりで勝った時かな?」
「ううん、違うよ」
晃星は首を振る。
「生まれも名門で、一流ジョッキーが乗った強い馬が勝つよりもさ」
「うん」
「ちっさい牧場生まれの人気ない馬が、その強い馬を負かした時が一番歓声が沸くんよ!」
晃星は風間を見ながら続ける。
「どの競技でもだけど、ジャイアントキリングした時が一番盛り上がるんだよ!」
そして、笑顔で言った。
「だからさ!」
「やってやろうよ!」
風間は一瞬、晃星を見つめる。
そして――
「そうだな!」
拳を握る。
「やれるだけやってやろう!」
風間の表情に、決意が宿った。




