それぞれの体育祭
赤団の虎太、奈緒、月姫を見て対抗心剥き出しの顔を一瞬見せる梨愛。
ところが――
「真央ちゃん!」
第三学年の応援団が集まってきた瞬間、梨愛の雰囲気が一変した。
「えっ?」
伊織が思わず目を丸くする。
さっきまで敵を見るような目をしていた梨愛が、まるで別人のような笑顔になっている。
そのまま真央のところへ駆け寄る。
「真央ちゃん、一緒だ~!」
「梨愛、ちゃんと並んで」
真央は苦笑しながら梨愛を見る。
「真央ちゃんと一緒なら頑張れそう~」
「もう……ちゃんと練習するんだよ?」
「もちろん!」
梨愛は嬉しそうに頷く。
そんな二人を見ながら、伊織は首を傾げた。
「……副会長、さっきまであんな顔してなかった?」
「私、そんな顔してた?」
梨愛がきょとんとした顔をする。
「してたよ」
「だって体育祭だもん!」
「……それ関係ある?」
「あるよ~!」
梨愛は笑顔で答える。
その隣で、真央は笑いながらも少し困ったような表情を浮かべていた。
「梨愛、張り切るのはいいけど、ちゃんと練習についてきてね」
「うん!」
梨愛は真央の隣で満面の笑みを浮かべていた。
その様子を見て、伊織は小さく息を吐く。
「……副会長って、よく分かんない」
一方、その頃。
赤団側では、虎太、奈緒、月姫の三人が一緒にいた。
月姫は周囲を見渡してから、ふと疑問に思ったことを口にする。
「みんな応援団なら、学園よろずやはお休みですか?」
「いや、休みにはならないぞ」
虎太が答える。
「一人、暇な奴がいるから」
「……あっくんですか?」
月姫が即答した。
「……」
虎太がニヤリと笑う。
「あれ?」
「え?」
「月姫ちゃん、赤団より月姫ちゃんのあっくんの応援行きたそうだけど?」
「えっ!?」
月姫の顔が一気に赤くなる。
「ち、違います!」
「でも今、『あっくんですか?』って即答したよな?」
「そ、それは……!」
月姫は慌てて言葉を探す。
「だって……あっくん、一人になっちゃうから……」
「ふーん?」
虎太は面白そうに月姫を見る。
「……本当にそれだけ?」
「本当にそれだけです!」
月姫は恥ずかしそうに顔を逸らした。
その様子を横で見ていた奈緒は、ぽつりと呟く。
「……こんなことなら、私も応援団入らなくてよかったな……」
「奈緒ちゃん?」
「ううん。なんでもないよ」
奈緒はいつものように微笑んだ。
だが、その頃。
その当の本人であるあっきーは――
誰もいない部室で、一人静かに時間を潰していた。
応援団の練習が始まってからというもの、一ノ瀬先輩も奈緒ちゃんも放課後は応援団の練習へ行っている。
つまり、今日の学園よろずやはあっきー一人だった。
「……あと一分」
時計を見る。
あと一分、誰も来なかったら今日はもう閉めて帰ろう。
あっきーは机に頬杖をつきながら、ぼんやりと秒針を眺めていた。
あと三十秒。
二十秒。
「あと……十秒」
もう誰も来ないだろう。
そう思った、その瞬間――
ガチャッ。
「……え?」
部室のドアが開いた。
入ってきたのは、細身で痩せ型の男子生徒。
眼鏡をかけていて、いかにも文化系男子といった雰囲気だ。
「あ、あの!」
少し息を切らしながら、その生徒が声をかけてくる。
「依頼したいことがあるんだけど!」
「…………」
あっきーは無言で時計を見る。
あと一分。
本当に、あと一分だった。
(チクショウ!! もっと早く閉めればよかった!!)
心の中で激しく後悔する。
だが、表情には出さない。
「どんな依頼ですか?」
いつものように、何食わぬ顔で聞く。
「俺を体育祭までに足を速くして欲しい!!」
男子生徒は、ものすごく必死な顔で言った。
「……え?」
あっきーは思わず聞き返す。
「それ俺に? なんで?」
内心では、すでに面倒くささが勝っていた。
(いや、足を速くしたいなら陸上部とかに行った方がよくない?)
「一ノ瀬が、ここに助けてくれる奴がいるからって教えてくれたんだ」
「…………」
(あのバカ、余計なこと言いやがって)
心の中で一ノ瀬先輩に毒づく。
せっかく今日は誰も来ないと思っていたのに。
「えっと、お名前は?」
「あ、そうだね!」
男子生徒は少し姿勢を正した。
「三年の風間駿太郎と言います!」
「…………」
あっきーは一瞬、固まった。
(えー……)
(めっちゃ足速そうな名前じゃん!)
(絶対俺いらない名前してるじゃん!)
風間駿太郎。
名前だけなら、いかにも足が速そうな名前だ。
(きっとポテンシャル高いから、一人でも大丈夫だってぇぇ!!)
心の中ではテンションが上がっていた。
しかし、そんな気持ちは一切表情に出さない。
「一年の桐生晃星です」
「よろしくお願いします!」
「よろしくお願いします」
自己紹介を終えると、あっきーは立ち上がった。
「で、お茶かコーヒーどっちがいいです?」
「お茶でお願い」
「分かりました」
あっきーは棚から湯飲みを取り出し、お茶を注ぐ。
そして自分にはコーヒーを注いだ。
「どうぞ」
「ありがとう!」
風間は湯飲みを受け取る。
あっきーも椅子に座り、自分のコーヒーを一口飲んだ。
「で……」
改めて風間を見る。
「体育祭までに足が速くなりたい理由って、なんでなんです?」
すると、風間の表情が変わった。
さっきまでの勢いとは違う。
何か言いにくそうに視線を落とす。
風間は、ゆっくりと切り出した。
「実は……」
風間は少し間を置いてから、口を開いた。
「俺、こう見えて同じクラスに付き合ってる彼女がいるんだけど……」
「え!?」
あっきーは思わず声を上げた。
(意外! そうなんだ)
目の前の風間は、細身で眼鏡をかけている。
いかにも文化系男子といった雰囲気だ。
まさか彼女がいるとは思わなかった。
(……でも、それになんの関係が?)
そんなことを考えていると、風間が少し笑った。
「意外だと思った?」
「いやいや」
あっきーは慌てて首を横に振る。
図星を突かれて焦ってしまう。
「そういうわけじゃ……」
「ははっ」
風間は小さく笑う。
「まあ、そう思うよね」
そして、少し表情を真剣なものに戻した。
「その彼女と体育祭の話になってさ」
「ああ……」
「俺、見た目通り運動が苦手でさ」
風間は苦笑する。
「だから彼女に、『体育祭なんて意味ないよね』みたいな話しちゃったんだ」
「……」
「そしたらさ」
風間は少し照れくさそうに笑った。
「『でも高校最後の体育祭だよ? みんなで頑張って、いい思い出にしたい!』って言われちゃって……」
(あ、言われちゃったのね)
あっきーは心の中でそう思った。
彼女にしてみれば、高校最後の体育祭。
せっかくなら、みんなで頑張って思い出を作りたいのだろう。
「……なるほど」
あっきーは少し考えてから口を開いた。
「でも、足が速くならなくても、頑張ることはできませんか?」
「そうなんだけどね」
風間は頷く。
「俺、百メートル走に出ることになっちゃってさ」
「ああ……」
「それでも、やるだけやろうと思ったんだよ」
風間はそう言って、一度湯飲みに口をつける。
そして、少しだけ表情を曇らせた。
「でも俺の走るところに、夏に陸上を引退した岩井って奴がいるみたいでさ」
「岩井……?」
「ああ」
風間は頷く。
「そいつ、去年俺の彼女に振られてるんだよね」
「……え?」
あっきーの眉が少し動く。
「それから俺と付き合ってるって知っても、彼女に色々ちょっかいかけてきて……」
風間は拳を軽く握った。
「だから……」
一度言葉を止める。
「そいつ相手に、少しでも一矢報いたいというか」
風間は真っ直ぐにあっきーを見る。
「そんな奴に、無様に負けたくないっていうか」
その言葉には、さっきまでの弱々しい雰囲気とは違うものがあった。
悔しさと、意地。
そして、彼女のために何かしたいという気持ち。
あっきーは黙って風間の話を聞いていた。
(この人……)
あっきーは風間を見る。
(負ける前提でも、彼女と自分の意地のために、やれるだけ頑張りたいとか……)
最初は、ただ面倒な依頼だと思っていた。
できることなら、今日は誰も来ないまま部室を閉めて帰りたかった。
けれど――
(この人気に入った!!)
あっきーは心の中でそう思った。
「俺、全然そんな経験ないから、足を速くできる保証なんてないですけど!」
あっきーは風間に向かって、力強く言った。
「努力を手伝うってことなら、受けさせてもらいます!」
「……!」
風間の目が大きく開く。
「ありがとう!!」
嬉しそうに笑った。
「一人でやるよりも、いいと思うんだ!!」
「そうですね」
あっきーも笑う。
こうして――
体育祭を目前にして、応援団の練習だけではなく、あっきー自身にも新たな仕事が増えることになった。
体育祭前。
あっきーはあっきーで、忙しくなっていくのだった。




