真実は曲げられません!
「……一つ、よろしいですか?」
その声に、会場にいた全員が振り向いた。
席を立ったのは教頭だった。
教頭はゆっくりと前へ歩いていく。
「この資料の根拠は、なんでしょう?」
一条はすぐに答えた。
「我が生徒会が独自に聞き取り調査を行ったものです」
「……そうですか」
教頭はスクリーンに映し出された資料へ目を向ける。
そして、静かに続けた。
「実は数日前、学校に一通の抗議文が届いています」
「抗議文……?」
会場がざわめく。
「この資料に関係する生徒と同じ中学校だった生徒たちからです」
教頭が一枚の紙を取り出す。
「そこには、こう書かれていました」
スクリーンに、手書きの抗議文が映し出される。
その下には、男子十二名、女子六名――合わせて十八名の署名が並んでいた。
教頭が読み上げる。
「『私達は御校の生徒会が作った資料を入手し、それを見たときに愕然としました』」
「『我々が答えた話とは違う、脚色された資料を作り、御校の生徒会が我々の友人を傷つけていると知り、心が大変痛みました』」
「『私達は彼のことを、無闇に人を傷つけたり、手を上げたりする人間ではないと自信を持って言えます』」
会場が静まり返っていく。
「『確かに、他校の生徒と揉めたりしたのは事実です。しかし、それにはそれなりの理由があってのことです』」
「『その一部分だけを切り取り、一個人を一方的に悪者のように扱うことは、私達には許せません。彼は私達にとって大切な友人です』」
そして最後に――
「『私達は、彼のことを正しく知ろうともせず、一方的な情報だけで判断されることを望みません』」
教頭は抗議文を下ろした。
「こういう抗議が来ていますが?」
一条へ視線を向ける。
「事実はどうなのですか?」
「……」
一条は言葉を失った。
その一方で、クラブ室から画面を見ていた晃星は、ただキョトンとしていた。
「……なんだこれ」
月姫は抗議文に並んだ署名を見る。
『……雅人くんが動いてくれたんだ』
そんなことを思った。
会場では、一条が梨愛へ視線を向ける。
「……どういうことだ?」
梨愛は、困ったように笑った。
「えー?」
「会長が気になるって言ったから、私が調べただけだよ?」
「会長が『あっきーのことを詳しく知りたい』って言ったから、ちゃんと調べて、聞き取りもして、資料にまとめただけ」
「私は、別に勝手にやったわけじゃないよ?」
梨愛は笑顔を浮かべたまま続ける。
「それに、資料の内容をどう使うか決めたのは私じゃないし」
「だって、生徒会の資料なんだから」
「会長が確認して、これでいいって思ったから、ここで出したんでしょ?」
「私が一人で勝手にスクリーンに出したわけじゃないもん」
「だから、そんな怖い顔で見られても困るなぁ」
「私、ただ会長のお手伝いしただけなのに」
そして、周囲を見回す。
「それに……なんか雰囲気怖くて耐えられなーい」
「私、これ以上ここにいたら怒られちゃいそうだから、ちょっと失礼するね」
「だって、私が全部悪いみたいになってるんだもん」
そう言って、梨愛は会場を出ていった。
――廊下。
扉が閉まった瞬間、梨愛の笑顔が消える。
「……なんでよ」
拳を握る。
「なんで、こんなことになったの……?」
そして、悔しそうに呟いた。
「せっかく、あっきーを追い詰められると思ったのに……!」
***
会場では、一条が再び口を開いた。
「いや……しかし」
「夏休みの花火大会中にも、他校の生徒に暴行を加えたという疑惑がある」
教頭は一条を見る。
「その件についても、こちらで確認しています」
「被害者側とされる本人と、そして彼の友人である本校の生徒から話を伺っています」
「二人から聞いた話では――」
教頭は一拍置いた。
「ふざけ合っていただけで、暴行の事実はない、とのことでした」
「……」
会場が静まり返る。
一条は、それ以上何も言えなかった。
教頭はそんな会場全体を見渡す。
そして、静かに口を開いた。
「今回の件について、皆さんに一つ伝えておきたいことがあります」
「この場で、一人の生徒個人を責めようとし、このような資料を作成して本人を追い詰めようとしたこと」
教頭の声が、少しだけ強くなる。
「これは、許されることではありません」
会場が静まり返る。
「たとえ、その生徒に問題があったとしてもです」
「人には、それぞれ事情があります」
「一部分だけを切り取り、一人の人間を一方的に悪者のように扱ってしまえば、その人を本当に理解することはできません」
一条は俯いた。
しかし、教頭の表情は厳しいままではなかった。
「ですが……皆さんは、まだ高校生です」
一条が顔を上げる。
「間違えることもあるでしょう」
「誰かを傷つけてしまうこともあるかもしれません」
「だからこそ、これから学んでいけばいいんです」
「生徒会活動を通じて、人の意見を聞くこと、自分とは違う考えを受け入れること、そして自分の行動が誰かにどんな影響を与えるのかを、これからしっかり学んでください」
教頭は一条を見つめた。
「今回のことを、ただの失敗で終わらせないように」
「……はい」
一条が小さく頷く。
教頭は今度は、学園よろずやの三人へ視線を向けた。
「どうですか? よろずやの皆さん?」
伊織、奈緒、虎太の三人は顔を見合わせる。
そして、三人とも静かに頷いた。
虎太も頷きながら、低い声で付け加える。
「……俺たちは、もう大丈夫です」
「今はもう平気な顔してるし、あいつもは何とも思ってないと思う」
一度、晃星の映る画面を見る。
「でもな」
虎太は一条へ視線を戻した。
「今回のことは、お前が生徒会長として出した資料なんだろ?」
「だったら……ちゃんと本人に謝れ」
一条はしばらく黙っていた。
そして――
「……分かった」
静かに頷いた。
教頭も小さく頷く。
そして、討論会の最後を締めるように会場全体へ向き直った。
「今回の討論会は、どちらの意見も素晴らしいものでした」
「施設の案としても、どちらも検討する余地があります」
「ただ、学童のような場所や、地域の仕事体験など、学校以外でも話し合いが必要なものもあります」
「ですので、今日の意見をしっかりと反映させた上で、まずは学校側で会議を開き、どのようなものにするか決定したいと思います」
そして、教頭は会場を見渡す。
「今日は、生徒会の案。そして、学園よろずやの旧校舎案」
「それ以外の生徒の皆さんの声も聞くことができました」
「とても貴重な討論会になったと思います」
最後に、深く頭を下げる。
「皆さん、ありがとうございました」
会場に、大きな拍手が響き渡った。
学園よろずやの三人も、顔を見合わせる。
「……やったな」
虎太が拳を前に出す。
「うん!」
伊織が笑顔で拳を合わせる。
そして奈緒も拳を差し出した。
「お疲れさまでした」
三人の拳が、コツンと重なる。
「よし!」
「うん!」
三人の顔には、やり切ったという達成感が浮かんでいた。
一方――
クラブ室。
タブレット越しに討論会の様子を見届けていた晃星と月姫も、顔を見合わせる。
「終わったな」
「うん。終わったね」
晃星が手を差し出す。
月姫も笑顔で手を合わせる。
パァン!
ハイタッチ。
「ししし!」
晃星が嬉しそうに笑った。
そして、そのまま晃星は月姫の顔を見る。
「……ん?」
そこで、ふと気づいた。
「…………あれ?」
月姫を見ている。
ということは――
「俺……」
晃星は視線を下げる。
自分の頭が、まだ月姫の膝の上にある。
「……まだ膝枕してもらったままだった」
月姫はそんな晃星を見下ろして、クスッと笑った。
「今さら気づいたの?」
「……完全に忘れてた」
晃星は苦笑する。
討論会が終わった安心感と達成感で、すっかり膝枕のことを忘れていたのだった。




