執着
放課後。
学園よろずやでの作業を終えた虎太と真央は、並んで帰り道を歩いていた。
夕暮れの道を歩きながら、真央はどこか考え込んでいる。
「……ねえ、虎太」
「ん?」
「私、生徒会……すぐ辞めた方がいいのかな」
真央がぽつりと呟いた。
虎太は少しだけ真央の方を見る。
「なんで?」
「だって……」
真央は視線を落とした。
「先週の桐生君の件を見てたら、あそこに私がいる意味が分からなくなってきて」
虎太は少し黙ってから、ゆっくり口を開いた。
「真央が、生徒会に残ってることで生徒のためになると思ってるなら、辞める必要はないと思う」
「……うん」
「ただ」
虎太の声が少しだけ低くなる。
「晃星にやったことは、別だけどな」
真央が顔を上げる。
「あれは生徒会の活動でも何でもない」
「……うん」
「ただの嫌がらせだと思う」
真央は何も言わず、前を向いた。
「たぶん……あれをやったのって、副会長の方だよな…」
虎太がそう言うと、真央は少し間を置いてから頷いた。
「……たぶんね」
「やっぱりか」
「でも……」
真央は小さく息を吐いた。
「梨愛は、昔からあんな子だったわけじゃないんだよ」
「昔から?」
「うん」
真央は歩きながら、昔のことを思い出すように話し始めた。
「梨愛ね、うちの近所に住んでるの」
「へえ」
「近所だったから、私と奈緒、梨愛の三人でよく一緒にいたんだ」
虎太が少し驚いた顔をする。
「じゃあ、奈緒も藤宮とは昔から?」
「そう」
真央は懐かしそうに笑った。
「梨愛、小さい頃にいじめられてたことがあってね」
「……そうだったのか」
「その時、私が止めたの」
「真央が?」
「うん」
真央は少し照れくさそうに笑った。
「それで、梨愛の髪をツインテールにしてあげたの」
「髪を?」
「そう。落ち込んでたから、少しでも元気になればいいかなって」
「……なるほど」
「そしたら梨愛、すごく喜んでくれて」
真央は微笑む。
「それから、私のことをお姉ちゃんみたいに慕ってくれるようになったの」
「じゃあ、奈緒と藤宮の二人が真央の妹みたいな感じだったんだな」
「うん。私もそんな感じで思ってた」
真央の表情が少し柔らかくなる。
「梨愛も、昔はもっと明るくて……よく私についてきてた」
「それが今みたいになったのか」
「学校でも目立つようになってからかな……」
真央の声が少し曇った。
「私が他の人の話をすると、梨愛が嫌そうな顔をするようになったの」
「……他の人って?」
「誰でも」
「誰でも?」
「うん。私が誰かと仲良くしてると、なんとなく機嫌が悪くなるの」
虎太はしばらく黙って歩いた。
そして、ぽつりと言った。
「……それ、真央への執着が結構強いんじゃないか?」
「……執着」
その言葉を聞いて、真央も黙り込む。
「もしかしたら……」
真央が小さく呟いた。
「私に助けてもらったことが、梨愛にとってすごく特別だったのかもしれない」
「……」
「自分の味方になってくれたのは私だけだって……そう思ってるのかな」
虎太は答えなかった。
真央はさらに続ける。
「私が彼氏できたって話した時も……」
「ん?」
「梨愛、明らかに落ち込んでた」
「いや、怖いんですけど!!?」
虎太が思わず声を上げた。
「え?」
「いや、それ俺じゃん!?」
「……ふふっ」
真央が思わず笑う。
「藤宮からしたら、俺って真央を取っていった男ってことになるんじゃないの!?」
「虎太、考えすぎだよ」
「いやいやいや!」
虎太は少し慌てた様子で前を見る。
「だって、昔から慕ってたお姉ちゃんみたいな人に彼氏ができたんだろ?」
「……まあ、そうだけど」
「それが俺って……」
虎太は頭を抱える。
「怖すぎるって!」
真央はそんな虎太を見て、くすっと笑った。
「たぶん、私が考えすぎてるだけだよ」
「……そうだといいけどな」
しばらく二人の間に沈黙が流れる。
やがて虎太が口を開いた。
「でもさ」
「うん?」
「とりあえず、真央は生徒会に残った方がいいと思う」
真央が虎太を見る。
「梨愛を監視しろって意味じゃないぞ」
「うん」
「昔から知ってる真央だからこそ、近くにいた方がいいと思う」
虎太は前を向いたまま続ける。
「もし藤宮がまた何かやりすぎそうになった時に、止められる人が近くにいるってだけでも違うだろ」
真央は黙って聞いていた。
「私が辞めたら……」
「うん」
「藤宮のタガが外れて、もっと大きなことをしちゃうんじゃないかって……」
真央が不安そうに呟く。
虎太は少しだけ真央を見る。
「だからこそ、残った方がいいんじゃないか?」
「……」
真央はしばらく考えた。
そして――。
「私も、その方がいいと思う」
真央は再び前を向いた。
生徒会を辞めるという考えは、今は胸の中から消えていた。
梨愛を監視するためではない。
ただ、昔から知っているあの子を、完全に一人にしてしまうことだけは避けたい。
真央はそんなことを考えながら、虎太と並んで帰り道を歩いていった。
——その頃、晃星は一人、家へ向かって歩いていた。
すると――。
「あれ? あっきーじゃん」
聞き慣れた声がした。
振り返ると、そこにはユタカと美都が並んで歩いていた。
「お、ユタカ。美都ちゃんも」
「あっきーくん!」
美都も嬉しそうに声をかける。
「二人とも、こんなところで何してんの?」
「たまには平日にデートだよ」
「そっか」
晃星は二人に近づくと、ふと思い出したように頭を下げた。
「あ、そうだ」
「ん?」
「この前の見積もりの件、ありがとな」
「ああ、それな」
ユタカが笑う。
「大変だったらしいな」
「まぁな」
晃星は苦笑した。
「月姫が止めてくれなきゃ終わってたな」
「月姫ちゃんに感謝しろよ」
ユタカも苦笑する。
すると、美都が少し心配そうに晃星を見る。
「あ、あっきーくん……」
「ん?」
「月姫ちゃん、大丈夫そう?」
「うん!」
晃星はすぐに笑顔で答えた。
「月姫にも手伝ってもらうから」
「そっか……!」
美都の表情がほっとする。
「それなら良かった」
「当日は俺と一緒に後方支援してもらう予定」
「へえ」
ユタカが感心したように頷く。
「じゃあ月姫ちゃんも役割できたんだな」
「そうそう」
晃星は笑った。
その時、ユタカがふと思い出したように言う。
「そういや、お前のこと調べたりしてる暇な奴がいるんだって?」
「……ああ」
晃星が苦笑する。
「それ、多分ウチの副会長だわ」
「副会長?」
「そー、前に美都ちゃんが見かけた俺のこと調べてたって童顔美人」
晃星は軽く肩をすくめた。
「今日も昼になんか揺さぶりかけてこようとしてきたから」
「マジかよ」
ユタカが笑う。
「何されたんだ?」
晃星は思い出しながら話す。
「『お弁当、伊織ちゃんに作ってもらってるの?』って聞いてきたからさ」
「あー」
「だから俺、『加奈ちゃんの手作り弁当』って本当のこと言ったんだよ」
「……加奈ちゃん?」
美都が首を傾げる。
「そしたらさ」
晃星は思い出して笑う。
「『加奈ちゃん以上の愛情いっぱい込めたお弁当作ってあげようか?』とか言ってんの」
「ははは!」
「バカだなーと思って見てたよ」
晃星も笑う。
ユタカは呆れたように笑いながら、晃星の肩を軽く叩いた。
「お前、本当、人を小馬鹿にする天才だな」
「いや、嘘はついてなくね!?」
「いやいや、面白すぎるだろ」
そこでユタカが、隣にいる美都を見る。
「あ、美都」
「ん?」
「加奈ちゃんって、あっきーのお母さんね」
「……え?」
美都が一瞬、固まる。
「えっ……」
そして――。
「ふ、ふふっ……!」
口元を押さえる。
「……あはははは!」
ついに堪えきれず、美都も笑い出した。
「え!? お母さん!?」
「そう」
晃星が笑いながら頷く。
「うちの母親」
「そ、それは……!」
美都は笑いながら、少しだけ困ったような顔になる。
「さ、流石に……お母さん以上の愛情込めたお弁当は……」
「だろ?」
晃星が笑う。
「無理だよな」
「う、うん……」
美都も笑いながら頷いた。
「お母さんには勝てないよね……」
「だろ?」
「そりゃ勝てんわ」
ユタカも大笑いする。
三人の笑い声が、夕暮れの帰り道に響いた。
晃星も笑いながら、ふと思う。
(……まあ、あいつが何考えてるのかは知らんけど)
今日もまた、梨愛は何かを仕掛けてきた。
けれど――。
それすらも、今の晃星にはどこか可笑しく感じられていた。




